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第92話




ヴィクトール・アレクシスの屋敷に着いたオリカとエリーゼは、応接室へと通された。


「……ふむ」


話を聞き終えたヴィクトールは、ソファに深く腰掛け、指を組みながら考え込んでいた。


「つまり、薬草や魔法薬の仕入れができなくなっていると」


「ええ。市場の商人たちも、一様に口を閉ざしていて……。理由を知っているのに、誰も話そうとしません」


オリカが言うと、ヴィクトールはゆっくりと頷き、テーブルの上のワイングラスを手に取った。


「……なるほどな。だが、それは予想していたことだ」


「予想……していた?」


オリカは眉をひそめる。


「ヴィクトールさん、何か知ってるんですか?」


ヴィクトールはワインを一口飲み、グラスを傾けながら窓の外を見た。


「最近、商人ギルドへの圧力が強くなってきている」


「圧力?」


エリーゼが鋭く聞き返す。


「その通りだ。ロストンは自由交易都市としての側面が強く、商取引の決定権は商人ギルドが握っている。アレクシス家もそのギルドの主要な管轄者の一つではあるが、全てをコントロールできるわけではない」


「それは……どういうことです?」


オリカの問いに、ヴィクトールは少し考え込むように目を閉じた。


「ロストンの商人ギルドは、一枚岩ではないということだ」


商人ギルドの内情


ロストンの商人ギルドは一つの組織でありながら、その内部はいくつかの派閥に分かれている。



①「アレクシス派」

・自由交易主義を掲げ、民間商業の発展を重視する派閥

・アレクシス家を中心とし、ラント帝国本国とのバランスを重視

・ロストンの独立した経済圏を維持しようとする勢力


②「保守派(貴族商会)」

・ロストンの経済を帝国貴族の支配下に置こうとする勢力

・貴族たちの資本力を背景に、交易の独占を目指す

・「アレクシス家の影響力が強すぎる」と主張し、商業の貴族管理を推進


③ 「中立派(交易安定派)」

・どちらにも属さず、利益を優先する商人たち

・情勢を見極めながら、最も有利な側につく

・政治的な動きには消極的



「……つまり、今回の件は保守派の影響だということですか?」


エリーゼの問いに、ヴィクトールはゆっくりと頷いた。


「その可能性が高いな。ここ最近、グレゴリアン公爵家が商人ギルドの一部と接触しているという噂がある」


「グレゴリアン公爵……!」


オリカは思わず顔をしかめた。


「以前、診療所を快く思っていないと言っていましたよね……?」


「ああ。診療所の存在は、彼らにとって目の上のこぶだ」


ヴィクトールは肩をすくめた。


「グレゴリアン公爵家は貴族社会の権威を重んじる家柄だ。医療も貴族階級が管理するべきものと考えている。だからこそ、オリカのような庶民出身の医者が台頭することを良しとしない」


「……それで、薬の供給を止めようとしているんですね?」


オリカの声には怒りが滲んでいた。


「直接的に診療所を潰すのではなく、流通を操作することで徐々に締め付ける……なんて陰湿なやり方……!」


ヴィクトールは静かに頷く。


「グレゴリアン家が商人ギルドの保守派と結託し、薬草の供給を制限している可能性が高い。ロストンの経済は貴族に完全に支配されているわけではないが、影響力は無視できない」


オリカは唇を噛み締めた。


「……どうすればいいんだろう…」


「対策はある」


ヴィクトールは微笑みながら、指を一本立てた。


「商人ギルドに正式な申し立てをするんだ。これは政治的な問題になりつつある。オリカ君の診療所がロストンの経済にどれだけ貢献しているかを示し、商人ギルドの中立派を味方につける」


「中立派……」


「彼らは利益を最優先にする。診療所が機能しなくなることで、彼らの利益が損なわれると分かれば、保守派の動きを抑えることができるかもしれない」


オリカは真剣な表情で考え込んだ。


「……やってみます」


ヴィクトールは満足そうに頷いた。


「その意気だ。私もできる限り協力しよう」







ロストンの陽が傾きかける頃、オリカは診療所のカウンターで山積みになった書類を睨んでいた。


「……これ、全部書かないとダメ?」


オリカは深いため息をついた。


「商人ギルドに正式な申し立てをする以上、必要な書類はきちんと揃えないといけません」


エリーゼは冷静に言いながら、一枚一枚の書類を丁寧に仕分けていく。


——商人ギルドへの申し立て。


それはただの嘆願ではなく、正式な「企業」として、診療所の役割と経済的影響を証明する書類を提出しなければならなかった。


「そもそも、私の診療所ってギルド登録上はどんな扱いになってるんだっけ?」


オリカが書類を整理しながら尋ねると、エリーゼが説明を始めた。


「『うさぎのおうち診療所』は、商人ギルドの認可を受けた医療業を営む会社として登録されています。最初はオリカ個人で自由診療を行っていましたが、正式に商人ギルドへ加盟し、ロストンの経済圏に組み込まれた形になっています」


「つまり……今は完全にロストンの“市場価値”に基づいて運営されてるってこと?」


「はい。ギルド加盟前は、診療費や薬剤の価格をオリカさんの裁量で決められました。ですが、ギルド加盟後は、ロストンの他の商業施設と同じく、市場価格に基づいた料金設定を行う必要がありました。この前オリカが悩んでいましたよね?もう少し貧困層の市民にも気軽に立ち寄ってもらいたいと。しかし、そうした個人的な感情があっても、診療所の料金が自由に決められないのは、そういった社会的・経済的な“仕組み”が関係してますね」


オリカは納得したように頷いた。


「それなら……ギルド側にとっても、うちの診療所を潰されるのは利益にならないんじゃ?」


「その通りです。だからこそ、私たちは商人ギルドの“中立派”を味方につける必要があるんです」


エリーゼの言葉に、オリカは改めて書類を見つめた。


「……つまり、ギルドに正式な申し立てをするには、診療所がロストン経済にどれほどの影響を与えているかを証明する必要があるってことね」


「商人ギルドに提出する書類を確認しましょう」


エリーゼは手際よく書類を並べ、オリカに見せた。



① 診療所の財務報告書

→ 診療所がどれほどの収益を上げ、どれほどの医療物資を市場から購入しているかを示す


② 経済圏における影響報告

→ 診療所が雇用を生み、商業活動を支えていることを証明するデータ


③ 供給問題に関する申し立て書

→ 薬草や医療物資の供給が妨害されている事実を示す証拠と、改善要求


④ 診療記録の一部

→ 診療所がロストンの住民にどれだけ貢献しているかを証明するため、患者数や治療内容を記した書類



「この4点は最低限、提出しないといけませんね」


オリカは書類の束を見つめながら、頭をかきむしった。


「……うっわぁ、これ、普通に病院やるより大変なんだけど……!」


「ロストンの市場経済の一部として機能している以上、うさぎのおうちも一つの事業体ですからね。個人で自由に医療を提供するのとは、もう違います」


エリーゼが淡々と説明すると、オリカはぐったりと肩を落とした。


「……最初は、助けたいから助ける、っていう単純な話だったのになぁ……」


「でも、それだけの影響力を持つようになったということです」


エリーゼは微笑んだ。


「オリカさんが開いた診療所は、今やロストンの人々の生活に根付いているんです。だからこそ、こうして政治的な動きに巻き込まれるんですよ」


オリカは深く息を吐き、再び書類に目を落とした。


「……よし、やるしかないね」


「はい。できるだけ早く準備しましょう」


こうして、オリカたちは商人ギルドに正式な申し立てをするための準備を進めるのだった。


しかし、この動きは、すでに貴族たちの目に留まり始めていた——。


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