表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/70

第七話

❀十翼と呼ばれるもの❀




 そもそも、天蔵螢介(あまくらけいすけ)は人間である。肉体に攻撃を受けると血は流れるし、痛いものは痛い。青年の頭突きは破壊力バツグンで、咽喉(のど)の奥で錆びた鉄のような味がした。頭もクラクラするし、吐き気もする。


 さくや亭にあらわれた最初の異形は、黒猫を人質(ひとじち)に螢介のウロコを要求した。


「さきにネコを離せ」


 青年の手に吊りあげられたネコは、まったく動かない。怪我のていどはわからないが、細い手脚はだらん(、、、)として、胴体ものびきっている。こんなときにだが、ネコのおなかに目をこらし、雌性器官を確認できた螢介は、性別が判明してすっきりした。……黒猫はメスだった。


「本物かどうかウロコを見せろ」


 という青年の主張は、ごもっともである。だが、ウロコが本物かどうかなんて、螢介にもわからない。したがわなければネコの身が危険につき、学ランの(ボタン)をはずして脱ごうとした。そのとき、それまで無反応を示していた炎估(えんこ)が螢介の(からだ)をあやつった。


「あのな、脱ぐほうをまちがえてるぜ。上ではなく下だ。ウロコってのは、大事なものの近くに封じるものなんだよ」


 ズボンの縫い目をたどる指が、螢介の意識とは関係なく動く。あからさまに口調と態度が変化したことで、対峙する青年は身ぶるいした。黒猫を吊りあげる手が痺れてきたので、床へ放す。それでもネコは動かない。


「きさま、さては十翼(じゅうよく)か!」


「われ、(えん)とぞ(あたい)しものなり」


炎估(えんこ)だと!?」


 青年は血の気のひいた顔をして(きびす)をかえしたが、その足もとは、すでに燐火(りんか)に包まれていた。「熱い!」と叫び、少年の姿にもどると、黒々とした髪をゆらして螢介を見すえた。


「おのれ、炎估め。ウロコを独り占めにするつもりか!」


「おまえといっしょにするな。こんなものに頼るほど、おちぶれちゃいないぜ。闘いたくなけりゃ、天蔵螢介(このあほう)にかまうな。見たところ、そのからだでも、あと百年は()つだろう」


 炎估が廊下の窓をあけると、そこから飛びだした少年は、燃えさかるからだの(ほのお)を雨に打たれて消すと、悔しそうに螢介をにらみつけ、霧雨(きりさめ)(けむ)る雑木林へ姿をくらませた。炎估は、何事もなかったように毛ずくろいする黒猫を一瞥(いちべつ)した。


「ウロコが必要なのは、おまえのほうだったとはな。……三枚あるうちの一枚はくれてやってもいいが、ただ見せるだけってのは趣味じゃないな」


 云うだけいって、炎估は宿(やど)くぐる(、、、)。とたんに、「ネコ!」と、螢介が叫ぶ。足もとにいた。


「無事か、どこも怪我してないな?」


 しゃがみこんで顔を近づけると、猫パンチを喰らった。……なんで? ものすごく心配したのに! ()けきれず、バリバリッと頬の皮膚が裂けた。猫の爪はかなり鋭い。めちゃくちゃ痛い。少年は、いなくなっている。……青年だっけ。もうどっちだっていいや。洗面台で顔を洗うと、鏡のなかに赤い髪をした男があらわれ、ぎょっとなる。


「だ、だれだ」


 と、無意識に口走る。おれの顔にしか見えない。ただ、髪の色が赤に変わっているだけで、すぐにもとの黒色へもどった。……おどろかせやがって。炎估かと思ったぜ。


 頭がぼうっとする螢介は、簞笥の抽斗から救急箱をひっぱりだして、傷口を消毒すると、ガーゼを貼りつけた。押入れのなかで、がさごそと物音がする。……ネコめ。さすがにひどいぞ。おれは、必死に助けようとしてたのに。


「こら、ちょっと出てこい」


 押入れをあけると、小さな女の子が眠っていた。しかも全裸だ。やばい。こっち向きで横たわっているから、全部ばっちり見えた。パシンッと、秒でしめる。しめたけど、心拍数の上昇がとまらない。息苦しい。……おちつけ、あの子はネコだ。うちの子こねこ! 




〘つづく〙

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ