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第145話




ベルナーク交易市場の喧騒が、オリカたちを迎え入れた。


夜明け前の薄暗い街並みには、早朝から動き出した商人たちの姿がちらほらと見える。


オリカはエプロンの下に隠したルーンベリーの感触を確かめながら、慎重に足を進めた。


(……これで、ギルバートを救うための材料は揃った)


だが、まだ安心はできない。


この薬草の分析と調合を終えるまでは、決して気を抜くことはできないのだ。


「まずは、身支度を整えましょう」


エリーゼが静かに言う。


「その後お礼を言いにいかない?ライナー・ホルツ薬師のところに」


「そうだな」


ルシアンも頷く。


「お世話になったし、今後のためにも礼を尽くしておくべきだろう」


三人は宿へと向かい、一旦身支度を整えることにした。



——宿屋、『アストラル・イン』


◇ 宿の特徴

 ・交易商や旅人が集う、ベルナーク交易市場でも評判の宿

 ・夜空に瞬く星々を象徴する名前を持ち、天井には魔導灯で描かれた星座が浮かぶ

 ・木造と石造りが融合したデザインで、青と銀を基調とした装飾が特徴的

 ・玄関には “旅人の祝福” を意味する古代文字が刻まれた石碑が置かれている

 ・二階の部屋の窓からは、市場の賑わいや遠くの丘が見渡せる

 ・食堂では “星のスープ” と呼ばれる特製ポタージュや、夜空をイメージした果実酒が名物

 ・宿の奥には静かなテラスがあり、夜には魔導灯を落として星を眺めることができる



ベルナーク交易市場の喧騒を抜け、オリカたちは宿へと向かった。


市場の中心部からやや離れた場所にあるこの宿は、交易商たちの憩いの場となっている。


木造の二階建ての建物。白い漆喰の壁と青色の屋根が特徴的で、玄関にはランタンの明かりが灯っていた。


内部に入ると、暖炉の炎が静かに揺れ、木の温もりに包まれた空間が広がっていた。


長い旅路と緊張の続いた修道院での潜入を終えたオリカたちは、ようやく一息つくことができた。


「ふぅ……」


オリカは、部屋の窓辺に腰掛け、懐から小さな袋を取り出した。


袋の中には、わずかに光を帯びた赤紫色のルーンベリー。


「……本当に、手に入ったのね」


エリーゼが隣に座り、そっと覗き込む。


「これだけのルーンベリーがあれば、ギルバートを助けるための薬を作れる」


「でも、まだ終わりじゃない」


オリカは真剣な表情でベリーを見つめる。


「調合の段階で失敗すれば、ただの無駄な果実に終わる。それに……」


「これがどこから来たのか、まだ完全にはわかってないんだよね」


ルーンベリーは貴族派の管理下にあるはずなのに、なぜ修道院の倉庫に保管されていたのか?


市場に流通せず、裏でこっそり管理されている理由——その裏には、さらなる陰謀が隠れているのかもしれない。


「考えても仕方ない…か」


ルシアンがベッドに腰を下ろし、腕を組む。


「今は、とにかくロストンに戻るのが先決だ」


「……そうだね」


オリカは小さく頷き、ルーンベリーを袋に戻した。


長い一日が終わる。


温かい食事を済ませた後、オリカたちは深い眠りへと落ちていった。




翌朝、オリカたちは市場の朝の喧騒の中を歩いていた。


朝霧の残る街並みには、すでに活気が満ちていた。


行商人たちが荷馬車を整え、露店の準備を進めている。


パンを焼く香ばしい匂いと、香辛料の刺激的な香り。


賑やかなその光景と独特な市場の香りは、まさに交易都市の朝の光景だった。


「ライナー・ホルツ薬師のところに行こう」


オリカはそう言いながら、裏通りへと足を向けた。



市場の活気とは対照的に、裏通りはまだ静かだった。


湿った空気が漂う路地には、昨日と変わらず小さな店や作業場が並んでいる。


やがて、目当ての「ホルツ薬房」の前にたどり着いた。


扉をノックすると、すぐに中からライナーの低い声が響いた。


「……入れ」


薬師との別れ


店の中は、昨日と変わらず、乾燥した薬草の香りに満ちていた。


ライナーはカウンターの奥に座り、オリカたちを一瞥する。


「……で、無事にルーンベリーを手に入れたか?」


「ええ、おかげさまで」


オリカが答えると、ライナーは鼻を鳴らした。


「そうかい。……まったく、物好きな連中だな」


彼は椅子に座り直し、腕を組む。


「これからどうする?」


「ロストンへ戻ります」


エリーゼが答えた。


「これを調合して、ギルバートを助けなければならないから」


「そうか」


ライナーは少し考えた後、手元の小瓶を取り出し、カウンターの上に置いた。


「こいつを持っていけ」


オリカが手に取ると、中には透明な液体が入っていた。


「……これは?」


「精製した“ソルベルト水”だ。薬を調合する時に使うといい」


ライナーは軽く顎をしゃくった。


「この街じゃ珍しくないが、ロストンにはあまり出回ってねぇだろ」


「……ありがとう」


オリカは深く頭を下げる。


「あなたの助けがなければ、ここまで辿り着けなかったと思います」


ライナーは短く鼻を鳴らす。


「恩を売るつもりはねぇよ。ただ……」


彼はじっとオリカを見つめた。


「本当に“医者”を続けるつもりなら、今後もこういう“厄介ごと”に首を突っ込むことになるぞ」


オリカは微笑んだ。


「はい、それは覚悟の上です!」


ライナーはため息をつき、カウンターに肘をついた。


「……なら、せいぜい生き延びることだな」


オリカたちは最後にもう一度礼を言い、薬房を後にした。




市場の東門へと向かう道を歩く。


門の先には、ロストンへと続く道が広がっていた。


「ここからロストンまで、また長旅ね」


エリーゼが肩を回しながら言う。


「でも、この植物たちさえあれば……」


オリカは、旅のバックにしまった薬草をそっと撫でる。


「ギルバートを救える」


ルシアンは軽く頷いた。


「なら、行こうぜ。ここで立ち止まる理由はもうない」


三人は市場の門を抜け、東へと続く道を進み始めた。



目指すはロストン——



ギルバートの元へと、急ぎ向かうために。

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