第157話
——エイゼンの研究室。
「にゃにゃにゃ~♪ これは持っていくのだ! こっちも必要なのだ!」
リリーは楽しそうに部屋の中を駆け回りながら、次々と荷物を詰め込んでいった。
革の鞄には、魔導薬の瓶、乾燥肉の詰め合わせ、雑誌、クッション、さらには木彫りの猫の置物まで——
次第に荷物は膨れ上がり、鞄の口が今にもはち切れそうになっていた。
「……おい」
不機嫌そうな声が響いた。
「んにゃ?」
振り向くと、エイゼンが腕を組み、じっとリリーの詰め込んだ荷物を見下ろしていた。
「何をやっている?」
「旅の準備なのだっ!」
リリーは胸を張るが、エイゼンはため息をついた。
「……そんなに詰め込んでどうする。荷物は少ないほうがいい」
「えぇ~!? でもでも! 旅には色々必要なのだ!」
「必要なものは現地で調達すればいい。無駄なものを持ち歩くと、かえって動きが鈍るぞ」
「うぅ……」
リリーは口を尖らせながら、ぱんぱんに膨れた鞄を見下ろした。
「でも……旅先で、急にクッションが必要になるかもしれないのだ……」
「ならない」
即答だった。
「食料もロストンに着けば調達できる。大切なのは“本当に必要なもの”だけ持っていくことだ」
エイゼンは手をひらひらと振りながら、いくつかの品を取り出し、リリーに見せた。
「最低限、持っていくのは——金貨数枚、最低限の応急薬、衣類、そして護身用の武器。それで十分だ」
「えぇぇぇぇ~……」
不満そうにしながらも、リリーは少しずつ荷物を減らしていく。
「じゃあ、クッションは……」
「不要」
「猫の置物は……」
「必要か?」
「……うぅ、持っていきたいのだ……」
「現地で拾え」
「ぐぬぬぬ……」
しぶしぶながら、リリーは荷物を減らしていった。
そんな彼女の様子を見て、エイゼンはふと思い出したように言った。
「そういえば、ロストンにはシュナイダー工房という金属加工の店がある。そこの店主とは少しばかりお世話になったことがあってな。彼に頼めば、大抵のものは揃えてくれるだろう」
「シュナイダー工房?」
リリーが首を傾げる。
「そうだ。金属加工の技術ではロストン随一の職人だ。俺の研究用の道具も何度か頼んだことがある」
「へぇ~……」
リリーは興味深そうに目を輝かせる。
「じゃあ、その人に頼めば、旅の途中で必要になったものも作ってもらえるのだ?」
「理屈の上ではな」
エイゼンは頷いた。
「ただし、工房を訪ねる際には気をつけろ。あの男は少し気難しいところがあるからな」
「気難しいのは、エイゼンとどっちが上なのだ?」
「……儂のほうがマシだ」
「そ、そんなになのか……!?」
リリーは驚いた表情でエイゼンを見つめた。
「まぁ、行けばわかる。いずれにせよ、無駄な荷物は持たず、必要なものは現地で調達する。それが旅の基本だ」
「むぅ……わかったのだ……」
リリーはしぶしぶ、猫の置物を元の位置に戻した。
「……あ、でもこのお菓子は持っていくのだ!」
「それも置いていけ」
「にゃああぁぁぁぁっ!!?」
——こうして、リリーの旅支度はなんとか形になった。




