双子産婦人科
優地と巧は大学を卒業すると同時に、小さな産婦人科で研修医として働くことになった。
双子産婦人科病院。あの日、優地が総理にお願いして作ってもらった病院だった。一階はただの産婦人科だが、スタッフルームの奥にある、隠し扉の階段を下に降りると大きな研究所が広がっている。優地と巧は日中は一階で研修医として、夜は地下で双子化計画を進めるための薬、「双子薬」の開発にあたっていた。
「優地、試験薬No.53が完成したみたたいだぜ」
巧が第3研究室に入り優地に声をかけた。優地はちょうど顕微鏡で、薬の成分を確認しているところだった。
「ありがとう。早速、明日患者に使ってみるから……第1研究室に保管してて」
この病院では地下で作った双子薬を、「予防薬」「治療薬」「栄養剤」などと嘘をつき患者に投与していた。
こんなことをしていることがバレれば、世間は大騒するだろう。その為、この研究室で行われている「双子薬」の研究はもちろん、総理が考え出した人類双子化計画についても、絶対に外部に漏らしてはいけない機密事項だった。そのため、ここで働く研究員、医者、看護師、その他のスタッフ(掃除のおばちゃんでさえも)あの日、双子化計画に賛同したものや総理の紹介で雇われた人間だった。
「なぁ、この前の、試験薬No.25の患者さん覚えてるか?」
巧が二人きりであることを確認すると、静かに尋ねた
「あぁ、川口夫婦だろ?覚えてるよ。患者の名前は全員覚えてる」
「川口さん、あの薬で双子を妊娠できたけど結局流産したって…」
優地が顕微鏡から顔を上げた
「そっか…失敗したか」
煮え切らない優地の態度に巧が声を荒げた。
「そっかって…なんでそんな他人事なんだよ。俺たちが作った失敗作のせいで流産した可能性もあるんだぞ!」
「失敗作?」
「そうだろ……患者に打った薬は全部、副作用で意識を失ったり、双子が生まれても流産してしまったり……全部ぜんぶ、失敗してるから53番まで薬を開発してるんじゃないか…」
「…しっぱい」
優地が悲し気に巧から目をそらした。
実のところ優地本人ですらこんなにも、双子薬の開発にてこずるつは思っていなかった。今までの人生で、頭を使うことに関しては思いのまま、すべてがトントン拍子でことを運ぶことができていた。優地にとっては双子薬の開発は、初めての挫折だった。
「それにさ、あんま大きな声で言えないけど」
巧の声が震える。
「俺たちがやってることって総理がいなかったら犯罪だろ?いつかこれが…世間にバレるんじゃないかって…すげぇ怖いんだよ」
巧は最初からこの双子化計画も双子薬の作成にも乗り気ではなかった。優地が双子薬について話を進めようとすると、必ず眉をひそめていた。優地もそれを何となく察していた。しかし、巧も優地が認めるくらいには優秀だった。そして何よりも、どんなに癖の強い研究者や患者ともうまくやっていける才能があった。
「僕もこのやり方が間違っていることはわかってるよ。ただ総理は、任期が終わる残り2年の間に完成させてほしいと言っていたんだ。悠長なことは言ってられないよ」
そう言うと優地はスイッチが切り替わったかのようにまた顕微鏡を覗き込んだ。このモードに入るとしばらくは声を開けてもまともな受け答えは出来ないことを知ってる巧は、肩を落としなが試験薬No
.53を第1研究室に持って行った。
試験薬53:飯田真理奈
「診察番号53番の方」
腰まで伸びる黒い髪を耳の上でツインテールにし、ごてごての指輪、くすんだピンク色のミニスカートを身に着けた、16歳の少女が暗い顔で診察室に入っていく。優地は少女が診察室の椅子に座るのを確認すると、淡々と診断結果を告げた。
「梅毒ですね。聞いたことあると思いますが、ま、性病です」
真理奈の顔がぐにゃりと歪み目から涙があふれた。脳裏を支配していた“イヤナヨカン”が現実となり必死に抑えていた感情が一気にあふれ出したようだった。
「お相手は一人ですか。であれば必ず伝えてあげてください。おそらく相手の方も何らの病気があります。そして必ず連れてきてください。今からでも連絡を取ったらどうですか?いつ連れてこれますか?」
優地があまりにも真理奈につめ寄るので、見かねた看護師が止めに入った。
「私…ちゃんと治りますか?」
「さぁ…治ってほしいですね」
「さあって…」
「医療に100パーはないんですよ。僕の立場で断言はできませんね。飲み薬出しときます」
優地は真理奈に一切目もくれず、パソコンでカルテを作成しながらロボットのように返事をした。真理奈はまた泣き出し、看護師が背中をさすった。
「お相手の方は来れますか?」
真奈美が袖で涙と鼻水を拭きながら嗚咽交じりに返事をした。
「あ…あいてっわかん…ないんですっ ひくっ」
「そうでしたか。それじゃあ…」
「双子薬だけ打たせてください」
そのまま診察室のカーテン奥に入っていった。看護師が真奈美の背中をさすりながら優地の後についていくよう促した。
(ほんとうは男女にこの薬を試したかったが仕方がないか…)
優地はNo.53と書かれた注射器を取り出し真奈美の左腕に刺した。真理奈がぐっ顔をしかめた。
「終わりました。2か月間は経過を観察ししますので病院に通っていただきます。夜は危ないので事件だけは気を付けてくださいね」
真理奈が腕に張られた絆創膏をさすり静かにうなずいた。
1か月後エコーで真理奈の腹に影が映った。影は1つだった。優地は落胆した声で真理奈にそれを伝えると、彼女は何も答えなかった。優地は看護師に真理奈と別室で今後のことについて教えるよう耳打ちした。
扉が閉まり一人になると優地は机からNo.53ファイルを取り出しマーカーで大きく罰を付けた。
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その夜
階段を下りてまっすぐ進んで突き当りにある、優地専用の研究室。その部屋で彼は重い瞼をこすりながら、今まで開発した双子薬のデータを見返していた。
(何がいけないんだろう……)
優地は誰かに、薬の開発の開発について相談をしたかった。しかし、ここにいる研究員が思いつくようなことはもうすべて試していた。外部にもこのことは漏らしてはいけないため、結局は優地の力だけでなんとかするしかなかった。こめかみを親指でぐりぐりと乱暴に押し、ぶっ飛びそうな意識を無理やりたたき起こす。
(なにか…今までのつくり方に囚われず、全く別の新しい方法で薬を作る必要があるのかもしれない)
優地は、自分の脳にすがるような気持ちでペンを握った。