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第129話



ザルビア大河を背にして進むうちに、地面が次第に 緩やかな傾斜を描くようになった。


草原は次第に丘陵地帯へと姿を変え、風はより一層、強さを増していく。


「ついに……風の丘に入ったわね」


オリカが立ち止まり、辺りを見渡した。


眼前に広がるのは、波打つような大地のうねり。


丘は幾重にも重なり合い、その頂きは空と地平の境界に溶け込んでいた。


「すげぇな……」


ルシアンが低く呟く。


「どこまでも丘が続いてるみたい……」


エリーゼもまた、圧倒されるように見上げた。


風の丘——そこはただの丘陵ではない。


一面に広がる 金色の草原 が、風にそよぐたびに光の波を生み出し、まるで大地そのものが呼吸しているかのようだった。


「……まるで海みたい」


オリカがそう言うと、エリーゼも頷く。


「風が吹くたびに、草が波のように揺れるのね」


陽の光を受けた穂が、風に乗って一斉に揺れる光景は、どこか幻想的だった。


ルシアンは少し目を細め、風の流れを肌で感じ取る。


「……なるほどな。ここの地形、完全に風が支配してる」


「ええ。大陸の西から吹く季節風が、この一帯の地形を作り上げたのよ」


エリーゼが説明する。


「長年の風の流れによって、土壌の表面が削られ、丘陵ができる……それが“風の丘”の成り立ち」


「自然の力ってすごいね……」


オリカが感嘆の声を漏らす。


彼女の髪もまた、強風に煽られ、軽やかに舞っていた。



丘陵地帯に足を踏み入れると、空気の香りが変わった。


「……この匂い、さっきより強くなってる」


オリカが目を細める。


「スパイスのような、でも甘さも混じった香り……レッドヴァーミリオンのものね」


「じゃあ、このあたりに群生してる可能性が高いってことか」


ルシアンが草原を見渡す。


「うん。でも慎重に探さないと」


オリカは足元の草を軽くかき分ける。


「レッドヴァーミリオンは風が当たりやすい場所を好むの。だから、丘の斜面や風の通り道を探せば見つかるはず」


彼女たちは慎重に足を進めながら、周囲を観察する。


吹き抜ける風が草を押し倒し、丘の稜線をなぞるように流れていく。


陽の光を浴びた地面は、ところどころに赤みを帯びた草を宿していた。


「……あれか?」


ルシアンが指をさした先、丘の斜面に深紅の花が点々と咲いていた。


「見つけた!」


オリカの声に、エリーゼとルシアンも駆け寄る。


「レッドヴァーミリオン……!」


風の丘の吹き抜ける風の中、目的の薬草は、強くしなやかに大地に根付いていた。



オリカたちは慎重にレッドヴァーミリオンの群生地へと足を踏み入れた。


風の丘の奥深く、柔らかな草が広がる一角に、鮮やかな赤の花弁が風に揺れている。


この地の過酷な環境に適応し、強い日差しを浴びるほどに薬効を高める貴重な薬草。


「これが……レッドヴァーミリオンね」


オリカがそっと葉を指でなぞり、成長具合を確かめる。


いくつかの株は採取に適した状態だった。


「問題は……周囲に敵がいないか、よな」


ルシアンが辺りを見渡しながら呟く。


レッドヴァーミリオンのような希少な薬草には、しばしば天敵となる魔獣がつきものだった。


植物の蜜を吸う昆虫に依存する捕食者や、毒性を持つ葉を好む生物など。



「……?」



エリーゼがふと、空を仰ぐ。


「……なんか、上から……視線を感じるわね」


その言葉に、オリカとルシアンも身構える。


風の丘は開けた地形だ。


障害物が少なく、遠くの景色まで見渡せるが、同時に外敵からの隠れ場所もないということを意味している。


そして——その視線の主は、すぐに姿を現した。




——ギャアアアアアアッ!!



突如、空気を裂くような 甲高い鳴き声が響いた。


次の瞬間、空を切り裂く影が、風の丘の上空を舞う。


巨大な翼を広げ、鋭い目を光らせる “巨鳥” —— 《ヴォルケリオン》 だ。


この地の空の支配者とも呼ばれる獰猛な猛禽類。


翼を広げれば6メートル以上に達し、鋭い爪と嘴は 馬の首をも一撃で刎ねるほどの威力を持つ。


「……ヤバイな、あれは」


ルシアンが低く唸る。


この種は通常、高空を旋回しながら狩りをする習性を持つ。


しかし、今のヴォルケリオンは明らかに捕食モードに入っていた。


「私たちを狙ってる……?」


エリーゼが警戒を強める。


「いや、違う」


オリカが険しい顔で答える。


「レッドヴァーミリオンを守ろうとしてるのよ」


ヴォルケリオンは、レッドヴァーミリオンの生息地を縄張りとしている。


この薬草の葉には、彼らの食料となる小型昆虫を引き寄せる成分が含まれており、それが食物連鎖を支えている。


「つまり、あいつにとって、ここは“狩場”ってわけか……」


ルシアンは歯を食いしばる。


「逃げるか?」


エリーゼがすぐに撤退の選択肢を示したが——



——バサァァッ!!


ヴォルケリオンが、急降下した。



「くるぞ!!」


ルシアンが叫んだ。


ゴォォォッ!!!


ヴォルケリオンが猛烈な勢いで突っ込んでくる。


風の丘に突風が巻き起こるほどの速度。


その巨体は、まるで落雷のごとき速さでオリカたちを襲う。


ルシアンは咄嗟に短剣を抜き、回避の構えを取った。



——しかし、間に合わない。



「くっ……!」


咄嗟にエリーゼが防御魔法を展開する。


「“魔障障壁プロテクション・ヴェール”!!」


淡い魔力の膜が張り巡らされ、衝撃を和らげる。



バゴォォォンッ!!



ヴォルケリオンの爪が障壁を叩きつけ、強烈な衝撃波が周囲に広がる。


「ぐっ……!」


エリーゼが踏ん張るが、障壁には無数の亀裂が走る。


ヴォルケリオンの爪が魔法障壁すら切り裂こうとしていた。


「このままじゃ持たない!」


ルシアンが短剣を逆手に握り、攻撃の隙を狙うが——


——ヴォルケリオンは再び高空へ飛び上がった。



風を切る音。


巨大な体躯をものともしない翼。



倒れそうなほどに、しなやかな軌道を描く。


その動きは迅速かつ計算されており、次なる一撃を放つための態勢を整えているのが明白だった。


「……まずい、狙いを定めてる…ッ?!」


オリカが鋭く言った。


ヴォルケリオンの目は、獲物をロックオンする狩人の眼。


一度視界に捉えた標的を、何があっても逃がさない本能を持っている。


「くそっ、こうなったら……先手を取るしかねぇ!」


ルシアンは素早く地を蹴り、斜面を駆け上がる。


風の丘の起伏を利用し、より有利な位置を取ろうとする。


「ルシアン、待って!」


エリーゼが止めるが、すでに遅い。


ヴォルケリオンの視線が一瞬、ルシアンへと移った。



——シュバァッ!!



巨鳥の翼が大気を叩き、急激な加速を生み出す。


猛禽類特有の急制動と急加速の組み合わせ。


狙いは——ルシアン!


「っ、まずい!」


オリカがすぐさま防御と支援のフォーミュラを展開する。


「エリーゼ!」


「わかってる!」


エリーゼが詠唱を開始する。


「“高速展開式・閃風の加護ヴェント・カリス”!」


光の紋章がルシアンの足元に展開され、風の力が彼を包み込んだ。



——瞬間、ルシアンの加速が限界を超える。



ヴォルケリオンの爪が、紙一重でルシアンの位置をすり抜けた。


「っぶねぇ!!」


ルシアンが転がるように着地し、辛くも回避。


しかし——


ヴォルケリオンは、空中で無理矢理軌道を変えた。


「まだ来る!!」


オリカが叫ぶ。


「っ、連続で!? あいつ、空中制御が……!」


エリーゼが驚愕する。


猛禽類の多くは急降下後の再加速には時間がかかるが、ヴォルケリオンは翼の動きを最小限に抑え、ほぼ無駄なく方向転換していた。


「つまり、こいつは普通の鳥じゃないってことか……!」


ルシアンが歯を食いしばる。


「エリーゼ、次の支援は?!」


オリカがすぐに戦術の選択肢を確認する。


「“閃風の加護”をルシアンにかけたから、すぐに大きな魔法は使えない……!」


魔法はエネルギーの流れを最適化することが重要。


フォーミュラの連続展開には《間隔》が必要だ。


「なら、私がやるしかないわね」


オリカは 腰のポーチから細工を施した水晶片を取り出す。


その内部には魔力回路が刻まれており、特定の術式を即時展開できる仕組みだ。


「いくよ!——“制動結界バインド・ストラクチャ”!」



パリンッ!



水晶が砕けると同時に、地面に複雑な魔法陣が広がる。


ヴォルケリオンがその領域に踏み込んだ瞬間——


ガキンッ!!


目に見えぬ鎖が鳥の翼を縛るように絡みついた。



「っ!? 何か……引っ張られてる?」



エリーゼが驚く。


「……うまく機能してる!!」


オリカは満足げに頷いた。


この魔法陣は、大気の流れを操作し、対象の動きを阻害する術式だ。


空中で加速を続けるヴォルケリオンの羽ばたきに“逆風”を作り出し、動きを鈍らせる。


「今よ、ルシアン!」


「……よっしゃ!!」


ルシアンは助走をつけ、一気に地を蹴った。



目標は——ヴォルケリオンの“翼の付け根”。



翼竜系の生物は、その部位が最も筋肉が集中し、攻撃を受けると動きが大きく制限される。


「食らえっ!!」


ルシアンの短剣が、ヴォルケリオンの羽毛を貫いた——が!


ザクッ……!!


「……っ、浅い!?」


短剣が確かに命中したものの、 ヴォルケリオンの羽毛が予想以上に硬い。


強固な鱗羽りんう に覆われた部位は、簡単には斬れない。


「やべぇ、反撃が……!!」


ヴォルケリオンが猛然と羽ばたき、拘束を振りほどく。


「っち……!」


ルシアンがすぐに後退しようとするが——


「……そこよ!」


オリカの声が響く。


ルシアンの攻撃が届かなかった瞬間、エリーゼの魔法が発動した。


「——“閃撃槍ストライク・ランス”!!」


ドンッ!!


地面から突き上げるように雷光の槍が炸裂した。


電撃がヴォルケリオンの傷口に直接突き刺さる。


「ギャアアアアアアアッ!!」


ヴォルケリオンが激しい悲鳴を上げ、バランスを崩す。


「やったか!?」


ルシアンが息を荒げながら言う。


——ただ


ヴォルケリオンは乱れながらも、まだ飛翔していた。


「……いや、まだだ」


オリカが静かに言う。


「でも……やつの動きが鈍ったのは確かだよ」


ヴォルケリオンは傷を負ったものの、完全には落ちていない。


今までのような鋭い動きは明らかに減少しているが、それでもまだ、動きに“機敏性”が残っている。


「……よし、次で決めるぞ」


ルシアンが短剣を構え直した。


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