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第114話



【修道院の役割】——軍需品の横流しと市民への流通ルート



フィオナは机を軽く叩きながら、静かに言った。


「修道院が“軍需品の受け皿”になってるのは分かった。でも、それだけじゃない」


グレイスが目を細める。


「……つまり?」


「修道院を経由して流れているのは、“軍に必要な物資”だけじゃなく、市民にまで横流しされてるってこと」


ロッティが興味深そうに身を乗り出す。


「市民に? それってつまり……?」


フィオナは地図を広げ、修道院を指差した。


「“施しの日”よ」


一瞬、部屋の空気が張り詰めた。


ダリウスが低く唸る。


「……なるほどな」




【施しの日】——“合法的に物資を分配する仕組み”



「修道院は、貧民層への施しを定期的に行うことで知られてる。

食料や薬、衣類なんかを無料で配ることで、慈善活動をしてるわけだけど……」


フィオナは帳簿をめくりながら続けた。


「問題は、その“施し”の中に何が紛れ込んでるかって話よ」


エンツォが書類を整理しながら頷く。


「……確かに、施しの日の記録を見ると、修道院に運び込まれる物資の量と、実際に配られた量に食い違いがあるな」


「でしょ? つまり、修道院は“施しの日”を口実に、大量の物資を合法的に受け取れる立場にあるってこと」


ロッティが腕を組む。


「ってことは、余った分はどこかに流れてる?」


「その通り」


フィオナは指を鳴らした。


「魔導薬の“横流し”をするには、いくつかの問題がある。

軍の施設を使えば監査が入るし、市場で流通させれば税の管理が厳しくなる。

でも、修道院を経由すれば?」


ダリウスが即座に答えた。


「検閲が緩くなる……」


「正解」


フィオナは小さく笑う。


「修道院は“宗教財務庁”の管轄下にあるから、軍の物流管理とは別枠の監査を受ける。

つまり、軍需品が一度“修道院の所有物”になれば、それをどこに流そうが、軍は監視できない」


エンツォが眉をひそめた。


「……でも、修道院が魔導薬なんかを配るとは思えないぞ?」


「そこよ」


フィオナは帳簿を再び叩いた。


「修道院は、貧民層の支援を口実に、合法的に大量の医薬品を扱える。

つまり、施しの日の“救済活動”として、魔導薬を市民に回してる可能性がある」




【なぜ市民に魔導薬を流すのか?】



「普通、魔導薬ってのは、軍事利用や貴族の医療目的が主よね?」


ロッティが疑問を口にする。


「なら、なんでわざわざ市民に回す必要があるの?」


フィオナは地図の修道院の位置を指でなぞった。


「……“市民”ってのは、一括りにできる存在じゃない」


ダリウスが顎に手を当てる。


「どういう意味だ?」


「つまり、市民層には“裏社会”の連中も含まれるってこと」


フィオナは笑みを浮かべながら続けた。


「貧民街、労働者、闇市場の商人……彼らの間で、“魔導薬”の需要は高まってる」


エンツォが納得したように頷く。


「……そうか。戦争が続いてる今、都市の労働者は疲弊してるし、貧民層は病気に苦しんでる。

そんな中で、“即効性のある薬”があれば、飛びつくだろうな」


「そういうこと」


フィオナは指を立てる。


「特に“ブルー・ダスト”のような覚醒作用のある魔導薬は、肉体労働者や傭兵の間で重宝される。

彼らは体を酷使するから、一時的にでも疲労を回復できる薬を求めるんだよ」


ロッティが溜息をついた。


「……要するに、修道院は“社会の底辺”に薬を流すことで、裏市場を操ってるってわけ?」


「その可能性は高いな」


フィオナは椅子にもたれながら言った。




【修道院と貴族派の関係】



「でも、ここで疑問が残る」


エンツォが腕を組む。


「もし、修道院が市民に魔導薬を横流ししてるとして……

その背後にいる“貴族派”は、それで何を得る?」


フィオナは一瞬考え、ゆっくりと口を開いた。


「……影響力じゃないかな」


ダリウスが目を細める。


「影響力?」


「そう。“薬を求める者”は、薬を与えてくれる者に依存するもんだ」


ロッティがハッとする。


「……つまり、貴族派は魔導薬を通じて、“市民層を支配する手段”にしてる?」


「その通り」


フィオナは笑みを深める。


「貴族派は、王政に対抗するための勢力を必要としてる。

軍や役人は王政側に属してるけど、労働者や貧民層は、統治側への不満がある。

そんな彼らに“生きるための薬”を供給すれば?」


エンツォが鋭い目を向けた。


「……貴族派に恩を感じるようになる」


「ああ。そして、いずれ“貴族派の支持層”になり得る」


ダリウスが低く呟いた。


「まるで、麻薬組織の手口みたいだな……」


フィオナは肩をすくめる。


「金が動くこの街で、“莫大な資金と交易ルート”を作るには、市民層を味方につけるのが一番手っ取り早い」



「——と、言うことでだな」


「この流通先の修道院を抑えれば、貴族派の資金ルートと市民への影響力を同時に断てるかも」


グレイスが静かに呟いた。


「でも、どうやって?」


フィオナは目を輝かせながら微笑んだ。


「それをこれから考えるんだよ」


「……悪い顔してるねぇ」


ロッティが苦笑した。


「情報屋ってのは、“ゲームの駒”をどう動かすか考えるのが仕事だからな」


フィオナは、青く透き通った艶のある髪を後ろで結んだ。


そうして勢いよくて立ち上がり、ぶんぶんと肩を回す。


「さて、そんじゃ、修道院に“仕掛ける”とするか!」







ベルナーク交易市場の喧騒から少し離れた場所に、 “聖エリアス修道院” が佇んでいる。

この修道院は、表向きは慈善活動を行い、貧民や孤児たちを保護する場として知られていた。


しかし、フィオナたちはこの修道院こそが貴族派の資金洗浄ルートの一部である可能性に目をつけていた。


「まずは内部の情報を手に入れないとな」


フィオナは蒼風亭の作戦室で帳簿を指で弾きながら言った。


「ロッティ、修道院の関係者に接触できそう?」


「バッチリ!」


ロッティは自信満々に胸を張った。


「修道院の前で、毎朝パンを配ってるシスターがいるんだよね。彼女にそれとなく話を聞き出してみるよ」


「助かるよ~。慎重にな」


ロッティは頷き、すぐに市場を抜けて修道院へ向かった。




——修道院前・午前



市場から少し離れた広場。そこには清楚な修道服を身にまとった シスター・エヴァ の姿があった。

彼女は大きな籠にパンを詰め、通りすがる人々に配っていた。


ロッティは、自然な流れを装いながら列に並ぶ。


「ありがとう、シスター!」

受け取ったパンを頬張りながら、さりげなく話しかけた。


「ここの修道院って、すごく評判がいいよね! 最近は貴族の人たちも寄付してくれてるんでしょ?」


シスター・エヴァは微笑んだが、その表情はどこか固かった。


「ええ……ありがたいことに、多くの方々が助けてくださっています」


「へぇ~。でも、修道院って結構お金がかかるんじゃない? こんなにたくさんの人を助けるなんて、すごいよね!」


ロッティはあくまで無邪気な口調を装いながら、エヴァの反応を探る。


「……神の御加護があるからです」


「へぇ~……でもさぁ、貴族の寄付って、なんか特別な使い道があるの?」


シスター・エヴァの表情が、わずかに強張る。


「……申し訳ありませんが、詳しいことはお話しできません」


ロッティはその反応を見逃さなかった。


「そっかぁ、じゃあ修道院の人しか知らないんだね!」


エヴァは一瞬、言葉に詰まる。


「……ごめんなさい、私、これ以上は……」


そう言うと、彼女は別の人々にパンを配るため、ロッティから離れてしまった。


(なるほどね……)


ロッティは手元のパンを見つめながら、慎重にその場を後にした。




——蒼風亭・作戦室



ロッティが戻ってきて、フィオナたちに報告する。


「んー、やっぱり修道院の金の流れには何かありそうだね」


フィオナは顎に手を当てながら考え込む。


「ふむ……“特別な使い道”ってのが気になるねぇ」


「修道院の資金が普通の寄付金なら、隠す必要はない。けど、シスターは明らかに動揺してた」


エンツォが腕を組んで言う。


「ならば、物流ルートの方からも探ってみるか」


フィオナは頷いた。


「エンツォ、そっちはどう?」


「市場の倉庫番に少し話を聞いた。修道院に納入されてる品目の中に、“妙な取引”があることが分かった」


「ほぅ?」


フィオナが目を輝かせる。


「普通、修道院に運ばれる物資って言ったら、穀物とか薬草、衣類なんかが多い。でもな……ここ最近、“妙に高価な魔導薬の材料”が定期的に運び込まれてる」


「……魔導薬の材料?」


「それも、街のどの医療機関でも扱わないような“特殊な薬剤”ばかりだ」


フィオナは目を細めた。


「となると、修道院が違法な魔導薬の販売に関わってる可能性はますます濃厚になった」


「でも、まだ確証がないんだろ?」


「そだねぇ……なら、最後の手段か」


フィオナは、手に持った帳簿を軽く放り投げながら言った。


「修道院に潜入する」


「……やっぱりそこに行き着くか」


ダリウスが呆れたようにため息をついた。


「ま、情報の価値を高めるには、やっぱり“決定的な証拠”が欲しいからねぇ」


「具体的にどうするつもりだ?」


フィオナはいたずらっぽく笑う。


「幸い、修道院では定期的に“施療会”を開いてるらしい」


「施療会?」


「簡単に言えば、医者や薬師たちが集まって、市民を無料で診る っていう慈善活動のこと」


「……つまり?」


「修道院に忍び込むんじゃなくて、正規のルートから入り込む のさ」


「なるほど……施療会に紛れ込めば、修道院の内部にも接触しやすくなるわけか」


「そゆこと!」


フィオナは得意げにそう話し、パチンッと指を鳴らした。


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