食事会
待ちにまった食事会の日がやってきた。
宝石のように輝くシャンデリア、高級感漂う赤い絨毯、天井は目がくらむように高く、このホテル会場が富裕層や、権力者のために作られたものだと改めて実感させられる。
「んー、やっぱここのホテルの飯うめぇ」
巧は何度も来たことがあるのか、会場に着いた時から慣れた足取りで会場につき、コートと荷物を当たり前のようにスタッフに渡していた。優地にとってはこのような食事会は初めてだったが、それを隠して巧の真似をした。
会場には優地と巧の他にも50名ほどの学者と医者が、それぞれの席で食事を楽しんでいた。
「こちらメインディッシュの子牛とフォアグラのシャンデリアソテーでございます」
(う…うまそう!)
優地がごくりとつばを飲み込みナイフとフォークに手を出した時だった。
「君、もしかして加賀優地くんだろ?」
知らない中年男性が声をかけてきた。それを合図に座って食事をしていた人間が次々に優地の元へやってきた。
「わぁ…君があの加賀君か」
「話してみたかったんだよ。実は、僕が講師をしている大学も君の入学を望んでたんだよ」
「今はどんな勉強をしてるんだい」
「加賀君、ぜひ僕の研究を聞いてもらいたいんだが」
加賀君、加賀君、加賀君…
学者たちが我先にと食事もそっちのけで優地に話しかけた。優地は、自分がこういった界隈では有名であることを自覚はしていた。しかし、こうやって自分よりも何十歳も上の、それも権威のある人間に取り囲まれるのは初めてだったので、たじろいてしまった。
「優地すげぇ。やっぱ有名人なんだな」
巧がまるで自分のことのように喜んだ。巧があまりにも尊敬のまなざしを向けられるので、優地はどうしたらいいかわからなくなった。
「別にそんなんじゃないよ…」
ごまかすようにテーブルクロスの端をつまんで、みんなが自分に飽きてくれるのを静かに待った。
8時ちょうど。
ステージのにパッと明かりがつき、それに合わせて、会場の証明はすっと落とされた。優地の周りに集まっていた人間も自分の席に戻っていった。ステージのすぐ横にある扉が開き、青野秀一郎総理大臣が現れた。テレビで見るより背が高くほうれい線や目じりのしわがくっきりと浮き上がっていた。
「わ、青野総理…本物だ」
巧が思わず声を漏らした。
「なんか、まじでテレビのまんまだな。たぬきみてぇ」
巧がからかうように言った。しかし優地にはそうは思えなかった。優地と巧が座っていたテーブルはステージから一番遠いところにあった。こんなに席が離れていても分かるほど、総理のぶ厚い眼鏡の奥から光る眼から、底知れぬ野心があふれ出しているように見えた。
「えー、皆様、このたびはお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。初めまして、青野秀一郎と申します。私は総理大臣として、国民全員が幸せになる、だれも取り残さない政策をモットーに……」
総理は選挙演説のように、だらだらと同じようなことを繰り返ししゃべり始めた。最初は、手を膝に置き総理の言葉に耳を傾けていた参加者も、徐々に食事のを食べ始め、いつの間にか総理の演説はBGMとなっていた。15分を過ぎたところで、しびれを切らした一人の医者が手を挙げた。
「総理、今日はどうして私たちは呼ばれたのでしょうか。見たところ、医者や学者ばかりが集められているようです。なにか意図があるのではないですか?」
「…あぁそうだね、本題に入ろう」
総理が不服そうにごほんと咳払いをした。
「皆様もご存じの通り、今、日本は深刻な少子化に悩まされています。かつて1億と言われていた人口は、いよいよ4000万人を切りました。最新の統計では10年以内に3000万を切るとの結果が出ています。このままでは日本から人が消えるのは時間の問題でしょう。今までたくさんの政治家がこの問題に尽力してきました。補助金を出し、教育機関を無料化し…さらにはクローンでの人口増加にも挑戦しました。しかし…大きな成果が表れたものはありませんでした」
会場にいるすべての人間が食事の手を止め、真剣に総理の言葉に注目した。
「そこで私は思いついたのです」
会場の静けさに酔いしれるように総理がマイクを握り直した。
「双子です」
ふたご?
ここにいる全員、それが少子化にどう関係するのか……クエスチョンマークを頭に浮かべた。総理がステージの目の前の席に座る禿げ頭の医者を指さした。
「あなた、そう、あなたですよ。犬は一度に何匹の子どもを産むかご存じですか?」
「えぇ…5匹程度じゃないですか」
「ご名答」
総理が歯茎をむき出しにして笑った。
「犬と言わず動物は、一度の出産で数匹の子どもを産みます。まぁ人間の体は、構造上、一度に何人もの子どもを産むには適していないそうです。国会の合間に私、調べました。では5人とまではいかなくても、2人ならどうでしょう。つまり双子です。人間があたりまえに双子を産めるようになれば、人口が増えるはずです!こんな夢のような話を私は現実にしたい!名付けて…」
“人類双子化計画”
総理が両手を空に掲げて、まるで自分が世界を牛耳る神様であるかのように堂々と言ってのけた。
この会場の人間全員があんぐりと口を開けて固まっていた。
「この計画を進めるために、いま、ここに、全国から優秀な学者と医者を集めました。どうかご協力をお願いします。私と一緒にこの、人類双子化計画を成功させて、日本の未来を救いましょう!」
総理が頭を少しだけ下げた。
「お言葉ですが総理、双子を当たり前にと言いますが、具体的にどんな案を考えておられるんでしょうか…」
先ほどとはまた別の、物腰やわらかな医者がおずおずと発言した。総理はマイクを持ち直し、ふんっと鼻を鳴らすと、あっけらかんと言ってのけた。
「私は政治家だ。人体のことはよくわからない。だから君たちを全国から集めたんだろう?つまり、それを考えるのが君たちの仕事というわけだ」
参加者が困惑した表情でお互いに顔を見合わせた。
「ふ…ふざけるなぁ」
野太い叫びが会場にひびき、それに連なるように一斉に反発の声が会場を包み込んだ。
「我々に人体実験をしろと?」
「こんなことに税金を使うんですか?」
「まるで子供の思い付きじゃないか!」
「何かあったらどうするんだ!」
「責任は全部我々に丸投げする気なんじゃないですか!?」
総理はステージに上がり詰め寄ってくる中年男性たちをなだめるように笑い、負けじと叫んだ。
「も、もちろんっ、するしないはあなた方の自由です!もし私の計画に賛同できないのであればいま、帰っていただいても問題ありません」
会場の出入り口が開けられた。
参加者が時間の無駄だったと愚痴をはきながら乱暴な足取りで出ていく。優地と同じテーブルの中年研究者も、そして巧も後に続くように荷物を手にし席を立った。
「え、ちょっとそんなに帰っちゃうの?」
総理は、ほとんどの人間が出ていくと思っていなかったようで、慌てて扉の前に走り参加者を引き留めた。それも虚しく、参加者は無視するように総理の前を通り過ぎるだけだった。
「優地、今のうち帰ろうぜ」
巧がそう促したが、優地はうつむいたまま動こうとしない。
「おい、優地、みんな帰っていくぜ。もしかしてこんな怪しい計画に参加したいとかじゃねぇよな?」
優地はぐうっと背中を丸めた。自分はここから動かないという意思が伝わってくる。
「は、まじかよ。絶対やめといたほうがいいって。ほら見ろ、大人がこぞって帰るってことは、世間に出たことがない俺たちじゃ計り知れないような、なにか裏があるんだよ」
巧が優地の手を引こうとした時だった。
「ぼくは、とても合理的な考えだと思います!」
突然、優地が立ち上がり叫んだ。その声に会場の人間が一斉に足を止め、まるで隕石が飛んできたときのような、驚愕と絶望の眼差しで優地を見た。
「は?おまえ何言って…」
「約50年前クローンを使って人口を増やそうとした計画がありましたね。総理がおっしゃた通り、それは失敗しました。なぜなら、人間は人間の腹の中で産むという常識の書き換えに失敗したのです。まぁ、これは人間だけでなく哺乳類全体の常識なので本能的に難しいところがあるのでしょう。しかし、双子なら常識の書き換えが可能だと考えます。双子は確率は非常に低いですが生まれて当たり前という常識が出来上がっています。かたちはどうで双子の出産が増えていけば、自然と“双子を生むのは珍しいことではないとない”という常識が生まれるのです。問題は、双子を狙って産むことです。まず双子には…」
いつの間にか帰ろうとしていた参加者全員が足を止め、体の向きを変え、天才、加賀優地に耳を傾けていた。
(加賀優地がそこまでいうなら…もしかするとそうなのか)
日本のブレーン、未来の宝、学者の中では一度は名前を聞いたことがある天才優地が、子供のように目を輝かせ、自信満々に発言するのだ。自然とそうなのかもしれないと納得するのは必然だった。それがたとえ、優地よりもずっと年上で、優地よりもたくさんの称号を持ち、優地よりも世の中を知る人間だったとしても…。
パチパチ
静まり返った会場に小さな拍手が起こった。
いつの間にか、すぐ隣に総理が立っていた。総理は笑っていた。テレビでよく見る、国民に媚びるような、いいこと言おうとカッコつけるような、そんなメディア向けの笑顔だった。優地は総理に話しかけられたことに驚き、この会場のすべての人間が自分に注目していることに気づき、肩をすくめた。
「君、名前は?」
「あ…かっか」
「ん?」
「加賀優地……です」
総理が目を見開いた。
「君が!加賀優地くんか。君は今、私の言ったことは合理的だといったね。君なら双子化計画をどう進めるか…聞かせてくれるかい?」
「は…はい。まず」
優地は人が変わったように頭の中で巡らせた双子化計画を進めるための全容を朗々と語った。
「まずは薬をつくります!」
「薬?」
「はい。まずは薬を使って体の構造をつくり替える必要があります。現在使用されている薬を改良すれば可能かと思います。もちろん薬のめどはたっています。まずは双子出生率30パーセントを目指し…」
優地は今ここで、日本で一番偉い総理大臣に、日本で一番と自負する頭脳を見せびらかしたいと思っていた。自分の考えを聞いてほしい、認めてほしい、驚いてほしい…
優地は即興で考え付いた、双子を確実に産めるようにするための薬について話し続けた。総理は何も言わず、ただただ自分よも何十歳も年下青年の話を聞いていた。
「優地くん」
優地はまだ話したりないと宝石のように光る眼で訴えたが、総理が静かに横に首を振ったことでそれを阻止された。
「君の考えは素晴らしいものだった。どうだろう。ぜひ、君を中心とした人類双子化計画を進めてみないか?もちろん、私が全面協力するつもりだ。君なら私が考えた計画を成功させることができる。君は…」
総理が優地を見つめる。
「日本の救世主になれる」
総理が静かに、つぶやくように宣言した。
優地が感極まってぽろりと涙をこぼした。
優地はこの持て余した頭脳を使って、国という大きな組織を救える可能性があることに歓喜した。ずっと自分はこういうことをしたいと願っていたのかもしれない。優地は漠然とそう思った。
「はい、もちろんです!僕にやらせてください!必ず…必ず成功させます!」
優地が汗ばんだ手で総理の手を握った。優地の顔からは滝のように涙と鼻水が流れていた。総理は一瞬引くように優地から一歩後ろに離れたが、すぐにメディア向けの笑顔を向けた。
「研究に必要なものは何でもそろえよう。物でも人でも…到底手に入れられなさそうなものでも…何でも
相談しなさい。」
「なんでも…」
優地は顎に手を当て目つむった。双子を生むための薬を作りたい。その為には何が必要なのか。優地は目をつぶって口をごにょごにょさせながら、頭の中を巡らせた。しばらくして、優地はまっすぐに総理の目を見た。誰かの目を自分から見て話すことは優地にとっては、初めてのことだった。
「それでは…そうですねまずは研究所、それから病院がほしいです」
「研究所と病院…いいだろう。すぐに手配しよう」
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総理は優地と巧を連れてホテルのタクシー乗り場まで来た。
「今日はありがとう。もう遅いから気をつけて帰りなさい」
総理は二人の手に万札を5万ずつねじ込んだ。
「そ、そんなにもらえないです」
優地をは手汗でべとべとになった手で万札を押し返した。巧は不服そうに自分のポケットに万札をねじ込んだ。
「いいんだ。それに優地くんにはこれからお世話になるんだ。こんな紙切れじゃお礼にならないくらいにね」
総理がガサガサの手で優地の手を包み込みウインクをして見せた。優地はなんだか心のおくがじんわりと温かくなるのを感じた。勉強は出来て当たり前、運動やコミュニケーションは出来なくて当たり前。そんな両極端な人生を歩んできた優地にとって、純粋にこれからの自分の未来の功績に、期待の目を向けてもらえるのは
「僕、頑張ります!必ず総理の思い描く理想の世界をつくって見せます!」
「よしよし。若いのは一度手なずけると可愛いもんだ」
その時、遠くのほうからカツカツとヒールの音が聞こえてきた。
「おぉゆり子君、遅かったな」
細くすっと通った鼻筋、てらてらと光に照らされる唇、
作りもののよううに美しく、賢そうな女性が現れ、たまらず優地の顔が真っ赤に染まった。
「え~紹介しよう。こちらは森川ゆり子。私の秘書を務めている。私は業務で連絡が取れないことも多いから、何かあったら彼女に言いなさい」
ゆり子は洗練された “人間が好感を抱く素直でさわやかで、それでいて少しあどけない笑顔” でほほ笑んだ。
「何なりとお申し付けください」
優地の鼓動が速くなり、腹の中心に熱がたまるのを感じた。
(天使だ…)
優地は瞬きすら忘れてゆり子の顔を食い入るように見つめた。