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第134話



オリカたちは慎重にスレイヴォルグを降り、目の前に広がる天幕の集落を見つめた。


天幕は風に揺れながら、まるで生き物のように呼吸しているようだった。


──白を基調とした大きな天幕がいくつも立ち並び、それぞれがしっかりとした骨組みで支えられている。


風よけのためか、周囲の木々が巧みに配置されており、その間を暖かな陽光が差し込んでいた。


家畜の鳴き声が時折響き、子供たちの笑い声が遠くから聞こえる。


天幕の外には、放牧された羊や馬が草を食み、その側には弓を手にした男たちが見張りをしていた。


「……思ったより、ずっと静かね」


エリーゼがぽつりと呟く。


「ここに住む人たちが、自然と一体になって生きている証拠だな」


ルシアンも感心したように言った。


「……お前たち、ここで余計なことはするな」


カイエが無表情のまま言い放つ。


その言葉に、オリカたちは無意識に身を引き締めた。



──この地は、彼らの“領域”なのだ。



「私は族長に話を通してくる。お前たちはそこで待っていろ」


カイエはそう言うと、天幕の奥へと歩いていった。


オリカたちは、言われた通り近くの岩場の陰で腰を下ろし、改めて周囲の様子を観察する。


「すごいね……こんなふうに生きている人たちがいるなんて」


オリカが呟く。


「俺は、こういうのを見るのは初めてだな……」


ルシアンも興味深そうに周囲を見渡す。


「……お前たち、私と来るといい」


突然、背後から静かな声がかけられた。


振り返ると、そこには白い天幕の装束を纏った長身の男が立っていた。


彼の背には長槍が携えられており、鋭い眼差しがこちらをじっと見据えている。


「私はラーン・サディク。この天幕の戦士長だ」


「……戦士長?」


オリカが思わず聞き返すと、ラーンはゆっくりと頷いた。


「カイエが族長と話をしている間、お前たちを見張れと言われた。……余計なことをするな」


彼の声は低く、どこか冷ややかだった。


(やっぱり、私たちはまだ信用されていない……)


オリカは内心でそう察しながらも、表情には出さず静かに立ち上がった。


「わかった。……案内してくれるのね?」


「ついてこい」


ラーンはそう言うと、踵を返し、天幕の奥へと歩き始めた。



ラーン・サディクに案内されながら、オリカたちは星の民の天幕の中へと足を踏み入れた。


──天幕の内部は、外から想像する以上に広く、生活感が満ちていた。


燻された獣革の香りが漂い、天幕の中央には炉が置かれ、煮炊きのための小さな火が灯っている。


壁際には薬草を乾燥させた束が吊るされ、見慣れない道具が整然と並んでいた。


「これは……思ったよりも、ずっと整った環境ね」


エリーゼが小声で感嘆する。


「遊牧民の暮らしってのは、もっと質素なものかと思っていたが……違うな」


ルシアンも鋭い眼差しで周囲を見渡す。


「定住しないからこそ、工夫が必要なのさ」


ラーンが低く言いながら、手にした槍を軽く床に突いた。


「俺たちは“風と共に生きる民”。定住の家など必要ないが……ここにあるものは、すべて“生きるために必要なもの”だけだ」


そう言って彼は、天幕の奥に目を向ける。


そこでは数人の女性たちが、何かの根をすり潰して薬を作っていた。


彼女たちはオリカたちに気づくと、一瞬警戒したような目を向けたが、ラーンが無言で頷くと、再び作業に戻る。


「……あれは?」


オリカが問うと、ラーンは一つ頷いた。


「俺たちの“薬師”たちだ。ここでは、草原で手に入る薬草を調合し、傷や病の治療に使う」


「なるほど……」


オリカは興味深げにその作業を眺める。


彼女にとっては、見たことのない薬草が多く、調合の手法も独特だった。


(星の民の医療……これを学べれば、新しい治療法が見つかるかもしれない)


そんな考えが脳裏をよぎったその時、天幕の奥から、どこか年嵩の老人が近づいてきた。


「……お前たちが、カイエが連れてきた異邦人か」


深い皺の刻まれた顔に、鋭い眼光を宿したその男性は、貫禄のある佇まいだった。


彼は腕を組みながら、オリカたちを品定めするように見つめる。


「お前たちは、何者だ?」


「……」


オリカたちは、一瞬言葉を選ぶように沈黙する。


ここでどう答えるべきか——それが、自分たちの立場を決める分岐点になるのを、誰もが感じていた。



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