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山田夫妻

登場人物




加賀優地


主人公。天才。総理が掲げる人類双子化計画成功の為、日中は研修医、夜は双子を必ず埋めるようにする薬「双子薬」の開発をしている。




渡辺巧


秀才。優地の大学の同級生であり、いまは双子薬の開発にあたっている。




青野秀一郎総理大臣


全員が双子として生まれれば自動的に人口が増えると考え、「人類双子化計画」を考え出す。




森川ゆり子


青野総理大臣の秘書。優地はゆり子のことが好き。作り物のように美しい顔をしている。

秋になった。


「受付番号66番の方」


山田大智(やまだだいち)山田小夜(やまださよ)が看護師に案内され診察室に入っていく。大智は公務員として市役所に勤務しており、地味な印象だが仕事は早くまじめな為、部署内でも一目置かれる存在だった。小夜は保育士で、誰とでも打ち解けることができる明るい人だった。そんな二人は39歳の時に結婚した。二人とも子どもが大好きで、結婚前は子どもとどこに行きたいだとか、習い事は何をさせたいだとか、どんな子に育ってほしいだとか、そんなことを話して盛り上がっていた。結婚して3年がたったが、二人は子どもに恵まれなかった。そして、すがるような思いで、小夜がこの病院を見つけた。



「実は不妊治療の新薬を開発したんですよ」

優地(ゆうぢ)山田大智(やまだだいち)山田小夜(やまださよ)に対し、顔色ひとつ変えずに嘘をついた。山田夫妻は手を取り合い顔を見合わせた。

優地はそんな二人を直視できなかった。優地はこの瞬間が苦手だ。嘘をついて患者を安心させて、双子薬を打つ。いつか巧が言った通りこれは犯罪だ。でも、許されてしまう。

 なぜならこれは総理が掲げる「人類双子化計画」を実行するために必要なことだからだ。この罪悪感と義務感の狭間で優地の心は少しずつ蝕まれ壊れていった。



「では、お二人とも腕を出してください」


夫婦が袖をまくって腕を見せた。今回の試験薬No.66は優地が一からすべて自分で作った、自信作だった。


(今回こそ必ず成功させる。)


優地は心の中で深呼吸すると、汗ばむ手で注射器をもち、まず大智の腕に針を刺した。日に当たっていない白くほっそりとした腕に、ゆっくりと液を注入する。液がなくなっていくのと比例して大智の腕の色がどんどん紫色になっていった。



ガタン



針を抜いた瞬間

大智が椅子から崩れ落ち、そのまま前に突っ伏するように倒れた。目玉がひん剥かれ、口から泡を吹き、死にかけのカエルのようにがくがくと全身を震わせている。


「ごぽっ」



「きゅあぁぁぁ!大智!大智!」


小夜が大智に駆け寄り背中に覆いかぶさった。


「脈はかって!」

「だれか応援お願いします」

「加賀先生っ!」


その場にいた看護師があわただしく動き回り優地の指示を求めた。

しばらくすると診察室に巧が入ってきた。


「優地、患者が倒れたって……えっ?」


巧が痙攣する大智を見て怯むように一歩下がるが、すぐにかけつけ手首を握る。


(手が冷たい…脈が……)


巧が心肺蘇生をする。それも虚しく大智はうんともすんとも言わずただ



「誰かペンライト持ってきてくれ」

巧が力なく言った。




動かなくなった夫を見て、小夜が口を開いた。


「せ…せん……だ…だいちさんは…」

「……」

「だっ大智はどうなったんですか!?大地にっな…なにしたんですかっ!?」

小夜が涙と鼻水をたらし、女性とは思えないほどの強い力で優地にしがみついた。

「……」



優地は躊躇なくもう一つの試験薬を取り出し、小夜の腕にも注射を刺した。


「うあ…ごほっごほっ……ぅ」


小夜がその場に倒れこむ。優地の手から力が抜けそのまま注射器が落下した。ガラスが割れる無機質な音と小夜の荒い息だけが病室を包み、その異様な空気に、先ほどまであわただしく走り回っていた看護師も、座り込んで動けなくなっていた。


小夜はひゅうっと肺いっぱいに空気を取り込むとそのまま動かなくなった。先ほどの騒動が嘘のように、病室が静まり返った。自分の呼吸する音がうるさく感じるほどだった。誰も何も言わない、誰も指一本動かせない、誰もまばたきすら出来ない。時が止まるとはこういうことなのかと、優地の頭の後ろにある、恐ろしく冷静な思考が脳みその中でこだました。優地の顔から、今まで搔いたことがないほどの汗が噴き出し、額を伝い、頬を伝い、顎を伝い…そのままぽたりと小夜の眼もとに落ちた。


(泣いてる)


そう思い思わず目をそらした。大智と目が合った。永遠に光をともすことのない真っ黒な瞳からは、底知れぬ憎悪がただよっているように感じた。


(怒ってる)



そんな考えが頭をよぎった。もう駄目だった。ぶわぁっと毛が逆立つ感覚が全身を駆け巡り、その気持ち悪さで膝に力が入らなくなった。


「優地!しっかりしろっ!」


巧が優地を怒鳴った。その声は優地耳には入らなかった。優地は床に座り込み自分を落ち着かせるようにゆらゆらと体を揺らし、髪を搔きむしった。


(俺は、人を殺したんだ。双子計画のために、僕が作った…この試験薬であの夫婦は死んだんだ)




::::::::::::::::::::::::::::::::::::


優地はこの研究が始まってから、欠かさず足を運んだ研究室に行くことができなかった。山田夫妻の悲痛な叫び声と、泡を吐くぼこぼことした音、看護師があわただしく走り回る音と、巧の怒号が鼓膜の裏で鳴り響いて、心臓が握りつぶされそうだった。


(そうだ。実家に帰ろう。疲れてるんだ俺は…)


優地は病院の裏口の扉をそっと開いた。夫婦の遺体は研究所の奥にある。明日にでも警察が優地を捕まえに来るだろう。


「優地くん」


急に呼び止められた。


「総理…」

鼻を真っ赤にした総理が護衛もつけず病院の裏口の物陰に立っていた。


「聞いたよ。大変だったね」


総理は優地を刺激しないよう、赤ん坊を甘やかすような調子で声をかけた。優地は今日のこと、自分の今崩れ落ちそうな心の中を誰かにぶちまけたかった。


「総理、僕どうなるんでしょう。人を殺しました。僕の試験薬でです!何の罪もない、ただ子どもが欲しいと願っただけの二人が、僕の薬に希望をもった二人がっ!苦しみながら息を引き取ったんです。僕はどうなるんでしょうか」


「優地くん、大丈夫だ。君は人殺しなんかじゃない、今回はたまたま残念な結果が出ただけだ。きっと二人も君のことを恨んだりなんかしてないよ」


「違いますっ僕、僕のこと……あの二人は恨んでます。睨んでたんです、死んだ後もずっと、いまもあの二人に見られてる気がするんです。僕が死ぬまであの二人はどこまでも追いかけてくる。わかってます。僕が結果的に許されない罪を犯してしまったことくらいっ!」


「そうか」


優地は総理の足元にうずくまり、惨めったらしく涙を流した。念仏のように謝罪の言葉を唱える優地を総理は膝をつきそっと抱きしめた。でっぷりとした指で優地の背中から浮き出た背骨を慈しむように撫であげる。


「だったら、あの二人の命を無駄にしないためにも、必ず双子化計画を成功させよう。そうすればあの二人は、これからの日本の未来のために……命を懸けて薬の成功に貢献した夫婦として語り継がれる」


総理が優地のげっそりとした顔を包み込みそっと前を向かせた。


「食事はとれているのかな?初めて会った時から随分と痩せたようだ。このまま家まで送るから2日ほど休むといい」


近くに止まっていた高級車からゆり子のが出てきた。総理とゆり子はボロボロになった優地の腕を引っ張り車に乗せた。車窓から優地はぼんやりと東京の夜景を眺めた。


「私は優地くんを守る。だから一緒に計画を成功させよう」


優地は総理の言葉に励まされ小さくうなずいた。久しぶりの実家に帰ると、優地の母が風呂を沸かしハンバーグをつくって待っていてくれた。両親の顔を見て初めて優地は、この計画が始まってから一瞬でも心が休まったことがなかったことに気が付いた。計画のことは伏せて両親と話す。部屋にあった昔よく読んでいた数学の論文に目を通す。子どもの頃の何気ない日常がこれほどまでに幸せだったとは…

優地は懐かしいベットの中で懐かしい論文を抱え、思い出に胸をはせながら眠りについた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





次の日、ネットニュースに小さく山田夫婦が、借金から逃げる為無理心中したという記事が載っていた。昨日の病院での出来事とは全く違う死亡原因が書いてあったので混乱した。


(借金?無理心中ってどういうことだ?)


優地(ゆうぢ)は、他にも山田夫妻のことが書かれた記事が載っていないかサイトを調べ、テレビをつけ、コンビニで新聞を全部買って読み漁った。しかし、あのネットニュース以外に夫妻についてのニュースは載っていなかった。それどころか、先ほど見たネットニュースを再度検索したら削除されていた。



「私は優地くんを守る。だから一緒に計画を成功させよう」



なんとなく総理の言葉が頭をよぎった。


逮捕されることはないと安堵したのと同時に、優地は総理の権力が少し怖くなった。


(総理は事実をここまで捻じ曲げられる力を持っている。これは、必ず計画を完成させろという総理からの命令だ。)



空が暗くなり始めていたが優地は研究所に向かった。


この日以来、優地はが実家に帰ることはなかった。




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