第14話
◇ 魔法薬店へ——ガラス瓶と薬研を求めて
医療道具の大半を揃えた私は、最後に 魔法薬店「アルケミア・ルーメン」 へ向かった。
店に入ると、独特の香りが鼻をつく。
店内にはポーションの瓶や魔法触媒の粉末が並び、魔法に関する専門的な器具も置かれていた。
「いらっしゃい、お嬢さん」
店の奥から現れたのは、白髪の老紳士だった。
彼の名前は、カイエン・ヴェルトと言った。
「ガラス瓶と薬研を探してるの」
「ほう……君は薬を調合するのかね?」
「ええ、私の治療には必要なの」
店主は、じっと私を見つめた。
「……君は、魔法についてどれだけ知っている?」
「……?」
突然の問いに、私は一瞬戸惑った。
「魔法のことは、あまり詳しくないですね」
私は、店内に並ぶ 魔法薬の瓶 を眺めながら答えた。
ポーション、触媒粉末、魔法陣の刻まれた石板——
どれも私には“未知のもの”だった。
「でも、少しずつ知る必要がある気がしてる」
私の治癒魔法は、普通の回復魔法とは違う。
黒死病の進行を抑えることはできても、完全な治癒には至らない。
「私は“医者”を目指す者として、この世界で生きていくつもりなんです。
だから、いずれこの世界の“魔法”について、ちゃんと理解したいとは思ってます」
カイエンは、少し目を細めて微笑んだ。
「ほう……いいだろう。では、“魔法”とは何なのか、君に教えてやろう」
【“魔法”の根源——世界樹と量子律】
「魔法とは、単なる“力”ではない」
カイエンは、店の奥から 1冊の古びた書物 を取り出した。
「この世界には、あらゆる物質の根源となる“流れ”が存在する。
それを、古代の賢者たちは“マナの潮流”と呼んだ」
「マナの潮流?」
「……“魔力”とは、単なるエネルギーではなく、
世界を構成する“情報そのもの”だ」
「情報……?」
私は思わず眉をひそめた。
でも、次の彼の言葉で、私はさらに驚くことになる。
「この世界は、“世界樹”によって形作られている。
しかし、それは単なる神話ではない。
世界樹とは、この世界を“運用するためのシステム”なのだ」
「……システム?」
「そうだ」
カイエンは、テーブルに魔法陣を刻んだ金属板を置いた。
すると、金属板が淡く発光し、不思議な“波”が広がる。
「魔法とは、“この世界の根本法則に干渉する技術”であり、
その法則はすべて“世界樹”に記録されている」
「君は、光や音が“波”であることを知っているか?」
「……ええ、それくらいは」
「では、世界そのものも“波”でできているというのは?」
「……?」
私は、少し考えてから答えた。
「つまり、魔法は“世界の波”に干渉する力……ってこと?」
「その通り」
カイエンは、魔法陣の上に手をかざした。
すると、波紋のように魔力の振動が広がる。
「この世界のすべての物質は、“マナの波”によって情報を保っている。
そして、“世界樹”はその情報を管理し、均衡を保っている」
「世界樹が……管理している?」
「そうだ」
カイエンは、私の手を取った。
「君の魔法も、世界樹の“情報”に干渉することで成り立っている。
だが、君の治癒魔法は通常の“生命エネルギーの補填”とは異なる。
それは、生命情報そのものを書き換えようとしている のではないか?」
「……!」
なんで私が治癒魔法を使えることを…?
私は、思わず息を呑んだ。
私の治癒魔法は、単に傷を塞ぐものではない。
病気の進行を抑えることができるのも、
細胞や組織レベルで“情報”を書き換えているから……?
「さて、もう少し基本を説明しよう」
カイエンは、魔法の構成要素を示す図を描いた。
「魔法を発動させるには、3つの要素 が必要だ」
■ マナ(エネルギー)
- 魔法を発動するための原動力
- 世界樹から供給される“情報”の一部
■ フォーミュラ(魔法式)
- 魔法の内容を決定する“設計図”
- これがなければ、魔力はただのエネルギーの波に過ぎない
■ 術式
- 魔法を実際に発動するためのプロセス
- 詠唱、触媒、魔法陣などが使われる
「君の治癒魔法には、通常のフォーミュラが存在しない」
「……?」
「普通の魔法使いは、詠唱や魔法陣を用いてフォーミュラを形成し、
術式によってそれを発動させる」
「でも、私は……」
「君は、フォーミュラを“無意識に形成している”ようだな」
「……!」
カイエンの言葉に、私は考え込んだ。
つまり、私は無意識に魔法を使っている?
しかも、フォーミュラなしで?
「……だとすれば、君の魔法は“特異”だ」
カイエンは、じっと私を見つめる。
「そして、その特異性の理由を探るには——
“世界樹”のさらなる秘密を知る必要があるだろう」
「……!」
私は、ようやく理解し始めていた。
魔法とは、単なるエネルギーではなく、世界の“情報”を操作する技術なのだ。
そして、その情報は 世界樹によって管理されている。
私の魔法が通常の治癒魔法と違うのも、フォーミュラを経ずに “直接、生命情報を書き換えている” からかもしれない。
「……なんだか、頭が追いつかないけど……すごく興味深い…」
「フフ……いずれ、もっと深く知ることになるだろうよ」
カイエンは、私に ガラス瓶と薬研 を手渡した。
「君の魔法の謎を解くには、まず基礎から学ぶことだ」
「……そうですね」
私は、新たな決意を胸に刻んだ。
この世界の魔法を学び、自分の力の本質を知るために。