第7話 渡る世間に鬼ババア
新人アイドルプロモーションビデオで必ずと言っていいほどあるカット
海辺のロケーション
水着のアイドルが精一杯手を振りながら誰かを呼びつつこちらに向かって駆けてくる。
眩しすぎるイチ場面
波を蹴って弾ける水滴が女の子の若々しい肢体を一層輝かしく演出する。
完成されとるね。
だから何度も使われる手法なんだろうね。
だって少々ブスい女の子でも眩しく見えるもん。これをすると。
カメラマンとかがやりたがるんだろうね。
演出がヘッタクソでも可愛く撮れるんだもん。
昭和丸出しのセンスであっても未だ繰り返される。
そのぐらい完璧な、お手軽な、ブスも下手もリセットしてプラスに変換できる強力な演出。
おかしいな。
それとまったく同じシチュエーションなのに、恐ろしさしか感じない。
「デブ」と俺を叫び。
両手の鎌を振り回しながら、水しぶきを蹴って駆けてくる老婆。
裾をたくし上げて、枯れ枝みたいな茶色い足や、はだけた胸元からチラチラ見える
干し芋っぽい揺れるシワシワの何か。
なんでこうなの?
なんで俺を呼ぶのはボインボインの若い女の子じゃなくて、しわくちゃババアなの?
ティファニーのオープンハートのネックレスじゃなくて、ドクロが9つ付いた首かけ数珠なの?
こないだ深夜に店に来たカップルの会話で『オープンハートなんてダサい。今年の流行はプレイフル(遊び心)なネックレスだよ!』ってギャル風の彼女がのたまい、半グレ風の彼氏が「じゃ何が良いんだよッ!」てキレ気味に吠えてて、俺は乾いた営業スマイルを顔に貼り付けながら(この人達も大変なんだな)と思ったりしていたが。
ギャルさん、ドクロのネックレスは遊び心に入りますか?
っていうか、あれは過去に殺しちゃった人の頭蓋骨じゃないの?
「おのれデブぅぅぅーーーーっ!!
ぜったい許さんぞぉぉぉぉーーーーーーー!!」
ババアが叫んで鎌を投げつけてきた。
鎌は、ぶわおーーーんと太い唸り音を上げながら弧を描いて飛来した。
ああ、死ぬんだな。
高速回転しているはずの鎌の様子が、スローモーションにバッチリ見える。
死の直前に起こる現象だ。
おお、この鎌。刃が内側と外側の両方に付いている、鎌というより湾刀だな。
戦闘用のそれだ。
まるでネパールの勇猛なグルカ族が愛用するククリナイフだ。※注
殺気の塊で出来ている。(ククリナイフは通常は片刃)
あのババア、農作業の途中でたまたま鎌を持ってたとかじゃなくて、最初から殺る気マンマンで駆けつけた戦闘民族だったんだね、ワロタ。
唐突に思い出した。
これ『八つ墓村』だ。
「津山30人殺し」事件をモチーフにして作られた映画『八つ墓村』
その殺人鬼が夜霧を蹴散らしながら全身武装で走り迫ってくる、あの光景だ。
人生最後に見るのがリアル『八つ墓村』だったとは。
とことんついてね~なぁ、俺。
カッパを助けたせいでこのざまかぁ。
もし遺言が書けるなら『決してカッパを助けるな』とだけ書き残したい。
したくもないが覚悟した。目を閉じる。
ブシュッ
音がする。
飛来した殺人鎌は、俺に当たらず隣の女の子に命中していた。
「ああああああ、春暮ぇぇぇ~~~~~~~~!!!」
バアさんが、涙をちょちょぎらせて叫んだ。