癒し屋メロゥの置き手紙 ~ロリ魔女さんが全力で甘やかしてくれる話~
星ひとつない重たい空から、絶え間ない雨がしとど落ちる。
高かったスーツを濡らしながら、私は橋の上から川の濁流を眺めていた。
夜も更けて、車通りはすっかりなくなっている。
冷たい雨音だけが騒いでる。横の水溜まりは街灯の光を反射して、黒い空を映し、どこまでも堕ちていけそうな奈落を作り出していた。
再び濁流を見つめる。
橋の柵に手を掛けた──その時。
「なにかお困りですか、おねえさん」
「……えっ」
ふと横から、可愛らしい女の子の声がした。
奈落色の水溜まりの上に立ち、暖色の街灯に照らされているのは、魔女のような大きなツバ付きの帽子を被った銀髪の女の子。
身長差とオーバーサイズな魔女帽子のせいで顔がよく見えないけど、声や雰囲気は幼めで、12か13歳くらいだとわかる。
こんな夜中に、こんな雨の日に、子どもがどうして……?
「えと……なん……」
「……ああ! わたしとしたことが、失礼しました」
現実離れした状況に、思うように声が出なかった。
それでも少女は私の言いたいことを理解したのか、オーバーサイズな魔女帽子を両手で持ち上げ、透き通るような翠色の目とやわらかな笑顔を見せながら──。
「わたし、魔女のメロゥと言います。お困りでしたら、どんなことでも解決しますよ。あなたが払う代償はたったひとつ……」
少女はそう名乗って、クゥゥ……と可愛くおなかを鳴らした。
◇◇◇
河川敷からすぐ近くのマンション。
1LDKのその部屋に、私は自身をメロゥと名乗った少女を上げた。
「ち、散らかってるけど…………」
「平気です。母の書斎よりはマシですから」
そう言って缶ビールやら何やらのゴミの山を飛び越える少女。
部屋の明かりの下で少女の姿をもう一度注意深く見てみる。
うん……やっぱりだ。
大きな魔女帽子も、厚手のローブも、全然コスプレっぽくない。
肩くらいまである銀髪もウィッグとは思えないし、翠色の目も……さすがにこの歳からカラコンを付ける子はいないはず……。
じゃあ、これは夢なのでは?と、そう思った時。
机の上に置いていったスマホに着信が来る。
「なんですかこれは? むぅ、雷属性……かな……?」
「そ、それは……スマホ……電話するやつ」
「スマホ、デンワ……声飛ばしの魔法と似たようなものでしょうか。だとするとこの世界の魔導具はよくできていますね」
けたたましく鳴り続けるスマホを手に取って、物珍しそうに眺める少女。
「それで、これは連絡手段とお見受けしましたが……出ないのですか? この表示されてる文字は……えぇと、翻訳がなかなか……カイシャ?」
「あ、えっと……仕事場から……だから、出なきゃ、いけない……けど……」
「……そうですか。では切ります」
「えっ」
するとスマホの画面に触れてもいないのに、ピタリと着信音が止まってしまった。
向こうから切った……いや、そんなはずない……。
「この机の上にある物は……? 手帳? こっちはハンコですね」
「それ、は……通帳と印鑑……銀行にお金を預けて、それを記録したやつ……欲しかったらあげるけど……」
「ツーチョー……なんだかよくわかりませんね」
少女は通帳を机の上に戻すと、部屋をぐるりと見回して……キッチンに目が止まる。
「一部屋に厨房まであるとは……設備は整っていそうですね。お借りします」
そう言うと魔女帽子を脱ぎ、腕を巻くってキッチンの前に立つ少女。
ちょっと、台が高すぎたかも。
「この本、足場にしてもいいですか?」
「う、うん……」
散らかっていた雑誌や新聞を積み上げ、その上に乗った少女は、ふと手を前にかざす。
聞き慣れない言葉を呟き始めると、手のひらから淡い光がふわりと広がっていった。
すると、棚に仕舞ってあった包丁や鍋、冷蔵庫の中の食材がふわふわと独りでに動き出し……え……? これ、本物……?
「ひッ!? ぽ、ポルターガイスト!?」
「ぽる? いえ、そんな妙ちくりんな響きの魔法はありませんよ。ただわたしの頭の中にあるレシピ通りに動いてもらっているだけです」
「魔法……?!」
「はい、なにせ魔女ですから!」
自信満々な笑顔でそう言った少女……いや魔女さんは、魔法で料理を進めていく。
包丁はスムーズに鶏肉や野菜を切り刻み、切られた鶏肉は自ら油の敷かれたフライパンへ。
野菜たちも鍋へダイブした。
「ミルクもありますね。使っても?」
「え、えぇ、いいけど……あの、どうして……?」
冷蔵庫を空け、紙パックが珍しいのか少し開けるのに手間取った魔女さんは、魔法で鍋に牛乳を加えながら自分の瞳を指さした。
「橋の下からあなたの姿が見えました。ちょうど柵に手を触れた時ですね」
「柵に……え? ちょっと待って、私の記憶違いじゃなければ、その後すぐにあなたが来たよね……? 橋の下……河川敷から……?」
河川敷から橋の上、かなり距離があったはず……。
「あぁ、あれは転移しました。わたしの眼は少し特殊でして、視線の先……視界内であればこの身を移すこともできるんです」
「そ、そう……なんだ……不思議だね……」
「この世界の人にとってはそうかもしれませんね。いや……向こうでも奇異な目で見られていたかもしれません」
魔法、不思議な目、この世界、向こう……なんだかゲームのような話だ。
「この世界の人は雨の時はカサという道具を使うのに、あなたはそれを持っていなさそうだったので……もしかしたら、風に飛ばされて困っているのかなーって思ったんです」
魔女さんは湯気が昇る鍋を覗き込み、その上に突然現れた輝く円……たぶん魔法陣で蓋をする。
「これでよし。しばらくお待ちください! おねえさんの服も乾かしておきましたので、くつろいで……って、客人のわたしが言うのはおかしいですね」
あはは、と照れくさそうに笑う魔女さん。
いつの間にか私のスーツは綺麗に乾いていて……いや、それどころか髪も乾いていた。
実はテレビのドッキリとかで、浮いてる食器はなにかラジコンで操作しているのかもと思っていたけど……服も髪も一瞬で乾いてしまうなんて、そんな芸当が普通の人にできるはずない。
本当に魔法使いなんだ。この子……。
「……さて、完成です! 母直伝のシチューですよ!」
「魔女のシチューだ……」
「熱いうちに食べましょう! わたし3日も食べてないんです!」
「あ、パンもあるよ……?」
「い、いただけるのですか!?」
「うん……よかったら」
「ありがとうございます! たくさん食べないと大きくなれませんからね」
いつもコンビニで適当に買ってきたお弁当を置くだけだったテーブルに、温かいシチューが並ぶ。
おそるおそるスプーンですくい、口へ運ぶと──。
「ん……っ」
美味しい……。
そしてなにより、あったかい。
濃厚なシチューの熱でヤケドしたって構わないと思ってしまうほど舌が喜んでいる。
冷えた身体がじわり、じわりと温まっていくのを感じる。
「お料理……上手なんだね」
「んぐっ、母から家事はできるようになったらかっこいいと教わりました。今では得意なことのひとつです! もぐもぐっ」
シチューを無我夢中で食べていた魔女さんは、そう言い終えると再びシチューを掻き込むように食べていく。
食パンも、むしゃむしゃ、ぱくぱくと。
小さい口に放り込まれていき、ほっぺがリスのように膨らんでいた。
……誰かと一緒にご飯を食べるのって、こんなに楽しかったっけ。
「あぁ…………っ」
目頭が熱くなって、瞳に溜まった涙で視界がぐにゃりと歪む。
美味しすぎるのか、それともヤケドしたからなのか。
いや……そのどちらもだろう。
こんなにあたたかいのは、久しぶりだ。
「んむっ! お、おねえさん大丈夫ですか!? 何か変なものでも入ってしまったのでしょうか……!」
泣いてしまった私を見て慌てふためく魔女さんに、私は精一杯の笑顔を向ける。
「ううん……とっても美味しいの。こんなの久しぶりで、つい……っ」
成人して、就職して、これからは一人で頑張らなきゃいけなくなって……頑張って、頑張り続けて、でもなんで頑張らなきゃいけないのかわからなくなって、そしたら何もかもどうでもよくなってしまって──。
そうして疲れ切ってしまった私には、このシチューは美味しすぎる。
「うっ……ぁ……あれ? なんか、ごめん……涙止まら……っ」
こんな小さな子の前で恥ずかしい。
早く、泣き止まないと……。
「いいんですよ。泣いてしまいましょう」
魔女さんはいつの間にか席を立ち、その華奢な腕で私の抱きしめてくれた。
「幸いここにはわたししかいません。魔女は契約を破ることはできませんから、誰にも言ったりしません。他の誰かに見られたとしても、わたしがその人の記憶をぽーんと消してしまいましょう」
ふわりとやわらかな花のような香りに包まれ、私は、私は……。
「よく頑張りました」
気付けば、魔女さんの胸の中で泣いていた。
大人だからとか、もう夜遅いからとか、そんなのお構いなしに泣き喚いた。
「よしよし……えらい、えらいですね~」
魔女さんは私の頭を撫でてくれる。
けど、とめどなく溢れる涙は厚手のローブを濡らしてしまっていて……申し訳なくなって顔を上げると……魔女さんは優しく微笑んだ。
透き通っていて、吸い込まれそうな綺麗な翠色の瞳が、「大丈夫だよ」って言ってくれているみたいに、ゆらりと光を揺らして。
一頻り泣いた私は、やっぱり疲れが限界だったのだろう。
いつの間にか、眠っていた────。
◇◇◇
……昨夜は不思議な夢を見た。
小さな女の子……銀髪と翠色の目、オーバーサイズな魔女帽子を被った子に、シチューを作ってもらって、慰めてもらった夢。
なんだかいつもより目覚めが良かった。
よく眠れたようで、時計を見ると時刻は9時を過ぎていて……9時……?
────遅刻……ッ!?
「…………行かな、きゃ。頑張らないと……えっと、スーツ、どこに脱いだっけ……?」
着替えようと立ち上がった時、ふと机の上が気になった。
綺麗に並べられた通帳と印鑑。スマホ。
その横に、ちょっぴり歪んだ字で何かの書き置きが残されていた。
『──おねえさん、おはようございます!
今朝は良い天気になりそうです。昨日の雨はなんだったんでしょうね? お洗濯日和だったので、散らかっていた服などを干しておきました。センタッキという機械には少々頭を悩ませましたが、使ってみると便利で良いものですね。
シチューもまだ余っていますから、朝ごはんはそれを食べてください。
それと、おねえさんの心を削ってしまうものからは、魔法で遠ざけてあります。会社にも行かなくて大丈夫です。あのシチューには幸運の魔法を施したので、いつかおねえさんのためになる良い職場が見つかるでしょう。
それでも疲れてしまった時は、またあの橋の下に来てください。
いつでも待っています。
魔法の癒し屋さん(仮名ですが)高架下店。
店主メロゥより──。』
その手紙から顔を上げ、私はようやく、部屋が片付いていることに気付く。
塵ひとつない綺麗な部屋……久しぶりに見たな……。
冷蔵庫を開けると、タッパーに小分けされたシチューが置いてあった。
夜の分までありそうだ。
とりあえず一つ取り出し、レンジで温めて、食べる。
レンジで温めるところはコンビニご飯と変わらないのに、あの子の手作りだからか、それともこれが魔法の効果なのか……心までぽかぽか温まった。
この手紙は、大切に仕舞っておこう。
そして……きちんとお礼を言いに行こう。
◇◇◇
その日の昼過ぎ。私はまたあの橋に来た。
でも、今度は橋の上じゃない。
そのまま橋を渡り切り、河川敷へ。
高架下を覗いてみると、妙にオーバーサイズな魔女帽子を被った銀髪翠眼の女の子が、段ボールを切って作った看板をいそいそと設置していた。
「ぁ……メロゥちゃんっ!」
そう声を掛けると、太陽の光でキラキラした銀髪を揺らして、高架下の魔女さんは振り向いた。
「あっ、おねえさん! 来てくれたんですね!」
「えっと……その、不思議なことばかりでまだ頭がぼんやりしてるんだけど……とにかく、お礼がしたくて……来ちゃった」
「お礼……も、もしかしてその籠の中って……!」
目がいいのか、鼻が利くのか、とにかくメロゥちゃんは私が持っていた籠に気付いて目の奥を輝かせる。
「クッキー焼いてみたの。久しぶりだから、味の保証はできないんだけど……」
「クッキー! 部屋を片付けてる時にお菓子作りの本があったので存在は知っていました! とても興味があります!」
「ふふっ、じゃあお茶にしよっか」
「はいっ!」
そうして瞬く間にテーブルとイスが現れ、ティーセットまで用意される。
改めて見ても……魔法ってすごいなぁ……。
「ん~っ♡ これは最高です! おねえさん天才です! 美味しすぎます!」
クッキーを喜んで食べてくれたメロゥちゃんを見て、私もつい笑顔がこぼれる。
「ありがとう……っ!」
もしかすると、また疲れてしまって甘えたくなるかもしれない。
それでもこの子は包み込んでくれる。
小さくて、でも……とても温かい手で────。
◇最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
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