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第144話






聖エリナス修道院の門は、朝焼けの光を浴びて静かにそびえ立っていた。

石造りの堅牢な門と、鉄柵のついた正門。

その先には、修道士たちの姿が見え、既に施療会の準備が進められているようだった。


オリカたちは、施療会の助手としての身分証を手に、慎重に列へと並んでいた。

ダリウスが用意した“関係者用の証明書”のおかげで、正面から修道院へ入ることが可能になったのだ。


「……さて、ここからが本番だね」


エリーゼが小声で呟く。


「まずは、施療会の動きを把握しましょう」


オリカは静かに頷く。


ルシアンは周囲を見回しながら、低く囁いた。


「目立つ動きは避けろよ。ここには貴族派の連中もいるはずだ」


「わかってる」


オリカはそう答えながら、前へと進んだ。


やがて、修道院の入り口にいたシスターの一人が、彼女たちの身分証を確認し、軽く頷く。


「施療会の助手の方ですね。こちらへどうぞ」


修道院の中へと導かれる。


目の前に広がるのは、清潔な白い石造りの大広間——


そこには既に多くの患者たちが座って順番を待ち、修道士や医者たちが忙しそうに動き回っていた。


奥には、薬草の棚が並び、いくつかの医療器具が整然と並べられている。


「……見た感じ、本当に施療会は行われているみたいね」


エリーゼが呟く。


「でも、ダリウスの話じゃ、この奥に“別の倉庫”があるはずよね?」


オリカは静かに辺りを見回した。


「……そうだね。まずは、ここの流れに馴染みながら、倉庫の位置を探ろう」


ルシアンが腕を組む。


「手分けするか?」


「そうね……私とエリーゼは助手として動くから、ルシアンは周囲を探ってもらえる?」


「了解」


三人はそれぞれ役割を決め、動き始めた——。


次なる目的は、修道院の奥にある“本当の倉庫”の場所を突き止めること。


施療会の名のもとに隠された、貴族派の薬草流通の秘密を暴くために——。




オリカとエリーゼは、施療会の助手として動きながら、慎重に修道院の内部を探ることにした。


施療会に訪れる患者たちは、貧民街の住人がほとんどだった。


彼らは順番を待ち、医者たちの診察を受け、必要最低限の薬を受け取る。


オリカは診療の補助をしながら、薬棚の動きを観察していた。


(ダリウスが言っていたとおり、ここの薬草の流れはちょっと変かも)


必要なはずの薬草が、妙に整然と並び、消費されている形跡が少ない。


それなのに、患者たちには「在庫が限られている」と言い渡され、ごくわずかな薬しか与えられない。


(薬はどこに消えているの……?)


エリーゼも同じことを考えているようだった。


「ねえ、オリカ……」


彼女は小声で囁く。


「この施療会、本当に“表向き”の活動だけなのかしら?」


「……それは、私も気になってる」


オリカは薬棚の整理をしながら、注意深く観察を続ける。


一方で、ルシアンは、修道院の構造を探るために慎重に歩き回っていた。


大広間の奥へと続く廊下。


そこには、施療会とは別のシスターたちが忙しく動き回っていた。


「……なるほどな」


彼は静かに息を吐く。


(やはり、施療会とは別に何かが動いている)


彼は壁際に身を寄せながら、奥の倉庫へと続く扉を見つめた。


そこには、修道士たちが警備のように立っていた。


(あそこが、ダリウスが言っていた“本当の倉庫”か?)


ルシアンは慎重に近づこうとした——その時。


「——あなた」


静かな声が、彼の背後からかけられた。


彼は反射的に振り向く。


そこに立っていたのは、白い修道服を纏った一人のシスターだった。


透き通るような青い瞳に、整った顔立ち。


その表情には、どこか冷たいものが感じられた。


「あなたは、施療会の関係者かしら?」


「……ああ」


ルシアンは平静を装いながら、軽く頷く。


「ちょっと迷ってしまってね。倉庫の場所を探していたんだ」


シスターはじっと彼を見つめる。


「倉庫の管理は、私たちが行っています。関係者以外は立ち入らないでください」


淡々とした口調だった。


(……これは、厳重に管理されている証拠だな)


ルシアンは軽く肩をすくめる。


「わかったよ。失礼した」


そう言いながら、彼は踵を返し、大広間へと戻る。


(……やはり、あの倉庫に何かがある)


ルシアンは、オリカとエリーゼに合流し、すぐに情報を共有した。


「やっぱり、施療会の薬草の動きが不自然かも」


オリカが小声で呟く。


「ルーンベリーは、間違いなく“別のルート”で動かされてる」


エリーゼが考え込む。


「……そうね。となると、あの通路の奥を探る必要があるわ」


ルシアンは腕を組む。


「だが、あそこには監視がついている。どうやって潜り込む?」


オリカは一瞬考え——やがて、静かに口を開いた。



「……手はある」


視線を巡らせながら、小声で続けた。


「施療会の薬品補充のタイミングを利用するの」


エリーゼとルシアンが眉をひそめる。


「薬品補充?」


「うん。施療会では一定時間ごとに薬の補充が行われるわ。そのたびに倉庫の扉は開かれる……少なくとも、数分は中の様子を探れるはず」


ルシアンは腕を組み、考え込んだ。


「だが、どうやってそのタイミングを狙う?」


オリカは静かに目を細める。


「まず、私は薬棚の整理を手伝う。その間にエリーゼがシスターに“追加の薬草が必要”だと報告するの」


エリーゼが頷く。


「なるほど。施療会の運営者としては、必要な薬草が足りなくなるのは問題だものね」


「うん。補充要請が出れば、倉庫の管理者が動く。その時、ルシアンが倉庫への搬送係を装って中へ潜り込むのよ」


ルシアンは少し考えた後、小さく笑った。


「大胆な作戦だな。だが、理にかなってる」


「問題は、倉庫の中でどれだけの時間を稼げるかよ」


エリーゼが慎重に言う。


「補充作業の間は数分が限界でしょう。できるだけ早く情報を集めないと」


オリカは小さく頷いた。


「それじゃあ、すぐに動こう!」




オリカは施療会の医療助手として、薬棚の整理に取り掛かった。


患者たちが次々と診察を受け、処方された薬を受け取っていく。


エリーゼはシスターの一人に近づき、少し焦った様子で報告する。


「すみません、手持ちの鎮痛薬が少なくなってきました。倉庫から補充をお願いできますか?」


シスターは一瞬驚いたように目を瞬かせたが、すぐに頷いた。


「分かりました。倉庫係に伝えます」


彼女は倉庫管理の修道士に声をかける。


「ルーカス、施療会の薬品が不足しているそうです。追加の搬送をお願いします」


ルーカスと呼ばれた男は軽く頷き、倉庫の方へと歩き出した。


——それと同時に、ルシアンも彼の後に続く。


「俺も手伝うよ。施療会が滞ると困るだろ?」


ルーカスはちらりとルシアンを見たが、特に疑問を抱く様子はなかった。


「そうか、助かる」


彼は倉庫の扉を開け、中へと入る。


ルシアンはその隙に、慎重に倉庫内を見渡した。




【倉庫の内部】



倉庫の中には、さまざまな薬草や薬瓶が整然と並んでいた。


奥の棚には、通常の施療会で使われる薬品とは異なる、より希少な薬草が並べられている。


ルシアンは小さく呟いた。


「……こんなに大量に?」


しかし、妙に整然とした配置だった。


(本当にここで施療会のために使われているのか……?)


その時、ルーカスが声をかける。


「おい、こっちの箱を持っていくぞ」


「了解」


ルシアンは一旦魔法薬や薬草の棚から目を離し、近くにいた修道士たちに気づかれないよう、倉庫の出入り口付近の棚に注意を向けた。


(……オリカたちが動ける隙を作らないと)


ルシアンはわざと足を滑らせ、箱を少し倒した。


「っと……悪い!」


木箱が小さく倒れ、中に入っていた布袋が床に落ちる。


「気をつけろ!」


ルーカスが注意するが、ルシアンはすかさず布袋を拾い上げながら、入り口付近の修道士たちの視線を引きつけた。


「…先に行っといてくれ。拾ったらすぐに行く」


「わかった。ちゃんと拾っとけよ」


「ああ」


散らばった薬草を拾うルシアンを横目に、ルーカスは先に倉庫を出た。


そのまま持ち場へと戻っていく姿を確認しつつ、修道士たちの気を引く。


(……今だ、オリカ)



ルシアンが僧侶たちの注意を引きつけた、その瞬間——


エリーゼは修道士たちの背後へと素早く回り込み、手をかざした。


「——スリーピア・ノクタ」


低く囁かれた呪文とともに、淡い光が修道士たちの背中にそっと触れる。


彼らは一瞬、戸惑ったようにまばたきをしたが、すぐに瞼が重くなり、その場に崩れ落ちた。


「……よし、成功ね」


エリーゼが手を下ろす。


オリカとルシアンは素早く扉を閉め、倒れた修道士たちを倉庫の中へと引きずった。


ルシアンが手早く麻袋を取り、彼らの体を覆い隠す。


「時間はそう長くは持たない。急ぐぞ」


オリカは静かに頷いた。


(この倉庫の奥に、ルーンベリーがある……)


今までの市場には決して流通しなかった希少な薬草が、ここに集められている可能性が高い。


オリカたちは倉庫の奥へと足を踏み入れた。




扉の向こうに広がっていたのは、ただの貯蔵庫ではなかった。


長く続く通路、左右に枝分かれする無数の区画——まるで蟻の巣のような構造になっていた。


天井には小さな明かりが灯され、整然と並ぶ木製の棚が奥へと続いている。


「……ただの倉庫じゃないわね」


エリーゼが驚いたように呟く。


「ここは、ただ薬草を保存しておくための場所じゃない。物流管理の中心地になってる」


「つまり……ここに集められた薬草は、どこかへ運ばれる仕組みになっている?」


オリカが問いかけると、ルシアンが頷いた。


「そうだろうな。貴族派が薬草を市場に流さず、独占しているとすれば、ここがその“中継地点”になってる可能性が高い」


「なら、ルーンベリーもここにあるはず」


オリカは決意を固め、奥へと進んだ。


次第に空気が冷たくなり、薬草独特の香りが漂い始める。




【修道院の大倉庫】



オリカたちは慎重に倉庫の奥へと進んだ。


埃一つない棚には、整然と薬草が並べられている。


乾燥された薬草、瓶詰めされた調合薬、そして——


「……これが、ルーンベリー」


オリカは小さな青白い実を手に取り、そっと指で撫でた。


光の加減で淡く輝くそれは、確かに市場では見かけない貴重な薬草だった。


「これだけの量……本当に施療会のために使われているの?」


エリーゼが疑念を抱いた声を上げる。


通常の施療会で消費される量に比べ、明らかに多すぎる。


「いや、これは……備蓄用だな」


ルシアンが棚の札を指差す。


そこには、「管理番号」と「搬出予定日」の記載があった。


「定期的にどこかへ運ばれてる……?」


オリカは札を指でなぞる。


日付を見る限り、すぐにでも外部へと輸送される予定になっている。


「となると、修道院のどこかに“搬出ルート”があるはずね」


エリーゼが周囲を見渡す。


「出入り口は正面と裏門、そして地下通路があるはずだ」


ルシアンが低く呟いた。


「修道院の構造上、外部への搬出ルートがなければ、こんなに大規模な流通はできない」


オリカはしばらく考え込む。


「この薬草が、どこへ運ばれてるのかを知る必要があるね」


「……だが、時間がない。誰かがこっちに向かってきてる」


ルシアンが鋭い目で扉の方を見やる。


ギィ……


扉の向こうで、わずかに床を踏む音がした。


「誰か来る!」


エリーゼが警告する。


オリカたちは咄嗟に棚の影へと身を潜めた——。




同じ頃、フィオナたちは倉庫へと続く廊下に足を踏み入れていた。


「……こっちは貯蔵庫か?」


「たぶんね。でも、倉庫の扉が開いてる……?」


ロッティが不思議そうに呟く。


フィオナは扉に手をかけ、慎重に中を覗き込む——。


——だが、そこには誰の姿もなかった。


「……?」


フィオナは首を傾げる。


(おかしい。今、確かに誰かがいた気配が……)


倉庫の床には、ごくわずかな埃の乱れ。

そして、棚の影には、かすかな熱気の残滓——誰かが直前までそこにいた証拠。


「……誰か、潜り込んでるわね」


フィオナの目が鋭く光った。




オリカたちは倉庫の反対側の扉から外へ出た。


ルーンベリーの入った袋をしっかりと抱えながら、小さく息を吐く。


「危なかった……」


ルシアンが低く呟く。


「誰かがこっちに向かってくる気配がした。…危なかったな」


オリカは小さく頷く。


(ここには、私たち以外にも何かを探る者がいる……)


だが、それが誰なのかは、まだ分からない。


——修道院の闇の中で、二組の影が交差した。


しかし、その正体を知るには、まだ時間が必要だった。


オリカたちは慎重に修道院を後にし、ベルナーク交易市場へと戻る道を急いだ。


ルーンベリーを手にした今、次の一手を考えなければならない。


(この薬草の行き先を探ることが、貴族派の裏を暴く鍵になるはず)


オリカはそう確信しながら、夜の市場の灯りを目指して歩みを進めた——。

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