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あやし聞書さくや亭《十翼と久遠のタマシイ》  作者: 地底乃人M


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第五十六話

❀かしこに燃える❀




 幽闇(くらやみ)咲也(さくや)(暗闇咲夜)の素性を調べるにあたり、雨賀佐(あまがさ)という名前の人物が気になった螢介は、斑猫(ぶちねこ)のフッチをさしだすことを条件に、炎估(えんこ)を伴って、町はずれに建つ邸宅へ乗りこんだ。


 潜り戸をあけて甃石(しきいし)小路(こみち)を歩いていくと、常春藤(きづた)がからまる玄関が見えてきた。この家に棲む人間はいない。土地勘のない螢介だが、あたりかまわず庭木の枝が蔓延(はびこ)るさまは、昼間でも薄暗く、おばけ屋敷のように見えた。


「……やっぱりな」


 玄関の貼紙が破れかけていた。売物件と書いてある。黒傘を折りたたみ、リュックサックからフッチを抱きあげると、不法侵入罪で捕まる可能を懸念する螢介の横で、炎估が木蔦に手をかざし、焼きはらって玄関をあけた。


「お、おい。無断でなかにはいって、だいじょうぶか? 警察に通報されたら、さすがにまずいぞ」


「招待されたのはこっちだ。ほしがっていた婿を、家人が放っておくわけもあるまい」


 ……だれも住んでなさげだけどな。十翼には、わかる気配とかあるのか?


 黒紋つきの着物に赤髪の炎估は、(そで)をゆらして蝋燭をとりだすと、火を点けた。邸宅内はまっ暗につき、炎估が(とも)す蝋燭の明かりだけがたよりだった。締めきった家のなかにいて、()せるような草のにおいが鼻をつく。窓という窓は庭木の繁みに(おお)われ、漂う空気には、湿った土のにおいもまざっていた。


 フシャーッと、突然フッチが興奮する。螢介の腕から飛びおりて、廊下の奥へ走っていく。「フッチ! もどれ!」追いかけようとしたが、「好きにさせておけ」と炎估に制された。



「フッチをひとりにしても、危険はないのか?」


きさま(、、、)がいるうちはな」


「……おれ? (おれなら、いるだろ。さっきから。なんだよ?)」



 炎估は、ぼんやりする螢介に腕をのばし、ダンッと壁に肩を叩きつけた。


「な、なにするんだ」


「黙れ、人間。雨があがるまえに片づけなければ、きさまは永遠に時空を彷徨(さまよ)うことになる。少しは学習したらどうだ」


 (すご)みのある緋色の眼でにらまれて、動けなくなった。


「そ、そうなのか?」


 炎估が苛立ちをあらわにするのは、当然だった。たいして力もないのに、螢介は私利私欲で雨賀佐(あまがさ)(げん)についてさぐっている。炎估にはウロコの一枚でもさしだして、頭をさげるべき状況なのかもしれない。態度こそ素っ気ないが、螢介の身の危険を察知して、その都度(つど)忠告(アドバイス)している。 


「炎估、おれ……」


「向こう岸へゆかせないのは、咲夜の意思だ。きさまは、すでに(かばね)ということを忘れるな」


「……それは、知ってる。おれはもう生きている人間じゃない。でも、空蟬(うつせみ)亡人(もうけ)になってたまるか」


「きさまのタマシイが邪悪と化したならば、そのからだを燃やすだけだ。タマシイの救済など、十翼(われわれ)がしったことではない。もとより、咲夜がひとりではじめた偽善行為だ」


「偽善だと? そんな云い方するな。あのひとのおかげで、おれはまだ人間でいられるンだ!」


 螢介は炎估の腕をふりはらい、キッと正面から顔を見据えた。たとえ無力だとしても、心まで弱くなっては、最初の一歩を踏みだすことはできない。螢介は、じぶんの意思で現在(ここ)にいる。その考えが正しいかどうかなんて、だれにもわからない。螢介自身の覚悟の問題である。


「いいぜ。おれが失敗したときは、ひと思いに燃やせ」


 螢介に売られた喧嘩を、炎估は「後悔するなよ」といって買った。




〘つづく〙

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