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第112話



——ベルナーク交易市場・夜明け前




フィオナとレオは、工房の裏手から抜け出し、慎重に人気のない道を進んでいた。


「……くそ、心臓が止まるかと思ったぜ……」


レオは荒い息をつきながら、額の汗を拭った。


「まぁ、あれくらいでビビってたら、この世界で“情報屋”なんて務まらない」


フィオナは軽く肩をすくめながら、ポーチの中を確認する。

魔導薬の小瓶、そして交易ルートの帳簿。


「……これだけ揃えば、交渉の“カード”としては十分だね」


「お前、本当にこれを売る気なのか?」


レオが不安げに尋ねる。


フィオナは立ち止まり、夜明け前の薄明かりを見つめながら笑った。


「……私たちみたいな“情報屋”にとって、一番大事なのは“選択肢”だ」


「選択肢?」


「情報ってのはな、ただ持ってるだけじゃ価値は生まれない。誰に売るか、どのタイミングで使うか、そこに「ルール」はないんだよ」


レオはゴクリと唾を飲み込んだ。


「……つまり、中央管理局だけじゃなく、貴族派に売る選択肢もあるってことか?」


フィオナはニヤリと笑う。


「さぁ、どうしようかね——」




数時間後、フィオナとレオは市場の片隅にある隠れ家に戻っていた。


「さて、情報をどう動かすか……」


フィオナは帳簿を開き、魔導薬の供給元に目を走らせる。


「……この供給元、妙に名前が伏せられてるな」


「伏せられてる?」


「そう。普通、こういう帳簿には“業者名”が明記されてるものだけど、ここの欄だけ“北方交易ルート”って書かれてるだけだ」


「……じゃあ、供給元がどこなのかはっきりしねぇってことか?」


「いや、ヒントはある」


フィオナはページの端に書かれた 「ある企業の印」 に気づいた。


「この印……どこかで見たことがあるな……」


彼女は思案するように唇を噛んだ。


「……!」


ある記憶が閃く。


「思い出した……! これ、“ヘルツォーク交易会社”の印じゃないか」


レオは目を見開いた。


「な……!? ヘルツォークって、あの……!?」


「そう。ロストン商人ギルドにも加盟してるけど、裏では貴族派とも繋がってると噂されてる“大手交易会社”さ」


「……ってことは、ヤバい案件ってことじゃねぇか」


「大いにな」


フィオナは帳簿を閉じ、天井を見上げた。


「……ヘルツォーク交易会社が関わってるなら、この魔導薬の流通は“ロストン”だけじゃなく、もっと広範囲で行われてる可能性がある」


レオは息を呑む。


「……お前、本当にこんな情報を扱えるのか?」


フィオナは静かに笑った。


「扱えるかどうかじゃねぇ。“扱う”んだよ」


「まぁ、見てな」




【ヘルツォーク交易会社】


 ・ロストン商人ギルドに加盟する大手交易会社

 ・表向きは合法な商売をしているが、裏では貴族派と密接に繋がり、魔導薬の流通に関与している

 ・ 「北方交易ルート」の支配権を持ち、違法な取引も行っている

 ・グレゴリアン家との関係が示唆されるが、あくまで“関連企業”としての立ち位置であり、貴族そのものではない

 ・この情報が暴露されると、ロストンの商業圏に激震が走る可能性がある





——ベルナーク交易市場・隠れ家




フィオナは帳簿を指でなぞりながら、じっくりと中身を精査していた。


「……ふむ」


レオは横から覗き込みながら、息を呑む。


「な、なんかヤバそうな情報でもあるのか?」


フィオナは帳簿の一部をポンと指で叩いた。


「ここ……見てみな」


レオが覗き込むと、ある記述が目に入る。


『北方交易ルート・第七倉庫』


「……“第七倉庫”?」


「そう」


フィオナは腕を組みながら、考え込む。


「ヘルツォーク交易会社が管理している物流拠点の一つさ。でも、おかしいと思わないか?」


レオは首を傾げる。


「何が変なんだ?」


「普通、違法な魔導薬を扱うなら、もっと“隠されたルート”を使うはず。でも、この帳簿には “第七倉庫” って、まるで普通の貨物みたいに記載されてる」


「……つまり?」


「つまり、これは “魔導薬が正式な物資として登録されてる” ってことさ」


レオは目を見開いた。


「正式な物資!?…いやいや、魔道薬だぞ??」


「そうだ。そこが“問題”だ」


違法な薬物が正式な物資として登録されている。


そんな矛盾をクリアするには、ある特殊なルートを介さなければならない。


フィオナはある仮説を立てていた。


「魔導薬と言っても、ピンからキリまである。薬品の取り扱いにはある程度の知識がいる。薬草の種類によっては、魔道薬になり得るものもあれば、正常な薬品になるものもある。薬にもなれば毒にもなる。そのグレーゾーンをついた、独自の製品管理や製造ルートを構築しているのか、——もしくは…」


「もしくは…?」


「軍用の“物資”として、提供されているか」


「なっ……!? それってつまり……!」


「そう」


フィオナは舌打ちをした。


「もしそうだとすれば、これはただの“闇取引”じゃない。帝国の軍需管理システムを利用して、合法ルートに組み込んでるんだ」


レオは頭を抱えた。


「じゃあ……帝国の軍が関与してるのか?」


「いや、“貴族派の誰か”が、裏で手を回してるんだろうね」


フィオナは帳簿をめくりながら、軽く息をついた。


「ラント帝国には “戦時供給法” って制度がある。軍の戦力維持のために、特定の物資は“軍需品”として指定される。そうすれば、一般市場を介さずに、軍部経由で堂々と流通できる」


「……ってことは」


「そう、一部の魔導薬は、“医療用魔導物資”として軍需リストに登録されてるんだよ」


レオは息を呑んだ。


「まさか、そんな方法で……!」


「しかも、これは合法的に処理されてる から、交易会社を問い詰めても無駄さ」


フィオナは薄く笑った。


「“正式な軍需供給品”だと言われたら、それで終わり。どこにも“違法”の証拠はない。魔導薬の流通は、帝国の法律そのものに守られてるんだ」


レオは唇を噛んだ。


「……じゃあ、どうするんだよ!? せっかく帳簿を手に入れたのに、これじゃ……!」


フィオナは帳簿を閉じ、ニヤリと笑った。


「まずは、“第七倉庫”がどんな場所か確かめないとな」





——ベルナーク交易市場・ヘルツォーク交易会社 第七倉庫




翌晩、フィオナとレオは倉庫街に足を踏み入れていた。


「……でかいな」


レオが呟くように言う。


「そりゃあ、ロストンとベルナークを繋ぐ交易会社一つだからね。これくらいの倉庫は持ってるさ」


フィオナは倉庫を見上げながら、小さく息をついた。


「問題は、ここで“どれだけの物が動いてるか”だ」


彼女は周囲を観察した。


数人の作業員が倉庫の前で忙しなく働いている。

彼らは木箱を運び、馬車へと積み込んでいた。


「……レオ、お前、あの箱に書かれてる刻印を見たことあるか?」


レオは目を凝らし、箱に記された印を確認した。


「……これは……」


フィオナは低く呟いた。


「やっぱりな……この刻印、“軍需物資”のものだ」


レオは思わず息を呑んだ。


「まさか……本当に魔導薬が“軍需品”として扱われてるってのか?」


「そうだね」


フィオナは腕を組み、鋭い目を向ける。


「魔導薬によっては、身体能力を高めるものや魔力の“純度”を一時的に濃くするものもある。戦争という政治的な環境下に於いては、一概に、“違法な薬物”とは言えないんだ」


レオは青ざめた顔でフィオナを見た。


「じゃあ……これを暴くのは無理ってことか?」


「いや、“証拠”さえあれば別さ」


フィオナは微かに笑う。


「この魔導薬が 戦場以外に流れてる証拠を掴めば……これは一気に違法取引になる」


レオは息を呑んだ。


「……つまり?」


「つまり、“軍需ルートを隠れ蓑にしてるだけで、本当は裏社会にも流れてる” って証拠を掴めば、連中は一発アウトってことさ」


フィオナは指をポキポキと鳴らした。


「次の一手は決まったね」


レオは息を呑んだ。


「……ってことは、まだ動かないのか?」


「そうだね。もう少し情報を集めようか」


夜の倉庫街に、静かな風が吹き抜けた。



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