第20話
「……よし、診療所も軌道に乗ってきたぞぉぉ」
診療所の開業初日。
最初の患者である少年の治療も無事に終え、街では 「うさぎのおうち」 の噂が少しずつ広まり始めていた。
でも、私は診察台の前に立ち、考えていた。
——このまま 「魔法で治すだけの医者」 になっていいのか?
私はもともと医学生だった。
治療の知識、人体の仕組み、病気の理論——
そういったものを学び続け、医者になろうとしていた。
なのに、今は 「治癒魔法があるから治せる」 という考えが、少しずつ自分の中で強くなっていることに気づいた。
「……私、もっと“医者”としてやらなきゃダメだよね…」
魔法は便利だ。
でも、それに頼るだけでは “魔法が効かない病気” に対応できなくなる。
「よし、できるだけ魔法に頼らず、
“医学の知識”だけで治療する方針を考えよう!」
私は、気持ちを切り替えた。
ちょうどその時——
「すみません! 先生、診てもらえますか!?」
「——!」
診療所のドアが、勢いよく開かれた。
中に入ってきたのは、40代くらいの男だった。
彼の後ろには、少女がひとり立っている。
「どうされましたか?」
私は診察台の前に立ち、男に声をかけた。
「娘が、昨日から激しい腹痛 を訴えていて……!」
「お腹の痛み?」
私は 少女の様子を確認 する。
■ 少女(患者)の状態
⚪︎ 顔色が悪い(血の気が引いている)
⚪︎ 腹部を抑えて苦しそうにしている
⚪︎ 呼吸が少し荒い
⚪︎ 軽い発熱(38℃程度)
「うぅ……お腹が……」
少女は、涙目で私を見上げる。
「大丈夫、ちゃんと診るからね」
私は少女を診察台に座らせ、できるだけ魔法を使わずに診断することにした。
「まずは、痛みの場所を教えてくれる?」
少女は、お腹の 右下あたりを押さえていた。
(右下……?)
私は、慎重に少女のお腹を触診する。
「ここ、押すと痛い?」
「……うん」
「じゃあ、手を離すよ——」
私は 腹部を軽く押し、すぐに離した。
「ひゃっ……!?」
その瞬間、少女は ビクッと体を震わせた。
(……これは!)
私は、確信した。
「お父さん、この子……盲腸炎(虫垂炎)の可能性が高いです!」
「えっ!?」
「盲腸炎(虫垂炎)?」
父親は困惑した顔で私を見つめる。
「わかりやすく言うと、お腹の中の虫垂っていう小さな部分が炎症を起こしてる状態です」
「そ、そんな病気が……!」
「このまま放っておくと、炎症がひどくなって、
最悪の場合、腹膜炎 になってしまいます!」
「そ、それは……!」
「とにかく、今すぐ適切な処置 をしなきゃ」
「さて、どうするか……」
私は考えた。
盲腸炎を治すには、炎症を抑える薬や抗生物質が必要だけど、この世界には抗生物質なんて存在しない。
(どうにかして、炎症を抑えられる方法を……)
その時、私はある魔法薬を思い出した。
「確か、“ルナグラス”っていう薬草があったよね……!」
ルナグラスは、魔力を持つハーブで、抗炎症作用を持つことで知られている。
(これを調合すれば、抗生物質の代わりになるかも!)
私は魔法薬の知識と医学を組み合わせて、新たな治療を試すことにした。
「よし、ルナグラスの煎じ薬を作ってみる!」
薬草棚からルナグラスを取り出し、すぐに煎じ薬の調合を始めた。
「このお薬を飲んでね」
私は、ルナグラスの煎じ薬を少女に手渡した。
「苦くない?」
「ちょっとだけね。でも、がんばって飲もう!」
少女は、小さく頷きながら、慎重に薬を口にした。
「これで、炎症が少しずつ治まるはず……」
でも、それだけじゃ足りない。
(ここで、少しだけ魔法を使おう……!)
私は 右手に魔力を集中させ、少女の腹部へゆっくりと手を当てた。
「《ヒール・サプレッション》」
通常の治癒魔法ではなく、炎症の進行を抑えることに特化した治癒魔法を発動させた。
「う……あ……?」
少女は、驚いたようにお腹を押さえた。
「……なんだか、少し楽になってきた……」
「よかった! でも、しばらくは安静にしてね」
「これで、ひとまず大丈夫かな……」
私はホッと息をついた。
だが、その時——
「うっ……!! いたい……!!」
「——え!?」
少女が突然 激痛に顔を歪め、体を震わせた。
「お、おい! どういうことだ!?」
「ま、待って……! もしかして……!!」
私は少女の腹部を再度確認した。
(まさか、もう膿が破裂しかけてる!?)
これは……!
普通の治療じゃ間に合わない……!?
「ヴィクトール! すぐに“手術道具”を持ってきて!!」
私は決意した。
この子の命を救うために——“手術”をする!!