第15話
ルイスと使用人の看病を始めて数日が過ぎた。
黒死病は治らない——。
でも、私は 彼らの症状を極限まで抑えることができていた。
■ ルイスの現在の状態(治療5日目)
・発熱:37.8℃(高熱から微熱へ改善)
・皮膚の黒色斑点:増加なし(現状維持)
・食欲回復(固形物も少しずつ摂取可能に)
・意識ははっきりしており、会話ができる
「お姉ちゃん……今日は、なんだか体が軽いよ」
ベッドの上でルイスが小さく微笑む。
「それはいい兆候ね」
私は、額の汗を拭きながら答えた。
「でも、油断は禁物だよ? まだ完治したわけじゃないんだから」
「うん……でも、前みたいに苦しくないよ」
「それはよかった」
彼の体温を測りながら、私は確かな手応えを感じていた。
「黒死病は治せない……でも、進行をある程度止めることはできる」
これは大きな前進 だった。
それに、屋敷の使用人たちも「オリカ様の魔法は本当に効くんだ」と信頼し始めていた。
——私は、この世界で“医者”としてやっていける。
そんな確信を持ち始めた矢先——
「そろそろ、正式に“個人事業”を始めるつもりはないか?」
ヴィクトールが、そんな提案をしてきたのだった。
「……え? 事業を始める?」
屋敷の書斎で、ヴィクトールが静かに私を見つめる。
「お前はすでに“医者”として活動している。
だが、このままでは正式な身分を持たない闇医者のままだ」
「……それは、まあ、そうだけど」
私は腕を組んだ。
「だけど、私みたいな“身元不明の住人”が正式に活動なんてできるの?」
「それなら、問題ない」
ヴィクトールは1枚の書類を机に置いた。
「ギルドを通じて、“医療事業”の登録を済ませておいた」
「……は?」
「君は正式に『医療施術師』として商売をする権利を持っている」
私は、思わず書類を手に取った。
そこには、ロストン商人ギルドの印章と、私の名前——「オリカ・フローライト」が記されていた。
「ちょ、ちょっと待って!? いつの間にそんなことを!?」
「君が市場で買い出しをしていた間にな」
「……!」
ヴィクトールは淡々と続けた。
「これで、君は正式に“医療事業”を始められる。
問題は、どこで活動するか、だ」
「……どこで?」
「当然、屋敷の一室で診療をするという手もある」
「……うーん、それだとちょっと入りにくいかもね」
貴族のような大きな屋敷に、庶民は気軽に入れない。
医療を受けたくても、敷居が高いと感じる人は多いだろう。
「ならば、新しい拠点を作るべきだ」
「……拠点?」
「君専用の“診療所”を、屋敷の近くに建てる」
「……!」
私は、一瞬言葉を失った。
——自分の診療所。
「そんなこと、本当にできるの?」
「この屋敷の一角に、使っていない建物がある。
そこを改装すれば、お前の診療所として十分機能するはずだ」
私は、思わずヴィクトールをじっと見つめた。
「……ヴィクトールさん、本気なの?」
「当然だ」
彼は静かに答えた。
「君は、この屋敷の者たちを助けた。
ならば、君の“医療”を、この街に広める価値はある」
「……」
私は、ゆっくりと息を吐いた。
——ここで、生きていく。
——ここで、医者としてやっていく。
それが、この世界での“私の道”なのかもしれない。
「わかった…」
私は、書類を胸に抱え、力強く頷いた。
「診療所を開く!!!!!」
「診療所を開くためには、正式な開業手続き を済ませる必要がある」
ヴィクトールの言葉に、私は驚いた。
「……ギルドの登録だけじゃダメなの?」
「商人ギルドの登録は“事業の認可”だ」
「だが、ロストンで営業をするには、役所で正式に“開業申請”をしなければならない」
「……なるほどね」
この世界の商売は、ギルドの管理下にある「経済活動」と、役所の管理する「公共秩序」の両方が必要らしい。
「開業申請を済ませれば、正式に“診療所”として営業できる」
「……よし、じゃあ役所に行こう!」
私は、開業の書類を手に持ち、
ヴィクトールと共にロストンの役所へと向かった。