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第五話

❀雨を呪うことなかれ❀




 きょうも雨がふっている。さくや亭という大きな屋敷に住みこんで働くことになった天蔵(あまくら)螢介(けいすけ)は、学ラン姿で亭主の留守を預かっていた。



「あのさ」


 

 スーツ姿の亭主を玄関で見送るさい、当座の着がえを手配してもらえないか、たずねた。……家をでるとき、パジャマとか持ってくればよかったぜ。学校へ行くのに、ふつうは用意しないけど。どこかで買ってくるよと()けおった亭主は、やたら光沢のある革靴(くつ)を履き、「そうそう」と云って、ふり向いた。


「黒猫に、名前をつけてあげるといい。きみの力になるだろう。それから、少年が(たず)ねてきたら、床の間ではなく、わたしの(へや)に通してあげなさい。廊下の突きあたりだ」


「わかりました。……あの子ども、またくるんですか?」


 念のため、ここの亭主には敬語を使うようにした。おれの雇い主だしな。ときどき、うっかり忘れるのは性分だ。気にしないでほしい。ちなみに、きのうの件は、夕食時に報告してある。書道教室の看板をだしておきながら、どこかへ出かけてゆく亭主だが、夜にはちゃんと帰ってくる。昼間の顔は知らないが、帰宅した亭主に変わったようすはない。おかしな言動は、あえてスルー。おれが知りたいのは、亭主の謎めいた素性などではない。


 房飾りのついた黒傘を手にする亭主は、螢介の質問には答えず、硝子戸をあけた。ふりしきる雨のなか、なんの迷いもなく歩いてゆく。玄関先の軒下に、飯茶碗が置いてある。この(あた)りの地域をなわばりにする黒猫用だと思われたが、いまや、さくや亭の一員に(くわ)えられている。……たしかに、名前がないと呼ぶのに不便だな。黒いから、クロでいいか? そういえば、あいつってメスか? オスか? どっちだったっけ。


 少年が訪ねてくるまでひまを持てあます螢介は、黒猫をさがすことにした。野生で暮らす時間が長いのか、ご飯のときしか姿を見せない。とはいえ、家猫(いえねこ)になるさいは人間(ひと)に化けて湯をあびるという、大胆な行動をとっている。磨硝子ごしに見たかぎり、上半身にふたつのふくらみはなかった。小さな子どもくらいの背丈(せたけ)だったが、白黒の陰影だけで性別まで判断するのはむずかしい。


「クロ」


 仮の名前として、声に出して呼んでみる。「クロ、どこだ」と、くり返しても返事はない。……もしかしたら、すでに名前があるのかもしれない。名づけ親がいる場合、クロでは反応しないだろう。試しに「ネコ」と、シンプルに呼んでみる。カタンッ。物音がした。反応ありだ。居間の押入れからである。……オーケー、そこにいるんだな。


「ネコ、あけるぞ」




〘つづく〙

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