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第109話




「……それで、どうすりゃいいんだ?」


レオが震える声で尋ねると、フィオナは肩をすくめた。


「簡単な話さ。アンタには”貴族派の金の流れ”を教えてもらう」


「そ、そんなこと……俺にできるのか……?」


「できるさ。アンタ、借金を抱えたまま逃げたんだろ? じゃあ、“借りるときの流れ”くらいは知ってるよね?」


レオはごくりと唾を飲む。


「……知ってる……けど……」


「それで十分」


フィオナは椅子の背に身体を預けながら、指を一本立てた。


「アンタには、二つの選択肢がある。

一つ、何もせず逃げ続け、いずれ見つかって潰されるか——」


次に、もう一本の指を立てる。


「二つ、私の仕事を手伝って、貴族派の奴らを出し抜くか」


「……」


レオはしばらく沈黙していた。


彼の顔には恐怖と迷いが浮かんでいたが、その奥にあるのは、何より”家族を守りたい”という意志だった。


「……わかった」


震える声で、レオが頷く。


「俺……やるよ」


「いい返事じゃん」


フィオナはニッと笑う。


「じゃあ、さっそく仕事に取り掛かろうか」


「……で、具体的には何を?」


レオの問いに、フィオナは小さく指を鳴らす。


「“貴族派の金の流れ”——その記録を手に入れたいんだよ」


「……記録?」


「そう。貸し付けた金の動き、利子の計算、そして最も大事なのが、“誰がその金を回収してるか”」


フィオナは机に肘をつき、レオを見つめた。


「アンタが借金を申し込んだ時、どこに案内された?」


レオは記憶を辿るように目を閉じた。


「……ベルナーク市場の南……路地裏の奥にある、“リューエン商会”って店だ……」


「“リューエン商会”?」


フィオナは眉をひそめる。


「聞いたことないな……新しくできた店か?」


「いや……昔からある。ただ、表向きは普通の雑貨商だけど、裏じゃ金貸しをやってるって噂だった」


「なるほどねぇ……」


フィオナは顎に手を当て、考え込む。


「……つまり、その店の帳簿を手に入れれば、貴族派の資金の流れが分かるってことか」


「だ、だけど……そんなのどうやって……!」


レオの不安げな声をよそに、フィオナは口元に不敵な笑みを浮かべた。


「方法ならあるよ」


「え……?」


「“情報屋”ってのはね、手を汚さずに”鍵”を開けるのが仕事なのさ」


フィオナは椅子から立ち上がり、軽く首を鳴らす。


「——さて、“リューエン商会”に潜り込む方法を考えようか」








【ベルナーク交易市場・夜】



街の明かりが消え始めるころ、フィオナはレオと共に”リューエン商会”の近くにいた。


建物は一見すると、ただの古びた雑貨店だった。

しかし、店の奥に続く扉の向こうには、別の顔があるのだろう。


「……中に入り込むのか?」


レオが緊張した声を漏らす。


「いや、そんな面倒なことはしないさ」


フィオナはニヤリと笑い、小さな紙切れを取り出した。


「“噂”ってのはね、ちょっとしたことで簡単に広がるんだよ」


「え?」


レオが首を傾げる。


フィオナは近くの露店で”ある物”を購入すると、それを店の入口近くに”さりげなく”落とした。


「さ、あとは待つだけ」


「な、何を?」


「“獲物”が罠にかかるのを、だよ」


レオは状況を理解できていなかったが、フィオナは確信していた。

“リューエン商会”の連中は、間違いなく動く。


この市場では、“噂”こそが何よりの武器になる。


そして——


数日後。



「——なぁ、聞いたか?」


「おう、あのリューエンのところに”商人ギルド”の査察が入るって話だろ?」


「そうそう。最近、妙に金の動きが派手だったらしいからな……」


市場のあちこちで、そんな声が囁かれ始めた。


レオは驚愕した。


「な、なんでそんな噂が……!」


「私が流したのさ」


フィオナは肩をすくめる。


「“査察”なんて本当はない。でも、これで連中は焦る」


「……どうなる?」


「帳簿を”隠す”か、あるいは”処分”するはずさ。


「そ、それじゃあ証拠が……」


「逆だよ。証拠を処分しようとする”瞬間”こそ、こっちが動くタイミングだ」


フィオナは悪戯っぽく笑った。


「さぁ、“お宝”が動き出すよ」




月明かりが細い路地を照らし、風が微かに砂埃を巻き上げる。


市場の喧騒が静まり返るこの時間——フィオナとレオは”リューエン商会”の周辺を見張っていた。


「……本当に来るのか?」


レオが不安げに囁く。


フィオナは微かに笑い、壁にもたれかかりながら低く答えた。


「来るさ。“貴族派”が関わってる以上、あの帳簿は連中にとって”生き死に”がかかる問題だからね」


レオは唾を飲み込む。


市場に流した”査察の噂”がどこまで広がっているのかは分からない。

だが、“リューエン商会”が何かしらの動きを見せることは確実だった。


「……っ! 来たぞ!」


レオが小声で叫んだ。


視線の先には、一人の男が商会の裏口へと忍び込もうとしていた。

黒いマントを羽織り、慎重な足取りで周囲を警戒している。


「ほう……思ったより”警戒心”が強いね」


フィオナは目を細めた。


男の動きからして、ただの店の従業員ではない。

恐らく”リューエン商会”の管理を任されている幹部クラスだろう。


「……さて、“お宝”の行方を追うとしようか」


フィオナは手早くフードを被り、レオを振り返った。


「アンタはここで待ってな。何かあれば”合図”を送る」


「わ、わかった……!」


レオが頷くのを確認し、フィオナは男の後を追った。







【リューエン商会・裏口】



男は鍵束を取り出し、周囲を確認しながらそっと扉を開けた。

暗がりに溶けるように、静かに建物の中へと消えていく。


フィオナは慎重に距離を取りながら、彼の動きを観察した。


「……さて、どう動く?」


男の目的は”帳簿の処分”だろう。

ならば、彼が向かうのは事務所か倉庫の奥だ。


フィオナは影に身を潜めながら、男の後を追った。


建物の中は薄暗く、ランプの光だけが頼りだった。

細い廊下を抜けると、書類の山が積まれた事務室が現れる。


男は躊躇なく奥の棚に向かい、“何か”を探し始めた。


「やっぱり……“証拠隠滅”か」


フィオナはそっと短剣を握る。


——ガタン!


男が戸棚を乱暴に開けた瞬間、書類の束が床に散らばった。


「くそっ……!」


男は焦った様子で帳簿を手に取る。


その表紙には金文字で『貸付記録』と刻まれていた。


「……ゲット」


フィオナは静かに微笑むと、一瞬の隙を突いて——


シュッ!


短剣を投げた。


カンッ!


短剣は男の手元すぐ側に突き刺さる。


「——っ!? 誰だ!」


男が身を翻そうとした瞬間、フィオナは素早く飛び出し、彼の背後に回り込んだ。


「“情報屋”さ」


「なっ……」


男が振り向こうとした刹那——


ゴンッ!


フィオナの拳が男の後頭部を直撃した。


「が……っ」


男は短い呻きを上げ、その場に崩れ落ちる。


「……簡単すぎるね」


フィオナは軽く肩をすくめ、床に落ちた帳簿を拾い上げた。


ページをめくると、そこには貴族派の”資金の流れ”が克明に記されていた。


「……これは”面白いネタ”になりそうだねぇ」


フィオナは薄く笑う。


これを持ち帰れば、貴族派の”闇”を暴く大きな手がかりになるはずだ。


「さて、とっととずらかるとしようか」


フィオナは帳簿を懐にしまい、事務室を後にした。







【ベルナーク交易市場・廃屋】



「……これが”リューエン商会”の帳簿……」


レオは震える手で帳簿を開いた。


フィオナは腕を組みながら、ニヤリと笑う。


「これで”貴族派の資金の流れ”が明らかになるよ」


「で、でも……こんなの、どう使えば……?」


「そこは”策”を考えるさ」


フィオナは帳簿を手に取り、目を細めた。


「——“こいつ”が、市場をひっくり返す”爆弾”になる。…ま、つっても、まだほんの“手がかり”だけどな」


レオは息を呑んだ。


「……本当に、そんなことができるのか?」


「できるさ」


フィオナは自信に満ちた笑みを浮かべる。


「“情報”ってのはな、使い方次第で”剣”にも”盾”にもなるんだよ」


「……!」


レオはごくりと唾を飲み込んだ。


「よし——まずは帳簿を調べる。その上で、「価値のある情報」を頂くとするか」


フィオナは帳簿を掲げ、不敵な笑みを浮かべた。


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