第16話
「役所で開業申請をするなんて、なんだか緊張する……」
私は、ギルドの登録証と開業申請書を抱えながら、ロストンの 中央行政庁舎 へと向かっていた。
街の中心部にそびえる石造りの巨大な建物——それがロストンの行政を司る役所だった。
「ここがロストンの行政の中枢か……」
役所の前には、商人や職人、街の住人たち が手続きを待っており、入り口には 官吏(役人) らしき人々が忙しそうに書類を運んでいる。
「医者の開業なんて、すぐにできるの?」
私は、少し不安になりながらヴィクトールに尋ねた。
「問題ない」
彼は淡々と答える。
「すでにギルドの認可を得ている以上、申請手続き自体はスムーズに進むはずだ」
「……そういうもの?」
「ただし、“審査”が必要だ」
「審査?」
「役所の役人は、事業の健全性や社会的影響を確認する義務を持っている。
つまり、お前が本当に“医者”として適切な活動をするのかを見極める、ということだ」
「……面倒くさそ」
「まぁ、役所とはそういうものだ」
ヴィクトールは肩をすくめた。
「だが、ここで正式に開業許可を得られれば、君は合法的にロストンで診療所を構えることができる」
「なるほどね……」
正式な“医療施設”として認められれば、街の人々も安心して利用できる。
それは、私にとってもメリットが大きい。
「よし、そうと決まればやるしかない!」
私は、大きく息を吸い込み、
堂々と中央行政庁舎の扉を開いた——!
「うわぁ……」
中に入ると、そこは 書類と帳簿に埋もれた“書類の迷宮” だった。
広いホールの奥には カウンターがいくつも並び、役人たちが市民と書類をやりとりしている。
「なんだか……役所っぽい雰囲気だなぁ」
「そりゃあ役所だからな」
ヴィクトールは淡々と答える。
■ ロストンの役所の構造
・1階:市民窓口(商業登録・土地管理・税務申請)
・2階:行政庁(都市計画・警備管理・法務)
・地下:公文書管理室(過去の記録が保管されている)
「医療事業の開業申請なら、商業登録窓口だな」
ヴィクトールが私を案内し、私たちは 1階の窓口 へ向かった。
■ 開業手続きの流れ
①ギルドの認可証明を提出する
②事業の内容を説明する
③医療活動の社会的影響を審査される
④土地の確保(診療所の場所)を確認する
⑤税務登録(営業許可のための納税義務)
⑥最終承認(正式な開業許可証の発行)
「意外と……細かいな」
私は、カウンターの前に座る 役人の顔を見つめた。
彼は金縁の眼鏡をかけた痩せた男で、無表情のまま私の書類をペラペラとめくる。
「……ふむ、“医療事業の開業” ですか」
「はい!」
私は、堂々と答えた。
「あなたは“診療所”を開設する、と」
「そうです」
「では、いくつか質問を」
「まず、あなたは正式な医師免許を持っていますか?」
「……え?」
一瞬、言葉に詰まる。
「……私は、この世界では無免許ですが、医療知識はあります」
「なるほど」
役人は淡々と書類にペンを走らせる。
「どこでその知識を?」
「……異国で学びました」
「異国、ですか」
役人の目が鋭く光る。
「ロストンでは、“異国出身者”の事業には慎重な審査が必要になります」
「……!」
「ですが、ギルドの認可 をすでに得ているということは、一定の信用はあると判断してよいでしょう」
「……それは助かります」
「次に、あなたの事業が社会にどのような影響を与えるかを確認します」
「……影響?」
「はい。例えば——あなたの医療行為が、不正や危険な行為に繋がる可能性はありませんか?」
「そんなこと、絶対にしません!」
私は即答した。
「私の目的は“救えない命を救うこと”です」
「……ふむ」
役人は、少しだけ興味深そうに私を見た。
「では、あなたの診療所の場所ですが……どこを予定していますか?」
「屋敷の近くに空き建物があるので、そこを使う予定です」
「その土地の所有者は?」
「ヴィクトール・アレクシス氏です」
「……なるほど、アレクシス家の所有地ですか」
役人は、納得したように頷いた。
「では、開業申請に関しては特に問題なしですね」
「……!」
「最後に、納税登録を行います。
あなたの事業には年間の営業税 が発生しますので、こちらの税率をご確認ください」
私は、提示された税率を見て少しだけ頭を抱えた。
「結構……取られるんだ」
「商売をするなら当然です」
役人は淡々と答える。
「ですが、あなたの事業は“医療事業” ですので、一部の税制優遇を受けることが可能です」
「なるほど……」
私は、その場で税務登録の書類にサインした。
「さて……すべての手続きが完了しました」
役人は 1枚の書類 を取り出し、私に手渡した。
◇ ロストン開業許可証 ◇
「これで、あなたは正式に“診療所”を開業する権利を得ました」
「やった……!」
私は、思わず拳を握る。
「これで、私は“闇医者”じゃなくなるんだ!」
「まぁ、正式には“合法な医者” ということになるな」
ヴィクトールが小さく笑う。