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第5話

 

「ジェット、聞いて! 私、初めてお茶会に参加することになったの!」


 ある日の昼下がり、彼女は興奮気味にそう言った。

 なんでも、彼女の国の第三王子がお茶会を開くらしい。彼女のお兄さんは第一王子と仲がいいからそのツテで招待されたのだろう。


(普通は兄弟間で派閥が生まれるから、セレスチアル家は第一王子派扱いなんだろうけど……)


 この国の王族事情は変わっている。

 彼女の父、セレスチアル侯爵は元々現国王の弟、現レッドスピネル公爵の派閥だった。しかし、現在はレッドスピネル公爵と国王の間で使い走りをしている。


 そして、彼女の兄は第一王子に懇意されているにも関わらず、第二王子とも仲がいい。


 八方美人と言ってしまえば簡単だが、それ以外にも何か理由はありそうだ。


「よかったね、クリスティーナ。もしかしたら王子様と仲良くなれるかもよ?」

「王子様と?」

「そう。君のお兄さんも王子様と仲がいいだろ? 大体お茶会っていうのは仲のいい友達を作る為にあるんだよ」


 正確には、貴族達が繋がりを作るために催すものなんだけど、今の彼女には分からなくていい。きっと、そのお茶会も友人や婚約者を選考するための場であることは間違いない。


(ま、ボクはしたことがないけど!)


 魔力が覚醒する前は兄や姉のお茶会についていったことはあるが、魔力が覚醒してからお茶会を開いたことがない。開いたところで貴族たちは困惑するだろう。


 彼女は少し不安げにボクを見下ろす。


「お友達……ジェット以外にもお友達が作れるかしら……」


 ……ん?


 彼女の言葉にボクは困惑する。


「友達?」

「え? 違うの? ジェットと私は友達でしょ?」


 ボクには友達と呼べる人がいない。友人候補として連れてこられた子爵家の三男坊は、常に臆病でボクを怖がっていた。年齢を重ねていくにつれて平静を装うようになったけど、内心ではボクに怯えているようだった。友人というよりも部下のような存在である。


「友達……」


 その新鮮な響きにボクは心を震わせる。


 ボクと彼女の間に気遣いはいらない。お茶をしたり、遊んだりする関係は確かに友人だろう。八歳の少女に促されて気付くなんて、ボクは鈍感すぎる。


「そうだね。ボク達、友達だね」


 こうしてボクは人生二周目で初めての友達を手に入れた。


 ◇


 とうとう彼女が初めてのお茶会に参加する日が来た。


 綺麗に着飾った彼女が初めてのお茶会に期待に胸を膨らませていた。ボクは彼女のお人形として抱きかかえられていた。


「お城へ行くのも初めてだわ! お友達をちゃんと作れるかしら?」

「楽しみだね、クリスティーナ。安心して、何かあったらボクがちゃんと助け船を出してあげるから」

「本当? いつもみたいに意地悪したりしない?」

「しないよ。ボクだって、クリスティーナにお友達ができるのは嬉しいことだしね!」


 そう、その言葉に偽りはない。いつまでも悪魔という幻想の友達とは仲良くできない。

 いつかは別れを切り出さないといけないことをボクは分かっていた。


(ボクだって王子様だし、人生二周目は順調に進んでるからね)


 人生二周目のボクは優秀なジェット王子として過ごしている。あまり優秀過ぎると兄の即位に影響が出てしまうので、ほどほどに手を抜いていた。そのおかげで自国での評判は一周目よりも良いものだった。十三歳辺りになれば、きっと公務にも参加しなければならなくなる。


(まあ、お別れのことを考えるのはまだ早いか。まずは彼女の初めてのお茶会を見守ってあげよう)


 人生一周目の時、この国に足を踏み入れたことはない。しかし、この国の第一王子と第二王子の名声は自国にも聞き及んでいた。


 博識で底知れない探求心を持つ第一王子。武を極めた第二王子。特に第一王子は自国に留学したことがあり、その異才を持てあますことなく発揮していた。


(第三王子はあまり話に聞かないんだよな……どんな人だろう)


 ウサギの人形のボクは、彼女に抱きかかえられて城の中庭に入る。


 そこにはすでに色とりどりのドレスに囲まれた少年の姿があった。

 金髪に夕暮れを閉じ込めたようなオレンジ色の瞳はこの国の王族の特徴だ。


(あれがシヴァルラス・ヘリオライトか。兄王子達とは全然雰囲気が違うな)


 見るからに気弱そう。実際に、王子様のお気に入りになりたい少女達に囲まれ、シヴァルラスは適当にあしらうこともできず、困っているようだった。これでは先が思いやられる。


「クリスティーナ、あれが王子様みたいだよ…………クリスティーナ?」


 ボクは小声で話しかけるが、彼女から反応がない。ボクは彼女を見上げると、彼女はいつになく緊張しており、普段の淑女の顔がすっかり剥がれ落ちていた。


「く、クリスティーナ? 大丈夫?」

「だ、大丈夫よ! ジェットはベンチでちょっとお留守番をしてて……」


 挨拶をするのにボクを抱えていては邪魔だろう。彼女はボクをベンチに座らせると、緊張した面持ちのまま、第三王子の下へ向っていった。


(大丈夫かな……クリスティーナ)


 ボクは人形に使っていた遠隔魔術を切り、その場で作った自分の分身に目眩ましの魔法をかける。そっと近くから彼女をから見守っていると、彼女は手足を同時に前に出すほど緊張していた。


 優雅さもかけらもない。背伸びしていつもよりヒールの高い靴を用意したのもあって、少しふらついていた。


 いつも通りの彼女だったらこんなこともなかっただろうに。


 そんな彼女の様子に他の少女達がくすくすと笑っているのも分かる。この歳ですでに女の戦いが始まっているかと思うと、女性社会というものは怖い。


 彼女の姿に気づいた第三王子が、疲れ気味に笑顔を見せる。


「こんにちは、ようこそいらっしゃいました」


 そう声を掛けられ、クリスティーナの緊張が最高潮に達したのだろう。笑顔が完全に引きつっている。


 彼女はドレスの裾を捌いて礼をした後、練習した口上を述べるはずだった。


 よくみると頭を下げたまま彼女が真っ赤な顔をして、口をパクパクとさせていた。


(ま、まさか、挨拶が飛んだ⁉)


 あれほど必死に練習していた彼女があたふたしていると、周りにいた少女達の笑い声が大きくなる。


「どうしたのかしら」

「挨拶もできないなんて、どこの子?」

「王子様とお話したいのに早くしてくれないかしら」


 そんな心無い言葉がさらに彼女を急かしたのだろう。か細い声で「あの、その……」と言葉を繰り返していると、彼女がバランスを崩して前から倒れる。


「うわ、あぶない!」


 ボクが咄嗟に身体が前に出た時、たまたま通りかかった給仕にぶつかった。ボクの分身って、ちゃんと実態があるんだよね。


 ボクにぶつかった可哀そうな給仕はグラスが乗ったトレーをひっくり返した。

 それは転んだ彼女の上に降りかかり、パステルピンクのドレスが飲み物でまだら模様に変える。


 じわりと彼女の目に涙が浮かんだのが分かった。


「し、しまった! クリスティー……」

「大丈夫かい?」


 さっと手を伸ばしたのは他でもない第三王子だった。


 彼はクリスティーナを起き上がらせると、すぐにメイド達に部屋や着替えなどの手配を頼む。そのテキパキとした指示にボクは意外性を感じながらも、その様子を見守る。そして、泣く彼女の手を引いて、会場を後にした。


 ボクはウサギのぬいぐるみをつれて彼女達の後を追いかけた。どうやら、彼女は客室へ案内されたらしい。泣きじゃくる彼女の頬に彼はハンカチをあてがった。


「大丈夫?」

「わ、わたし……お父様とお兄様たちが一生懸命選んでくれたドレスを汚してしまいました……王子様にもご挨拶ができなくて……ひっく、わたし、かんぺきな淑女になるのに……はじめてお茶会にお呼ばれしたのに」


 嗚咽交じりにそう言う彼女に、彼は優しく微笑んだ。


「初めては誰でも失敗する。これから努力を積めば、君はきっと素敵な淑女になれるさ。だから、泣くのはお止め」


 そこの言葉を聞いて、彼女の深紫色の瞳が見開かれる。


 それと同時に、彼女の胸の光りが、心の色が大きく変わった。


「え…………」


 淡く色づくそれは、まぎれもなく恋の色。温かくやわらかな色はきっと彼女の穏やかな初恋を表しているのだろう。


 ズキリと胸が痛んだ。どうしてそんな感覚がしたのか分からず、ボクは胸に手を当てた。


「ドレスが綺麗になったら、また中庭に来るといい。それまでには腫れた目も治っているよ」

「は、はい……あの、御挨拶が遅れました。私、クリスティーナ・セレスチアルと申します」

「ああ、君が。貴方のお父様やお兄様にはお世話になっている。私はシヴァルラスだ。じゃあ、また」


 そう言って彼は部屋を後にすると、ボクは人形を操り、彼女の下へテクテクと向かう。


「クリスティーナ!」

「ジェット……?」


 彼女の肩によじ登り、彼女の頭を撫でてあげる。


「ごめんね、助けてあげるって言ったのに、助けてあげられなくて!」

「ううん……いいの……ねぇ、ジェット」

「なに?」


 ボクは小さく首を傾げた。

 彼女は顔を真っ赤にさせて胸を押さえていた。


「胸がすごいドキドキするの……顔も熱くて……私、風邪でも引いたのかしら?」


 彼女にとって、これは初恋だ。胸の気持ちが一体なんなのか分からないだろう。ボクはなぜか声が震えそうになり、それを誤魔化すようにうんと明るい声を出した。


「え~! それは大変だ! ドレスを綺麗にしてもらったら早く屋敷に帰ろう」


 彼女の初恋の色は、出会った頃よりも輝きが増して、とても綺麗だった。



第5話 初めての感情

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