第126話
ガルヴァ・リーパーの黄金の瞳が揺れる。
雷撃が遮られ、初めての“脅威”を感じたのか、獣は僅かに後ずさった。
ただ——
この狩人は、簡単に怯む相手ではなかった。
バチ……バチバチ……
黒い毛皮の表面を伝う静電気。
それは微細な稲妻となり、ガルヴァ・リーパーの全身を包み込む。
——防御態勢。
「くそ……また雷を纏いやがった!」
ルシアンが短剣を握り直しながら、歯を食いしばる。
先ほどのように懐へ飛び込めば、今度こそ即座に感電する。
雷撃は一撃必殺。
だが、だからこそ——
「……回避は可能」
オリカの脳裏で、冷静な計算が巡る。
ガルヴァ・リーパーは攻撃のために“マナの流れ”を感知する習性を持つ。
ならば、誘導することは可能だ。
「エリーゼ、あと一度だけ“囮”を頼む!」
「……やるしかないわね!」
エリーゼはすでに限界に近かった。
だが、それでも——
「“光の導き《ルーメン・アクトゥス》”——!」
ふたたび、目映い閃光が放たれる。
——その瞬間だった。
「!? 光が……拡散した?」
オリカが目を見開く。
光の奔流が、まるで霧に呑まれるように四散したのだ。
「違う……これは、雷撃の磁場干渉……!」
バチ……バチバチバチッ!!!
ガルヴァ・リーパーの全身が、さらに強く発光しはじめる。
「まずい!! あいつ……“全方位攻撃”を——!」
膨らんだ魔力が光を帯びながら周囲に広がる。
膨張するエネルギーと、スパーク。
——ドォンッ!!!
雷撃が、周囲全域へと炸裂した。
逃げ場のない範囲攻撃——
「“聖紋障壁”!」
エリーゼが即座に詠唱を完了させ、障壁を展開する。
青白い雷が、結界に叩きつけられる。
ただ——
——今度は、違った。
バリアの表面が“弾力を持つように”しなり、雷撃のエネルギーを吸収し始めたのだ。
「……エリーゼ、いける?」
「“魔力の干渉”を利用して、エネルギーを……反転させる……!」
エリーゼの手が震える。
雷撃を、逆流させる。
「……放つわよ!!」
彼女は詠唱の最後の言葉を紡いだ。
「“神聖反響”!!」
ゴォッ——!!!
青白い雷撃が奔り、ガルヴァ・リーパーの巨体へと弾ける。
雷撃をまとった聖なる力が、獣の神経を焼き、一瞬の硬直を引き起こした。
その隙を——
「ルシアン!」
オリカの叫びが響く。
ルシアンは反応するよりも早く、体を動かしていた。
空間を切り裂くような加速——
彼は地を蹴り、一瞬で獣の懐へと潜り込む。
疾風のごとき身のこなし。
前足の死角を抜けると同時に、足場を利用して壁へ跳び、獣の首元へ向けて鋭い回転を加えた。
重力すら振り払う勢いで——
「喰らえ……!!!」
右手の短剣が、弧を描きながらガルヴァ・リーパーの喉元へと突き込まれる。
刃が皮膚を裂き、獣の体内へと深く沈み込む感触。
同時に、左手のダガーが瞬時に閃く——
ルシアンは短剣を支点にしながら、獣の喉笛を確実に断つため、もう一撃を叩き込んだ。
「ギャァァァァァ!!!」
耳をつんざく絶叫が坑道に響き渡る。
だが、まだ足りない。
ルシアンは獣の背を蹴り、跳躍。
宙を舞いながら、返す刃で獣の頸動脈を引き裂く。
その刹那、ガルヴァ・リーパーの巨体がガクンと痙攣し、喉の奥から血泡を吹き上げる。
ルシアンの攻撃は確実に急所を貫いていた。だが、この魔物は異常なほどの再生力を持っている。
(このままでは、まだ……!)
オリカは素早く杖を握り直し、即座に詠唱を開始した。
“魔術”と“医学”の融合——この世界で彼女が見出した、新たな治療魔法の応用。
「——《生滅転化》!!」
彼女の手から、白く輝く魔法陣が展開する。
本来は生命力を促進し、細胞の活性化を促す治癒魔法。
今オリカが発動したのは、“逆転の応用”——
過剰に細胞を活性化させ、逆に肉体を崩壊させる技術。
本来、治癒のために使うべき魔法を、相手の体組織に過剰な再生を引き起こし、暴走させる。
「……再生するなら、その細胞ごと“死滅”させる!」
純白の光が、瀕死のガルヴァ・リーパーを包み込む。
ルシアンの短剣が貫いた傷口が、一瞬だけ再生しかけ——だが、直後に異常な腫瘍のように膨れ上がり、急激に崩壊し始めた。
血流が制御を失い、肉の内側から膨張していく。
「グ、ガァァァァァ……!!!」
もがき、断末魔の叫びを上げる魔獣。
その苦悶の声が響く中——
ルシアンは最後の一撃を理解し、迷わず動いた。
「……仕上げだ!!」
獣の喉元へと跳躍し——
全身の魔力を込めた刃を、再び突き立てる!
「……沈め!!!」
突き刺された短剣が、魔獣の頸椎を完全に断ち切った。
ズズゥゥゥン……!!!
獣の巨体が、その場に崩れ落ちる。
ルシアンは静かに着地し、短剣を振り払うと、深く息を吐いた。
ドサッ……
ガルヴァ・リーパーが、最後の雷光を散らしながら倒れ込んだ。
地響きを立てながら、雷獣はついに崩れ落ちた。
「……やった、終わった……」
エリーゼがその場にへたり込み、安堵の息を漏らす。
オリカも、深く息をついた。
オリカは慎重にガルヴァ・リーパーの体を観察し、動かなくなったことを確認する。
「ふぅ……やったわね」
ルシアンも肩の力を抜いた。
◇
「それで……問題の“ファングラナイト”は?」
ルシアンが辺りを見渡す。
オリカは崩れた坑道の奥を照らしながら、足元の岩を注意深く調べた。
「……あった!」
彼女は壁の割れ目に手を伸ばし、岩の隙間から輝く鉱石を取り出した。
それは、淡い青白い光を帯びた結晶だった。
「これが“ファングラナイト”……!」
「これが……ガルヴァ熱に効くっていうのか?」
ルシアンが興味深そうに覗き込む。
「ええ。成分を抽出すれば、熱を抑える効果があるわ。でも……」
オリカは鉱石を手に取りながら、小さく息を吐く。
「これだけじゃ足りないわね」
「まだ他の材料が必要ってことか」
「そういうこと。でも……一歩前進したのは間違いない」
オリカは微笑んだ。
坑道の奥深くで、彼女たちは確かな手がかりを掴んだのだった。




