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第4話

 

 彼女と知り合い、楽しい毎日を過ごした。といっても、ボクは人形に憑りついた悪魔だってことにしてるから二人で遊べる内容も制限されちゃうけどね。


 今日は二人でお茶会をしている。彼女の前にはお菓子や紅茶が用意されているけど、ボクは食べられないからね。おままごと用のティーカップと綿が詰まったにんじんの玩具が代わりに置かれている。


「へー、クリスティーナは完璧な淑女を目指してるんだ?」


 ボクはティーカップを取って、飲む真似をする。


「そうよ。私はお母様のような社交界の高嶺の花と呼ばれたいの」

「でも、クリスティーナのいう完璧な淑女ってお人形さんみたいな子なんだろう?」


 彼女の家は人形使いだ。父と兄は変態染みた面食いで、彼らが操る人形は人間に見間違うほど精巧なものだ。人形の表情すらも操るその技術は、ボクの祖国にもない。彼女のいう完璧な淑女とは彼らが操る人形のことなのだ。


「ええ、その方がお父様もクォーツお兄様も喜んでくれるんだもの。お母様は……あまりいいお顔はしないけど……」

(そりゃ、そうだろうな~……)


 確かに彼女の笑みも、所作も人形のように綺麗だ。彼女の父と兄が褒めてくれるという喜びから、必死に努力した賜物だろう。貴族の娘としては理想に近いものだが、母親からすれば複雑なのは想像に難くない。彼女はまだ八歳の子どもだ。政治も貴族社会のしがらみも知らない彼女が、すでに人形のように扱われれば、可哀そうと思うだろう。


「クリスティーナ、完璧な淑女を目指すことはいいことだけど、子どもの頃ってとーっても短いんだよ? 子どもの頃にできることは今の内にしなくちゃ、損だと思うんだ」

「お母様と同じようなことをいうのね、悪魔なのに」

「キミよりも、うーんと長く生きてるからね」


 正確には精神年齢の話だけど。


(でも、勿体ないなぁ……)


 彼女の心はガラスのように透き通っていて綺麗だ。それだけ彼女が高潔で、清らかな少女であることの証明だろう。彼女の笑みも洗練されてとても綺麗だ。だからこそ、彼女が子どもらしく無邪気に笑う一面も見てみたいという好奇心がボクの中にあった。


(ボクはともかく、彼女はまだ八歳だよ? この国の社交界デビューって確か十四歳。まだまだ先じゃないか)


 ボクは人生二周目の子ども時代を甘受しているが、彼女は違う。もっと彼女は他人の刺激を受けて自分の感情を知るべきだ。


 ふと、彼女の皿に残っていた一枚のクッキーが目に入り、ボクは思いついた。


 ──皿に残っている最後の一枚、それをボクが食べたら、どんな顔をするのだろう。


 それはただの好奇心だった。人生二周目をしているとしても、肉体はまだ子ども。初めてできた同い年の友達がどんな顔をするのだろうかという好奇心には敵わなかった。


 彼女がその最後の一枚に手を伸ばした時、ボクは掠めとるようにクッキーを人形の口に放り込んだ。


(さあ、どうだ!)


 どうせ、彼女のことだ。意外にお姉さんぶって「もう、お行儀が悪いわよ」と叱るかもしれない。そう思いながら彼女を見上げると、ボクは彼女の表情を見て固まった。


 深紫の瞳が涙で揺らめき、可愛らしい唇が小さく震えている。


「あ、ああ……」


 今にも泣きだしそうな表情だが、いじらしく必死にこらえてボクに何か言おうとしていた。

 いつものすました彼女の淑女の顔が、剥がれた瞬間だった。年齢相応とも言えるその表情にボクは不謹慎にもこう思ってしまった。


(か、かわいい…………っ!)


 妹の泣き顔は見たことがあるが、それを可愛いと思ったことはない。


 泣かせてしまった罪悪感よりも彼女の新しい一面を知った喜びと高揚感でボクの胸の中が満たされていく。彼女のそう言った顔をもっと見たいと思ってしまった。


「な、なんで人形なのに、食べちゃったの……!」


 泣くのを必死にこらえながら問いただす彼女に、ボクはしれっと答えた。


「いやー、クリスティーナが美味しそうに食べてるからさ。ボクも食べたくなっちゃって!」

「言ってくれれば、半分こしてあげたのに! もう! もう!」


 彼女自身も、クッキーを取られたくらいで怒るのも淑女としてどうかと悩んでいる所だろう。ボクはさらに追撃する。


「あれ~、ここに子牛ちゃんがいるな~? カウベルでもつけてあげようか?」


 そうからかってやると、彼女はぐっとこらえる。

 そんな表情もまた可愛い。


「意地悪っ! なんて意地悪なことをいうの!」

「あれれ~? クリスティーナ、ボクのことを忘れちゃったの?」


 ボクは声を弾ませていった。


「ボクは悪魔だよ?」


 こうして悪戯好きの悪魔ジェットが生まれたのだった。



第3話 いたずら好きの悪魔と小さな淑女

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