第123話
ベルナーク交易市場の賑わいを背に、オリカたちは旧鉱山跡へと向かう道を進んでいた。
街を出て東へと進むこと半日。
道は次第に細くなり、舗装された石畳は途切れ、乾いた土の道へと変わっていく。
「この先に、昔の鉱山があるんだな……」
ルシアンが地図を見ながら呟く。
「リヒャルトが言っていた“ファングラナイト”は、本当にそこにあるのかしら……?」
エリーゼが不安げに周囲を見回す。
「確証はないけど、行くしかないわ」
オリカは綱を軽く引きながら、前方に目を向ける。
「もし手に入れば、ガルヴァ熱の進行を抑えられる……それだけでも大きい」
3人は、先ほど薬師の店で受け取った地図を見直していた。
旧鉱山跡は、かつて銀や鉄を採掘していた場所だが、数十年前に資源が枯渇し、放棄されたという。
だが、坑道の奥深くにはまだ採掘されていない鉱石が眠っており、その中に「ファングラナイト」が含まれている可能性があるらしい。
「ただ、問題は……」
オリカは地図のある部分を指でなぞる。
「野盗や獣が住み着いているってことよね」
「……厄介だな」
ルシアンが顔をしかめる。
「鉱山跡ってのは、外から見ても分かりにくい場所が多いし、狭い坑道の中で敵に襲われたら、逃げ道も限られる……」
「そうね……慎重に進むしかないわ」
エリーゼがそっとたてがみを撫でながら言う。
彼らはスレイヴォルグの速度を少し落としながら、慎重に道を進んでいった。
しばらく進むと、道の先に岩壁が見え始めた。
荒れ果てた木々が点在し、風が吹くたびに、朽ちた鉱夫の小屋が軋む音を立てる。
「ここが……」
オリカたちはスレイヴォルグを止め、周囲を警戒しながら降りた。
目の前には、かつて鉱山として栄えたであろう名残が広がっていた。
崩れかけた採掘用の足場、放置されたトロッコ、朽ち果てた木製の仕切り門。
しかし、坑道の入口は厚い木の板で封鎖されていた。
「これ……入れるのか?」
ルシアンが木の板に手を触れる。
「だいぶ朽ちてるみたいだけど……」
オリカはそっと耳を当てた。
坑道の奥からは、わずかに風の流れる音が聞こえてくる。
「……大丈夫。通れるわ」
オリカは手近にあった岩を持ち上げ、力を込めて木板に叩きつけた。
「っしょ……!」
バキィッ!!
木板が砕け、狭い入口が露わになる。
暗闇が広がる坑道の中。
「準備はいい?」
オリカはエリーゼとルシアンを見やる。
「……行こう」
ルシアンは短剣を手に取り、エリーゼは小さく魔法の光を灯した。
そして、彼らは旧鉱山跡の奥へと足を踏み入れた——。
坑道の中は、冷たい湿気に包まれていた。
壁面には古びた支柱が等間隔に並び、かつての鉱山の名残をとどめている。だが、長年放置されていたせいか、所々が崩れかけ、天井の岩が不気味に軋む音を立てていた。
「……まるで墓場みたいね」
エリーゼが灯した魔法の光が、坑道の奥をぼんやりと照らし出す。
「気味が悪いな……」
ルシアンが短剣を握り直しながら、慎重に周囲を見回す。
坑道の入口を抜けると、道は三つに分かれていた。
「さて……どの道を進むべきかしら」
オリカは壁にかかった古びた採掘記録の札を手に取る。
「……ここに書いてあるわ。“第六採掘区、銀鉱脈発見、開発継続中”って」
「つまり、かつて銀が採れた場所か……」
ルシアンが札を覗き込む。
「ファングラナイトは、銀鉱脈と一緒に見つかることが多いんだったな」
「そうね。銀を含む地層で形成されやすい性質があるから……」
オリカは坑道の空気を確かめるように、ゆっくりと呼吸をする。
「右の道を行きましょう」
「了解」
彼らは慎重に足を進めた。
進むにつれて、坑道の空気がわずかに変わっていくのを感じた。
湿度が増し、空気が重くなる。
「……水の匂いがするわね」
エリーゼが呟く。
「たぶん、地下水脈が近いんだ」
オリカは岩壁を手で触れる。
「この辺りには、かつて水源があったはずよ」
「……それって、俺たちにとって都合がいいのか?」
ルシアンが眉をひそめる。
「ええ。水脈が近いということは、鉱物が流れ出ている可能性があるわ」
「ファングラナイトが見つかる可能性が高いってこと?」
「そうね。でも、それだけじゃない」
オリカは少し顔を曇らせた。
「水脈が近いってことは……湿地を好む生物がいるかもしれないってことよ」
「……嫌な予感がするな」
ルシアンが周囲を警戒しながら、奥へと進む。
そして、数メートル先の床に、何かが転がっているのが見えた。
「……なんだ、これ」
ルシアンが足を止める。
地面には、乾いた骨のようなものが散らばっていた。
「……誰かの遺骨?」
エリーゼが小さく息をのむ。
オリカは慎重にしゃがみ込み、それを指でつまんだ。
「いや……違う」
「……?」
「これは、動物の骨よ。でも……」
オリカは骨の表面を注意深く観察する。
「妙ね。明らかに、何かに噛み砕かれた跡がある」
「……つまり、ここには“捕食者”がいるってことか」
ルシアンが短剣を構える。
その瞬間——
ズズ……ズズ……
どこからともなく、湿った何かが這うような音が響いた。
「……気をつけて!」
オリカがとっさに叫ぶ。
反射する声が、広い洞内に響き渡る。
魔法の灯りに灯された3人の影が、岩肌に連なりながら揺らめいていた。
暗く、じめついた匂い。
その背後にそっと忍び寄るように、
坑道の奥の暗闇から、何か巨大なものが蠢くのが見えた——。




