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第110話




……………………………………………………………………………………


…………………………………………


………………




帳簿のページをめくる音が、静かな部屋に響いた。


フィオナはランプの光を頼りに、一文字ずつ慎重に目を走らせていく。


帳簿を手にした後、2人は場所を移していた。


“生きた情報”を取り扱う彼女にとって、「時間」は命。


人目の少ない静かな場所で、早速帳簿を読み漁っていた。


ここ数ヶ月の金(市場)の動き。


——その、ほんの“1ページ”を。



「……やっぱり、そういうことか」


彼女はページの端に指を滑らせ、ぴたりと止まった。


リューエン商会の帳簿には、確かに貴族派の資金の流れが記されていた。


しかし——


「さすがに、“資本の供給元”までは分からない……か」


リューエン商会が“金貸し”をしているのは確かだ。

だが、どこからその資金を調達しているのかが明確に書かれていない。


「レオ」


フィオナが低く囁くと、傍らで緊張した面持ちのレオが、ぎくりと身を強張らせた。


「お前、ここの帳簿の数値……見て何か気づかないか?」


レオは戸惑いながらも、ページに目を落とす。


「えっと……単純に見れば、貸し付けの記録が並んでるだけに見えるけど……?」


「そう。けど、ここを見ろ」


フィオナはある項目を指差した。


「この“貸付金”の元手はどこから来たんだ?」


「……え?」


レオの表情が固まる。


「普通、貸金業ってのは“どこか”から金を調達して運営する。銀行、貴族、商社……いろんなルートがある。だが——」


フィオナは指先でページを軽く叩いた。


「リューエン商会は、この金の出どころを一切書いていない」


「……!」


「貸した金は細かく記録してるのに、資金源が不明?」


「そういうこと。つまり、表に出せない“何か”が背後にあるってことさ」


フィオナは腕を組み、唸った。


「リューエン商会自体はただの中間業者かもしれない。問題は、こいつらに“金を回している側”だ」


市場の中で急速に勢力を伸ばし、貴族派と繋がりを持ち始めた商会——


「……ま、当然の流れっちゃ流れか」


フィオナはページをめくりながら、次の手を考えていた。



「…ふむふむ」


あるページの片隅に記された、“特定の名前” にフィオナの目が留まった。


「……っ」


フィオナの指が止まる。


「どうした?」


レオが訝しげに覗き込む。


「……レオ、お前、この名前、見覚えあるか?」


フィオナは帳簿の隅を指差した。


そこには——


『グレゴリアン公爵家』 の名が、取引記録の一部に記載されていた。


「――っ!?」


レオの顔が青ざめる。


「お、おい……! それって、ロストンの……!」


「そうさ。ロストン商圏を影で支配する、“グレゴリアン公爵家”」


「なんで、そんな名前が……?」


フィオナは腕を組み、深く考え込んだ。


「グレゴリアン家は表向き、商圏の運営には関与していない。

しかし——裏で“金の流れ”を握ることで、支配を強めている可能性がある」


「つ、つまり……?」


「……この情報、ただの帳簿よりも、よっぽど価値があるかもしれないねぇ」


フィオナは不敵に笑った。


「“これ”をどう使うかで、この先の市場のルールが変わる」


レオはごくりと唾を飲んだ。


「お前……どうするつもりだ?」


フィオナは帳簿を閉じ、微かに目を細めた。


「まだ決めちゃいないさ。ただ……これは高く売れる“情報”だ」


「……誰に?」


フィオナは微笑む。


「状況次第さ」


この情報が、今後の市場だけでなく、“ロストン全体”の支配構造に影響を及ぼすことは間違いない。


「さて——ここからどう動こうかね?」







ベルナーク交易市場の片隅。


夜の帳が市場を包む頃、フィオナは帳簿を眺めながら、ゆっくりと息を吐いた。


「——グレゴリアン公爵家、ねぇ……」


彼女の指先が、帳簿の一節をなぞる。


ここに記されているのは、単なる金の貸借記録ではない。

これは 「市場を支配するための戦略図」 だった。


リューエン商会は、ただの表向きの窓口。

本当の資金の流れは、さらに奥深い場所で動いている。


「……これをどう使うか、だな」


フィオナは肘をつきながら、独りごちる。





【情報をどう扱うか】


帳簿を前にしたフィオナの脳裏には、いくつもの選択肢が浮かんでいた。



1. 「この情報を売る」

 ・彼女の仕事は“情報屋”だ。

 ・最も高値をつける相手に売れば、莫大な利益を得られる。

 ・しかし、それは 市場の混乱を引き起こす危険な一手 だった。


2. 「慎重に動く」

 ・この情報をそのまま売るのではなく、もっと細かく解析し、価値を高める。

 ・“グレゴリアン家のどの人物が関与しているのか” を特定する必要がある。


3. 「利用する」

 ・この情報を使って、さらなる情報を引き出す。

 ・グレゴリアン公爵家に揺さぶりをかけ、裏に潜む“本当の支配者”をあぶり出す。




「……うーん」


フィオナは椅子の背にもたれ、ぼんやりと天井を見上げた。



気になることがあった。



「……魔導薬か」


フィオナは机の上に広げた帳簿を見つめながら、低く呟いた。


彼女が手にしたリューエン商会の帳簿には、奇妙な取引記録が残されていた。

薬剤の流通に関する取引履歴。

その中に 「特殊調合品」 という名目で、通常よりも高額な薬品が売買されている形跡があった。


「……こいつは、ただの薬じゃないね」


フィオナはページをめくりながら、指でなぞる。


金の流れは不自然に枝分かれしている。

取引額の変動が激しく、時期によって供給ルートが変わっているのが分かる。


「つまり——製造元が一定じゃないってことか」


レオが身を乗り出した。


「そんなこと、あるのか?」


「あるさ」


フィオナは椅子にもたれかかりながら、軽く笑う。


「特に”魔導薬”みたいな代物は、一定の場所で大量生産すると、すぐに足がつく。だから、供給元を分散させることで追跡を難しくしてるのさ」


「……つまり、どこかに“製造拠点”がいくつもあるってことか?」


「そういうこと」


フィオナはページの隅を指で弾く。


「それに、ベルナーク市場だけじゃない。これは……」


彼女は指である取引先の名前を指した。


「“修道院”にも流れてるね」


「……っ!?」


レオが息を呑む。


修道院——それは、病人や貧しい人々のために薬を提供する場所だ。

本来なら、そこに流れる薬剤は医療目的のものでなければならない。


しかし、この帳簿の記録が示すのは、その修道院が “魔導薬”の密売に関与している可能性だった。


「……信じられねぇ」


レオは青ざめた顔で呟く。


「信じるかどうかは別にして、こいつは間違いなく“事実”さ」


フィオナは帳簿を閉じ、ニヤリと笑った。


「さて——そんじゃ、ま、…動くか」





【魔導薬の流通ルート】


フィオナは夜の市場に出た。


街灯の下、人気のない路地裏で彼女はレオと向かい合う。


「さっきの帳簿から、大体の流れは見えた」


フィオナは指を折りながら説明する。


1. 製造元

 ・特定の“調合師”が製造している

 ・しかし、帳簿に記された仕入れ先は毎回違う

 ・「つまり、“固定の製造拠点”がないってことだ」


2. 取引ルート

 ・ベルナーク市場を拠点に流通

 ・しかし、市場の商人を介するのはごく一部

 ・多くは修道院を経由して、さらに外部へ


3. 販売先

 ・高額な取引が行われている

 ・つまり、“貴族や権力者”が関与している可能性が高い



「要するに、これを追えば 『貴族派の裏資金』 に行き着くってことだよ」


フィオナは楽しそうに笑う。


「……で、お前はどうするつもりだ?」


レオが問いかける。


フィオナは、路地裏の壁に背を預けた。


「決まってる。そのルートを必要とする“奴ら”に売るのさ」


「……そんな簡単にいくのか?」


「簡単じゃないさ。でも、基本的にこの街は、“商人ギルドの監視”を強めたいはずだ。つまり、この情報は“価値”になる」


フィオナは人差し指を立てる。


「情報ってのはな、相手にとってどれだけの価値があるか で決まるんだ」


「……」


レオはしばらく沈黙していたが、やがて深く息を吐いた。


「……お前、本当に商売が上手いな」


「それが“情報屋”って仕事だからね」


フィオナはウインクしてみせる。


「さて——次は、魔導薬の製造元を突き止めるよ」


彼女はそう言って、夜の市場を見つめた。


その瞳には、獲物を狩る獣の光が宿っていた。


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