第十九話
❀詰め腹を切らされる❀
亡人を追いはらって居間へもどると、第二の危機に直面した。
『せきにんをとるのだー!!』
いきなり飛びついてきたネコを、正面からうけとめた螢介は、ゴンッと、廊下に頭を打ちつけた。かなりの激痛が走り、一瞬、タマシイはあの世へ旅にでた。が、すぐにもどってきた。むにゅっとした感触がある。……なんだ? この、やわらかさは。
少しだけ頭を浮かせてみると、胴体にまたがっているネコが、おとなの女性に成長していた。しかも、胸が大きい。子ども服のまえが破けそうなほど、しっかりもりあがっていた。長い黒髪の女性は、褐色の肌をしている。手も足も細くて長い。異国のモデルのような風貌である。
「お、おまえ、ほんとうにネコか!?」
『あたしは、あたしだー!! こんなすがたにしおって、けいすけのばかものがぁ!! からだがおおきくては、うごきにくいではないかぁ!!』
なんのことだかさっぱりにつき、螢介は炎估に助けを求めた。土壁に背中を預けて腕組みをしている。
「ネコの云うとおり、責任をとってやればいい」
「責任って、なんのだよ」
「嫁にするとか、子守歌を唄うとか」
「よ、嫁? 子守歌? なに云ってんだ。頭おかしいぞ!」
炎估の発言がまともではないため、螢介はネコの肩をつかんでからだの距離を保つと、学ランを脱いで羽織らせて、目のやり場に困る胸もとを隠した。……すげぇ巨乳。Gカップってやつか? こんなにでかいと、いやらしいというより、迫力がやばいぜ。
気持ちをおちつかせてネコを見すえると、黄金の猫眼が、至近距離へ迫ってきた。
『よいか、けいすけ。あたしを、こんなすがたにしたせきにんはおもいぞ。いますぐ、もとにもどせとはいわない。だが、かならずせきにんはとってもらうからな!』
シャーッと、牙を見せて云いはなつと、四つん這いの前傾姿勢で、タタッと廊下を駆けていく。
「ネコ! どこへ行くんだ」
「雑貨商だろう。あの体形になっちまったのだから、あたらしい服が必要だ」
炎估いわく、ネコは石づきなめこに向かったらしい。外は雨がふっている。ネコは、傘をさしていくべきだ。あわてて追いかけたが、廊下のとちゅうには学ランが落ちており、玄関の硝子戸は数センチほどあいていた。
「……ネコ」
ふりしきる雨を見つめ、螢介は後頭部にできた瘤を指でなでた。ズキンと痛む。なぜ、ネコが成長を遂げたのか。思いつく理由は、ひとつしかない。螢介のウロコをもっているからだ。使い方がわらかないのか、からだが成長するとは予想外だったのか、手にいれたネコ自身が、いちばんおどろいているようすだった。
「責任をとれって云われてもな」
まさか、人外を嫁になどできない。いくら人間の女性に見えても、ネコの本体は動物の猫である。あほうの螢介でも、そこまで血迷ったりはしない。だが、豊満な肉体をもったネコは、独特な色気があった。……よせ。なにを考えてんだ、おれは。あの子はネコだ。さくや亭の飼い猫だぞ。
いろいろありすぎて疲れたが、螢介は昼ごはんを軽くすませると、亭主の室を掃除した。なにか発見がないか期待したが、めずらしいものは見あたらない。……そういえば、学ランのズボンはどこにいった?
炎估もネコも姿を消しているため、屋敷を歩きまわって探した。ズボンは、居間の押入れで発見した。その場所は、ネコが寝床として占拠している。……おれのズボンを脱がせたのは、ネコなのか?
枕にでも使いたかったのか、どうにも複雑な心境になった螢介は、結局、ズボンは押入れのなかにもどしておいた。
「遅いな……」
夕刻になっても、亭主はおろか、だれも帰ってこない。縁側に佇む螢介は、雨のふる中庭を見つめた。
〘つづく〙