表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
134/309

第111話




ベルナーク交易市場の夜。


昼間の賑わいが消え、静寂とともに、影の商売が動き出す時間だ。


フィオナはフードを目深に被り、夜の市場を歩いていた。

隣を歩くレオは、やや緊張した様子で辺りを警戒している。


「……本当に“魔導薬の製造元”なんて突き止められるのか?」


レオが低く囁く。


「もちろんさ」


フィオナは軽く笑う。


「この市場で、金の流れが“透明”な商売なんて存在しない。ましてや、裏取引が絡むならなおさらね」


彼女の目は獲物を狩る獣のように鋭く光っていた。


「……じゃあ、どうやって探るんだ?」


「簡単な話さ」


フィオナは親指で市場の奥を指す。


「“密売人”を見つける」



フィオナは情報屋としての経験から、裏取引が行われる場所 にはいくつかの特徴があることを知っていた。



 1. 公然と売買される“合法な薬”の取引場

 2. 医療関係者が出入りする“調剤工房”や“倉庫”

 3. 人通りの少ない夜間の取引所



「この市場に薬を卸している工房は、いくつある?」


フィオナがレオに尋ねると、彼はしばらく考え、指を折った。


「中央市場の周辺なら、少なくとも10はあるな。大手の商会が運営してるものから、小さな個人経営のものまで……」


「その中で、最近やたらと“資産が増えている”ところは?」


レオはピクリと眉を動かした。


「…さあ」


「ま、知らないのも無理ないか」


「……噂じゃ、“シュトレイン工房” ってとこが妙に儲けてるって話だ」


「…シュトレイン工房?」


フィオナは興味深げに顎に手を当てる。


シュトレイン工房は、ベルナーク市場の外れに位置する錬金細工職人の工房だった。

この工房は 魔導装置の部品 や 医療用の金属器具 を専門に製造しており、長年、修道院や医療施設に商品を卸してきた 「堅実な職人工房」 として知られていた。


しかし、ここ数ヶ月で異様なまでに 取引額が跳ね上がっている という噂があった。


「……急に儲け始めた工房ほど怪しいものはない」


フィオナは鋭い目つきで呟く。


「医療機器の需要は常に一定。突然売上が倍増するなんてありえない……」


レオは少し考え込むように言った。


「……シュトレイン工房って、もともと魔力を帯びた金属細工を扱ってたよな?」


「そう。エーテル鋼や魔銀を使った医療器具、魔導装置の基礎部品……つまり、“魔導薬の精製装置”を作るにはもってこいの施設 ってわけだ」


フィオナの目が光る。


——何かが繋がった。


シュトレイン工房は元々、医療用の錬金細工や魔導装置の部品を製造する工房だった。

しかし、ある時点から 「資金の流れが変化」 し、新たな出資者 が現れた。


そして、取引額が急激に増えた。


“魔導薬製造の拠点として密かに転用された” のではないか?


「……資金の出どころは、やっぱり貴族派か?」


レオが警戒するように呟く。


「可能性は高いね。貴族派は魔導薬の流通を拡大しようとしてる。その製造拠点として、目立たない“工房”を利用するのは合理的な手段さ」


シュトレイン工房の元の業態を考えれば、必要な設備は最初から揃っていた ことになる。


あとは、資金と人員を投入し、密かに魔導薬の物流ラインを作るだけだ。


「……となると」


フィオナはシュトレイン工房の前に立ち、建物を見上げる。


外観は 普通の錬金工房 にしか見えない。


しかし——


「ここには“何か”がある」


彼女は確信していた。


魔導薬の闇が、この扉の向こうに広がっている。



フィオナは工房の周囲を慎重に見回し、裏口を探した。


「なあ、フィオナ……まさか、中に入る気じゃ……」


レオが不安げに呟く。


「まさか」


フィオナはニヤリと笑う。


「そんな危ないことはしないさ」


そう言って、彼女は近くの小さな露店に向かい、適当にハーブを買うと、工房の正面扉をノックした。


「――すみませーん。薬を買いたいんだけど」


「お、おい……!?」


レオが驚いた顔をする。


「正攻法が一番怪しまれないのさ」


フィオナは軽くウインクした。


やがて扉が開き、中から痩せた老人が顔を出した。


「……こんな時間に、何の用だね?」


「悪いね、おじさん。ちょっと急ぎで薬が欲しくてさ」


フィオナは愛想よく微笑む。


「……薬?うちは薬なんぞ扱ってないが」


「そうなの?ここに薬が売ってるって聞いたんだけど——」


フィオナは小さく息を吸い、 ゆっくりと、狙った言葉を口にした。


「“青薔薇”って、置いてる?」


「――っ!!」


その瞬間、老人の表情が一瞬だけ強張った。


「……なぜ、そんなものを?」


「やっぱり、あるんだ?」


フィオナは静かに笑う。


“青薔薇”——それは 魔導薬の隠語 だった。


情報屋としての経験から、フィオナは 市場の闇取引で使われる符牒ふちょう を熟知していた。

裏社会で“青薔薇”と呼ばれる薬は、高価で違法性の高い 魔導薬(ブルー・ダスト)だったのだ。


この店は、確実に魔導薬を扱っている。


「……悪いが、うちにはそんなものは置いていない」


老人は警戒心を滲ませながら答えた。


「そっかぁ……残念だなぁ。じゃあ、別の店を当たるよ」


フィオナは何事もなかったかのように微笑み、工房を後にする。



「……お前、何がしたかったんだ?」


レオが戸惑いながら尋ねる。


「確認したかったのさ。この工房が“魔導薬の流通拠点”になってるって確証をね」


フィオナは歩きながら、口の端を吊り上げた。


「でも、今のだけじゃ証拠にならねぇだろ?」


「そう、だから“本番”はこれからさ」


レオが思わず息を呑む。


フィオナは懐から 小さな金属の装置 を取り出し、軽く振った。


「……なんだ、それ?」


「“残留物探知機”——空気中に漂う特定成分を可視化する魔道具さ」


「まさか、あの部屋に漂ってた魔導薬の成分を……?」


フィオナはにやりと笑う。


「いいカンしてるね。でも、外からじゃダメだ。直接、工房の内部に潜り込まないとね」


レオは息を呑む。


「……まさか、もう一度あの中に入る気か!? どうやって?」


フィオナはすでに動き始めていた。


「手はあるさ」



フィオナとレオは、シュトレイン工房の裏手に回り込んでいた。


「……昼間、人の出入りを観察してたんだ。ここには、定期的に“給水作業”の職人が入る」


レオは目を丸くした。


「……給水?」


「魔導薬の精製には大量の水が必要なんだよ。水を運ぶ職人は毎日出入りしてる。だから、そいつらになりすませば……」


「……!」


レオは言葉を失った。


「おいおい……いくらなんでもそんな簡単に――」


「簡単じゃないさ。でも、“方法”はある」


フィオナは背負っていた荷袋を開け、中から 工房の職人が身につけていたエプロンを取り出した。


「……まさか」


「昼間、干されてたやつを一本拝借しといたのさ」


レオは絶句する。


「お前、いつの間に……」


「アンタも着替えな。私一人じゃ不自然だからね」


「……マジかよ」




フィオナとレオは、水運びの職人になりすまして、工房の裏口から入り込んでいた。


「……!」


工房の中は、外見からは想像できないほど広く、壁には複雑な魔法陣が刻まれた試験管や、錬金用の蒸留装置が並んでいた。


レオは震えながら、フィオナの袖を引く。


「な、なんかヤバそうな感じだぞ……!」


「だからこそ、証拠を取る価値があるんだろ?」


フィオナは 懐の残留物探知機を取り出し、そっとスイッチを入れた。


シュウゥ……


淡い霧が周囲に広がり、空気中の成分が可視化されていく。


「……!!」


フィオナは目を見開いた。


紫色の粒子が、工房の隅々にまで充満していた。


「……やっぱり、ここで精製してる」


フィオナは小さく呟いた。


「そ、そんなにハッキリと……?」


「これ以上ないくらいの証拠さ。あとは、直接“商品”を押さえれば完璧だね」


フィオナはそっと棚の奥へと目を向けた。


そこには 密封されたガラス瓶 が並べられている。


「……あれか」


レオがゴクリと唾を飲み込む。


フィオナは静かに近づくと、一本の小瓶を慎重に手に取った。


「“精製魔導薬”……間違いないね」


彼女は素早く、それを 事前に用意していた密封ポーチに入れる。


「……よし、もう一つだけ」


レオが思わず声を上げる。


「えっ!? もう十分じゃねぇのか!?」


「まだまだ」


フィオナは薄く笑った。


「“精製魔導薬”を作るには、特定の原料が必要なんだよ」


「……原料?」


「つまり、どこからこの“材料”が仕入れられてるかを抑えれば、供給元まで辿れるってこと」


「!!」


レオは息を呑んだ。


フィオナは素早く周囲を探り、帳簿らしきものが置かれた机へ向かう。


ページをめくると、そこには……


「“北方の交易ルート”……? なるほど、ここか……!」


フィオナは確信した。


「ここから先は、じっくり調べていく必要があるな」


「……大丈夫なのか?」


レオが小声で尋ねる。


フィオナは小瓶を懐にしまい、不敵に笑った。


「売れる情報は、最大限の価値にするのが“情報屋”の流儀さ」


「さ、帰ろうぜ——お宝を持ってな」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ