第127話
坑道の暗闇を抜け、オリカたちはようやく地上へと戻ってきた。
夜の風がひんやりと頬を撫でる。
「……ふぅ」
ルシアンが息をつき、額の汗を拭う。
「マジで大変だったな……ガルヴァ・リーパーとか、もう二度とごめんだ」
「でも、おかげでファングラナイトは手に入ったよ」
オリカが手のひらに載せた青白い鉱石を見つめる。
「この鉱石の成分を抽出すれば、ガルヴァ熱の発熱を抑える効果がある。でも……」
彼女の表情がわずかに曇った。
「まだ、…足りないのよね?」
エリーゼが静かに問いかける。
「うん。ファングラナイトだけじゃ、ガルヴァ熱の“神経症状”には対処できない。もっと根本的に炎症を抑える成分が必要なんだよね」
「……となると、もう一つの素材を探さなきゃいけないってことか」
ルシアンが肩を回しながら言った。
「そうなるわね」
◇
坑道での探索を終え、オリカたちはベルナークの街へ戻ってきた。
「さて……」
診療所に戻ると、坑道で手に入れたファングラナイトを慎重に机の上に置いた。
オリカは、治療中の患者を診ながら、これまでの診察で気になっていたある症状について思い返していた。
——ガルヴァ熱の特徴的な症状には、高熱や発疹、筋肉の硬直があった。しかし、それだけではない。
患者の一部には、“神経性の異常な痛み”が発生していたのだ。
特に、末梢神経に沿った灼熱感を訴える患者が多く、その痛みは炎症性ニューロパチー(神経障害)と似た症状を示していた。
(末梢神経に炎症が広がっている……)
オリカは魔法による診断を試み、魔力を込めて患者の神経組織の反応を探った。
すると——
「……やっぱり。神経伝達に異常が起こってる」
通常、神経は適切な電気信号を送ることで感覚を伝達するが、ガルヴァ熱(※現段階では症状の特定ができないため、“ガルヴァ熱”と仮定している)に感染した患者の神経は“過剰興奮”していた。
つまり、神経が常に過敏な状態になり、軽い刺激でも強烈な痛みとして脳に伝わってしまうのだ。
(これは、まるで帯状疱疹後神経痛のような状態……)
現代医学では、帯状疱疹ウイルスによって神経が損傷すると、異常な痛みが持続することがある。それと同じように、ガルヴァ熱に類似したこの症状の病原体が、神経を直接刺激している可能性が高い。
(神経の興奮を抑える成分が必要……そうなると……)
オリカは、頭の中で薬草の成分を照らし合わせた。
そして、導き出した答えは——
「……レッドヴァーミリオン」
ルシアンが怪訝そうに聞く。
「なんだ、それ?」
「神経の興奮を抑える薬草よ。レッドヴァーミリオンには、アルカロイド系の成分が含まれていて、末梢神経の伝達を安定させる効果があるの」
さらに、レッドヴァーミリオンには血管を拡張する作用もあり、神経組織への酸素供給を改善する効果が期待できる。
「つまり、これがあれば、ガルヴァ熱の神経症状を和らげられるってことか?」
ルシアンが腕を組む。
「うん。だけど、この付近では、レッドヴァーミリオンは滅多に手に入らないって」
「どこにあるか、見当はついてるの?」
エリーゼが問うと、オリカは静かに頷いた。
「以前にちょろっと本で見たことがあるんだけど、この辺りの地方だと、風の丘……南西の丘陵地帯に自生しているっぽい」
「また探索か……」
ルシアンはため息をついたが、最後には苦笑して肩をすくめる。
「ま、ここまで来たら最後まで付き合うしかねぇか」
オリカは微笑んだ。
「ありがとう。これで、…ひとまずガルヴァ熱を治療するための鍵が揃うわ」
——次なる目的地は風の丘。
そこに待ち受けるのは、新たな試練か、それとも希望か——。




