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第6話  バッドコミュニケーションガール

 

 なんだよ、結局川で洗濯することになるのか。

 こんなとこまではるばるやってきた意味はなんだったのか。

 テンションはガタ落ちである。


「はぁ~~~~~~~」っと

 クソデカため息をつきながら川へと入っていく。


 いかにも冷たそうな清流だったので覚悟したが、程よい冷たさで助かった。

 とても気持ちがいい、さわやかな流れだ。


 ジーパンとシャツ…… ああっ! ブリーフにまで泥水が染みて、お漏らしみたいな情けない色になっている。


 うわぁ……

 こんなの絶対ひとに見られたくないな。

 よーし。


 もう、思い切って川に寝転んで全身をジャブジャブ浸ける。

 これでパンツも少しはキレイになるだろう。

 水面からはぽっこり腹だけが出ている。


 こんなファンタジーな星にやってきて俺は何をやってるんだろう……


 仰向けになって、ピンクの空を見ながら思った。

 この姿勢で空を眺めるの、本日二度目だな。


 と、ふと見ると川上から大きな桃が流れてきた。

 桃は、構って欲しそうにこちらに向かって流れてくる。


 どんぶらこ~。 どんぶらこ~。


 受け止めた。

 そら受け止めるだろう。こんな真正面に来られたら。


 桃は一抱えもある大きさだが、持ち上げてみると意外と軽かった。

 発泡スチロールっぽい弾力だ。

 ものすごくうまそうな甘い香りがする。


 売ってる桃を包んである白い網目の緩衝材。あれを嗅いでる感じだなとも思った。

 仏壇の前に積み上げられたフルーツ、お盆のお供物のイメージがなんとなく頭に浮かぶ。


「よっこいしょと」


 川岸に下ろすと川上を見てみる、上流でこんな桃を栽培してるのだろうか?

 この軽さだと食えそうにないから観賞用かなにかだろうか。


 すると桃から声がした。


「……あの~、よかったら出して頂けないでしょうか?」


 桃の中からだ。


 いやちょっと待て待て。

 ここは竜宮城。

 罠だろ。


 こういうのパカーンと開けたら最後、ボワワ~~ンと白い煙が出てハイ終わり。

 そういうオチだろ。

 本能が警告する。


 というかキュー太郎のせいで、すっかり被害妄想に取り憑かれている。

 絶対酷い目に合うだろうと。



 そんなこんなで躊躇していたら、桃がグラグラ揺れだした。

 中から出てこようと必死に動いている様子だ。

 だんだんとひび割れて、すこし隙間が空いたりしている。


 でもそこまでだった。

 力及ばず、懸命に開きかけていた隙間はすぐ閉じる。

 う~ん、う~ん、やら。ひっひっふー。やらと頑張っているが、力んで止めた息が続かずまた隙間が閉じる。

 そんなことを繰り返している。思いっきり難産だ。


 なにやら中からゼイゼイと絶望的な荒い息も聞こえてくると、流石に黙って見ているのもなんだか気の毒になってきた。


 仕方がないのでひび割れに指をかけて、ぐいぐい~と桃を開けてやった。

 バコーンと発泡スチロールが砕ける要領で桃が割れると、なんと形容したものか。

 押し固めてあったスポンジが開放されて出てくるように『モワモワッ!』っとした質感で。

 ピンク色の髪をした若い女が人間大に拡大しながら出てきた。


 すっくりと眼の前に立った娘は美しかった。

 といいたいところだが、なにか様子が違う。

 基本的に中身も着物も美しいはずなのだが、猫背だ。

 非常に自信なさ気なその姿勢、その物腰、絶対親に「シャンとしろ!」と言われたことが何度もあるであろう、モニョモニョとしたはっきりしない雰囲気が、美しさをリセットしている。


「あ、あの……。たたた、助けて頂いたというか、ななっなんというか。うへへ……。あ、あ、あ、ありがとうございます…」


 なにこれ

 コミュ障だ。このひと。


 たまにコンビニにもこういうお客さんが来るからすぐわかった。

 通常の買い物なら問題ないのだが、こちらから何か尋ねなきゃいけない事があると、とたんに挙動不審になる。そういうお客さん独特のオーラがある。

 その感じだ。


 めちゃくちゃ視線を地面に泳がせながら、十二単みたいなのを着たその娘が礼を言った。


 うんまぁ、礼を言ってはいるが。

 心から感謝してるんじゃないなこれ。とりあえず言わないと怒られたら嫌だからみたいな。

 一時も早くここから逃げ出したい、他人の居ないところへ行きたいといった様子で、絞り出すように言っている声だった。


 別に大したことはしていないし、さっと立ち去ってくれてもいいのだが。


 う~~ん、それよりだ。


 ブリーフ一丁のデブと、姫様みたいな若い娘が、こんなところで相対しているってどうよ?


 もういいから早くどっか行ってくれないかな?

 正直、濡れたブリーフが透けて見えてないか気になって仕方がない。

 今更前を隠すのも意識してますアピールみたいで余計にいやらしいし、なのでギリギリの根性で手を横にして堂々と立ってはいるのだが、本当は今すぐ背中を向けたいくらい恥ずかしいんだ。

 察してくれよ、そういうところ。


 いや、他人の気持ちを察するとか出来ないから『コミュ障』なんだよなぁ。

 俺もバイトを始めるまでは。というか今でも根っこの所はそうなので、どうしようもないことなのはよく分かる。


 しかし、参ったなぁ。

 俺もこれ以上なんて言えばい良いかなんて分からんぞ。困ったな。


 俺の気持ちと裏腹に、娘はモジモジとまだ何かを言いたそうにしていて、一向に立ち去る様子がない。


「お……、お礼はもう良いんで、どうぞ……行ってください」


 俺までなんか、ぎこちなさが移ってしまったような、変な感じでたどたどしく言い淀んでると、どす黒い叫び声が川下の方から響いてきた。


「そこのデブぅぅぅーーーーっ!! 

 わしの娘に何をしたぁぁぁーーーーーーー!!」


 見ると、鬼の形相をした老婆が水しぶきを上げながら川を遡ってくるではないか。




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