第155話
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ルーヴェンの冬は厳しいが、この日ばかりは学院全体が活気に満ちていた。
長期休暇を迎える終業式——それは、学生たちにとってひとつの区切りとなる重要な式典であった。
MSSの大講堂は、まるで城塞のような圧倒的な規模を誇る建造物である。
天井の高さは30メートルを超え、ドーム状の天井には帝国の歴史と戦士たちの栄光を描いた壁画が広がっている。
屋根の形に沿って精巧な魔導細工が施されたアーチが並び、光を集める魔導水晶が淡い輝きを放っていた。
柱は黒曜石と白大理石で構成され、堂内には千を超える魔導灯が取り付けられ、広大な空間全体を神秘的な光で満たしていた。
——学院の生徒数はおよそ3,000人。
その全員がこの広間に一堂に会すると、その壮観さはまるで 帝国軍の出陣式を思わせるほどであった。
学生たちはそれぞれの学部ごとに整然と並び、黒を基調とした制服に身を包んでいた。
式典のために設けられた 巨大な壇上 には、学院長をはじめとする教授陣や帝国軍高官たちが列を成して座っている。
その中央には、学院の象徴とも言える 《魔導水晶》 が設置されていた。
それは直径3メートルにも及ぶ巨大な魔導装置であり、学院全体の魔力循環を管理する装置でもある。
学生たちは黒を基調とした正式な制服を身に纏い、静かに着席していたが——
「んにゃ~……長い話は眠くなるのだ……」
リリーは椅子に座りながら、隣にいるカレンに小声でぼやいた。
「……だから、ちゃんと寝ておきなさいって言ったでしょ」
カレンはため息をつきながらも、式典用の式次第を開いていた。
学院の終業式は、まず学院長の演説から始まり、各学部の成績優秀者の表彰、
そして最後に、長期休暇に向けた諸注意が伝えられる。
「——帝国の未来を担う若き兵士たちよ」
学院長の重々しい声が、大講堂に響き渡る。
彼の姿は、まさに帝国の象徴とも言える威厳を漂わせていた。
「貴公らがここで学んだ技術、知識、そして誇りは、帝国の礎となる。
長期休暇の間も、常に己を鍛え、さらなる高みを目指すことを忘れるな」
「……うにゃ~……長いのだ……」
リリーは目を細めながら、退屈そうに腕を組んだ。
カレンは彼女の横顔をちらりと見て、小さく肩をすくめる。
「少しは真面目に聞きなさいよ」
「……だってぇ~、休みの間は自由なのだっ!」
「自由って言っても……確かエイゼン先生に頼まれごとされてるんでしょ?」
「……あっ」
リリーは、エイゼンに言われた「ロストン行き」のことを思い出し、微妙な表情を浮かべた。
(……なんか、大変なことになった気がするのだ……)
しかし、今は式典に集中しなければならない。
彼女は仕方なく、再び学院長の話に耳を傾けた——が、やはり眠気が襲ってくる。
◆式典の続き——帝国の威光を示す終業式
学院長の演説が続く中、大講堂の荘厳な空気は張り詰めたままだった。
学生たちは皆、姿勢を正し、帝国の未来を担う者としての誇りを胸に刻もうとしていた。
壇上の背後には、帝国の紋章が刻まれた巨大な旗 が掲げられており、
その下には各学部の代表が整然と並んでいた。
魔導学部の最優秀生、戦技学部の武術優等生、戦術学部の戦略研究優秀者——
彼らが表彰台に呼ばれるたびに、大講堂全体が静かな熱気を帯びる。
「今年度、最も優秀な研究成果を上げたのは——」
司会役の教授が名前を読み上げると、壇上に一人の男子学生が進み出た。
彼は魔導学部の三年生であり、「新型魔導機関の理論」 を発表したことで学院内外から高い評価を受けていた。
「サイラス・グラーフ」
その名前が響くと、大講堂のあちこちから感嘆の声が漏れた。
サイラス・グラーフ——魔導学部の三年生にして、次世代の魔導機関開発に関わる俊英。
彼は淡々とした足取りで壇上へ向かい、静かに教授から表彰状を受け取ると、一礼した。
その姿は、誇示するわけでもなく、ただ静かにその場の儀式を受け入れる——そんな雰囲気を纏っていた。
「ふにゃぁ~……なんかすごい人がいるのだ……」
リリーは半ば眠気に負けながらも、目を細めて壇上のサイラスを眺めた。
「サイラス先輩のこと知らないの?」
カレンが呆れたように小声で聞く。
「うにゃ? すごい人なのだ?」
「魔導学部では有名よ。理論と実践の両方に優れた実力者だって……」
「へぇ~……でも、あたしには関係ないのだっ!」
リリーは興味なさげに伸びをする。
カレンは小さくため息をついたが、無理もないとも思った。
リリーは研究や学問よりも、動き回ることが性に合っているのだから。
——こうして、終業式は粛々と進行していった。
そして、式典終了後——
リリーとカレンは教室へ戻ろうとしていた。
長期休暇を迎えるための最後の連絡事項を聞く必要があったからだ。
その時——
「リリー・シュバルツだな?」
突然、目の前に一人の男子生徒が立ちはだかった。
「にゃ?」
リリーが首を傾げる。
彼は黒を基調とした学院の制服を身にまとい、鋭利な印象を持つ整った顔立ちをしていた。
冷たい青灰色の瞳が理知的な光を宿し、艶のない銀髪が規則正しく整えられている。
「……誰なのだ?」
「アレク・ファウスト。戦技学部の三年だ」
カレンが驚いたようにリリーの腕をつかんだ。
「ちょっと……三年生が、なんで一年生に……?」
リリーも首を傾げる。
三年生と一年生が関わる機会は、学院ではほとんどない。
それなのに、なぜ彼が自分に?
「…突然の話で申し訳ないが、お前と同行することになった」
アレクは淡々と告げた。
「……へ?」
「エイゼン博士から聞いているだろう。“ロストン行き”の話だ」
リリーは一瞬、きょとんとした顔をし——
「えぇぇぇぇぇっ!? にゃんでぇぇぇぇぇ!?!?」
大講堂の廊下に、彼女の間の抜けた叫び声が響き渡った。




