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第7話

 

 クリスティーナが社交界デビューをする日の夜、ボクは城の屋上で空を眺めていた。綺麗な星空の日だった。


 アイオライト魔法学院に入学して彼女に会える日が減ったのは、学業もあるが問題はボクの隣にいるヤツのせいだった。


「殿下、風邪をひきますよ」


 夜空の色に似たダークブルーの髪に金色の瞳をした少年。ウォルター・モルガナイト。将来ボクの部下になる少年だ。


 まだ十二歳の少年には似つかわしくないポーカーフェイスでボクを見つめていた。最近、彼はボクが他人の感情に機敏であることに気付いて、感情を悟られないように表情を作っているようだった。彼が僕の行動に目を光らせているのもあって、最近、彼女の下へ向かえなくなっていた。


「君はボクのお母さんか」


 ボクは苦笑して、そのまま月を見上げた。


「悪いけど、風にあたらせて……」

「先週から様子がおかしいですよ? 具合でも悪いんですか?」

「そんなことないよ……」


 先週と聞いて、ボクは彼女の言葉を思い出した。


『私、とうとうシヴァルラス様の婚約者候補になったのよ!』


 いつになく嬉しそうに言った彼女に、ボクは心の底から喜べなかった。

 胸の痛みが走ったあと、呪詛のような言葉がボクの脳裏を過った。



『選ばれなければよかったのに』



 もっと早く、胸の痛みの理由に気付いていれば。そう思うとボクは笑いたくなってしまう。


「殿下?」


 不思議そうにボクを呼ぶウォルターにボクは振り返り、自分の口元に人差し指を立てた。


「ねぇ、ウォルター。今日、ボクがここにいること、父さんやみんなに内緒にしてくれない? 一人になりたいんだ」


 そうボクが言うと、彼のポーカーフェイスが崩れて戸惑いに変わる。そんな彼にボクは内心で「まだまだだなぁ」と苦笑した。


「でも……」

「お願い。今日だけ……日付が変わる頃には部屋に戻るからさ」


 ボクがそう言うと、彼は長い沈黙のあと、深くため息をついた。


「…………分かりました。風邪をひいても知りませんよ?」

「ありがとう、ウォルター」


 彼が屋上を出て行くのを見送ってから、ボクは魔法陣を展開した。


 ボクはボク自身のまま、クリスティーナが参加しているであろう社交界の会場へ転移する。もちろん、姿眩ましの魔法を行使しているため、誰もボクがいることは気づかないだろう。


(まあ、隣国の王子がお忍びで来ているなんて、誰も思わないか。国外の王侯貴族が参加するような公務にも出てないし)


 会場へ向かうと、クリスティーナの姿はすぐに見つかった。


 白いドレスを身に纏い、綺麗に化粧も施されている。会場の中でもひと際目立つその可憐さに異性からの注目の的だった。その証拠に、彼女は休む間もなくダンスを誘われている。


 ボクはダンスが終わった彼女に近づくと、彼女は一瞬疲れた表情を見せた。そしてバルコニーへ移動する。それを見た男達が彼女を追おうとしたのを見て、ボクは足を速めた。


「そこのお嬢さん」


 彼女がバルコニーの扉に手をかけた時、ボクがそう声を掛けると淑女の笑みを浮かべたクリスティーナが振り返る。


「はい……あっ!」


 ボクは彼女にも目眩ましの魔法をかけるとそのまま彼女の手を引いて会場を飛び出す。そして、空いている一室へ連れ込むと、クリスティーナは警戒した様子でボクから離れた。


「だ、誰! こんなところに連れ込んで一体……」

「誰ってひどいな~、クリスティーナ! ボクのこと忘れちゃったの?」


 ボクはおどけた調子でそういうと、彼女は大きな瞳をさらに大きく見開いた。

 そして、信じられないと言った風な顔で、ボクを見上げる。


「まさか…………ジェット?」

「そうだよ。この姿では初めましてだね」


 ボク自身がこうして彼女の前に姿を見せたのは、今日が初めてだ。ウサギの人形だった悪魔が人の姿で現れれば、彼女も十分驚くだろう。


「あ、貴方……人の姿にもなれるの⁉」

「うん、どちらかといえば、こっちが本体かな? びっくりした?」


 彼女の驚きように満足してそう言うと、クリスティーナはまだ信じられないのかボクを舐め回すように見つめる。


「目が……赤いのね」

「うん、まあ悪魔だしね」


 ボクの国のような伝承がなくても、この国では赤い目が珍しいだろう。ボクが自嘲気味にそう言うと、彼女はまじまじとボクの瞳を見つめる。


「綺麗……」

「え?」

「私、赤が好きなの。貴方の赤い瞳も綺麗で素敵よ、ジェット」


 そう彼女が微笑むと、再び胸が痛んだ。ボクはその痛みをこらえて笑顔を作る。


「ありがとう。そして、社交界デビューおめでとう、今日から君も大人の仲間入りだね」


 綺麗になった彼女を改めて見つめる。綺麗に着飾った女性はいくらでも見てきた。それでも彼女はどんな女性にも負けない輝きを放っている。その輝きが一体誰の為に放っているのかをボクだけが知っている。


「どんなに美しいと言われたおとぎ話のお姫様も嫉妬してしまうくらい、今日の君はとても綺麗だよ」


 思ったままの言葉を口にすると、彼女の頬が紅潮していくのが暗がりの中でも分かった。そして、恥ずかしさ紛れに彼女は笑って見せる。


「もう、ジェットったら……」


 そうしているうちに、遠くから音楽が聞こえてきた。そろそろ曲が始まる頃だろう。ボクは彼女に言った。


「ねえ、クリスティーナ。前に君が言ったこと覚えてる?」

「え?」

「ボクが人の姿になれれば、一緒に踊ることができるのにって」


 彼女は一瞬目を見開いた。彼女にとって、あの時の言葉は何気ないものだったのかもしれない。それでもボクは彼女の手を取り、月明かりが差し込んでいる部屋の中央へ移動した。


 そして、ボクは一度手を放すと片膝をついて彼女を見上げる。



「決して手に届かぬ高嶺の花。どうか私と踊ってくれませんか?」



 もう彼女はボクの手が届かない場所にいる。どんなに望んでも、もう彼女の手を取ることは許されないだろう。

 今日という日を除いて……。


「はい、喜んで」


 彼女はボクの手を取り、柔らかく微笑んだ。


第7話 悪魔と淑女

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