表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
199/309

第151話




《リリー・シュバルツの日常》——ルーヴェンの朝



ルーヴェンの朝は、まるで大地が目を覚ます瞬間そのものだった。


石畳の大通りには早朝から商人たちが行き交い、華やかな看板を掲げる店々が次々と店を開く。


露店の屋台からは香ばしいパンの焼ける匂いが漂い、果物商が並べたカラフルな果実が朝の光を浴びて輝いている。


「新鮮なミラベルオレンジはいかがーっ!」

「今日の焼きたてパイは特売だよ!」


威勢のいい掛け声が飛び交うなか、リリー・シュバルツは通りを軽やかに跳ねるように歩いていた。


「うっわ~、今日もにぎやかだにゃ♪」


目を輝かせながら、彼女は店先に並ぶ色とりどりの果物を眺める。


首都ルーヴェンは、ロストンやベルナーク交易市場とはまったく異なる雰囲気を持っていた。


ロストンは「港と職人の街」、ベルナーク交易市場は「異国の文化が交差する市場」。


だが、ルーヴェンは 「魔導と文明が交わる、帝国の心臓」 だった。


巨大な魔導灯が街の要所に設置され、昼夜を問わず明かりを灯している。

空を見上げれば、魔導機関を動力とする空中輸送艇が滑るように飛び、

街の中心には、王立医療機関や魔法兵士養成学院、帝国魔導庁といった、帝国の権威を象徴する施設がそびえていた。


「うーん、やっぱりルーヴェンってすごいのだっ!」


リリーは伸びをして、澄んだ朝の空気をいっぱいに吸い込む。


ここでは何もかもが大きく、壮麗で、賑やかで、そして——少しだけ息苦しい。




《エイゼンの研究所》——リリーの住処



リリーが住んでいるのは、ルーヴェンの南区にある 「エイゼンの研究所」 。


表向きは王立医療機関の関連施設として登録されているが、実態は「エイゼン・ハーゼの個人的な研究の場」であり、王立医療機関の上層部ですら把握しきれていない実験施設だった。


研究所は、白と青を基調としたモダンな石造りの建物で、周囲には実験用の薬草畑や小規模な温室がある。


内部には魔導医療に関する膨大な書物や、独自に開発された魔導装置、錬金術器具が所狭しと並んでいた 。


リリーはそんな難しそうなものには目もくれず、研究所の屋根の上でゴロゴロするのが日課だった。


「朝からまじめに研究とか、じっちゃんは本当にすごいにゃ~」


研究所の奥では、エイゼンが魔導医療の研究を続けている。


彼の開発する薬や魔導器具の数々は、ラント帝国の医療に大きな影響を与えていた。


だが、リリーにとっては 「難しいことを考えているおじいちゃん」 くらいの認識だった。


「おーい、じっちゃんー! 今日の朝ごはんは?」


天窓をのぞき込みながら声をかけると、奥から呆れたような声が返ってきた。


「……お前はまず、朝の訓練を終わらせろ」


「えぇーっ!? そんなの後でいいのだっ!」


「お前な……いい加減、少しは学問にも興味を持て」


「学問……? うーん……考えると眠くなるにゃ~」


バサッと屋根の上に寝転がるリリーに、エイゼンは深い溜息をついた。


「まったく……お前が本気を出せば、MSSでも優秀な生徒になれるものを」


「え~? 戦うのは楽しいからやるけど、頭を使うのはイヤなのだっ!」


「……お前は本当に、私の弟子で合っているのか?」


「もちろんにゃ! じっちゃん、大好き!」


そう言って、リリーは飛び降りるように研究所の庭へと着地する。


「よーし! じゃあ、MSSに行ってくるのだ!」


「せめて遅刻はするなよ」


「たぶん大丈夫にゃ!」


たぶん——という単語に、エイゼンはまた深い溜息をついた。




《魔法兵士養成学院(MSS)》——授業風景



リリーが駆け込んだ時、学院の鐘がちょうど鳴り響いていた。


MSSは首都ルーヴェンの 「学術地区」 に位置し、壮大な城塞のような建物が並ぶ広大な敷地を誇る。


正門をくぐると、すぐに見えてくるのは学院の メインタワー 。


ここでは、帝国の魔導戦術に関する高度な研究が行われ、各学部の学者や軍関係者が常に出入りしていた。


広い訓練場では、生徒たちが剣を振るい、魔法を撃ち合う風景が日常的に繰り広げられている。


「おーっ、今日もみんな元気にゃ!」


リリーは手を振りながら、治癒魔法学部の講義室へ向かう。


……が。


「うぇー……やっぱり難しい話ばっかりだにゃ……」


《魔法による細胞再生の基礎理論》 という板書を見た瞬間、リリーの目が半開きになる。


(これ、ぜったい眠くなるやつ……)


隣の席の生徒が真剣にノートを取るなか、リリーはひそかに脱出計画を立てる。


(こっそり教室を抜け出して、戦技学部の訓練場に行こう……)


そーっと席を立ちかけたその瞬間——


「シュバルツ、座れ」


「ぎゃにゃっ!? 先生、こっち見てたの!?」


「当然だ。お前は毎回この時間になると抜け出そうとするからな」


「えぇ~、でも戦うほうが楽しいにゃ~」


「お前は戦場で死にたくなければ、まず傷を治す知識をつけろ」


「ぐぬぬ……」


先生に睨まれ、渋々席に座り直すリリー。


だが、彼女の性格をよく知る周囲の生徒たちは、(リリーが大人しく講義を聞くのは、せいぜい5分だな……) と密かに予測していた——。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ