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第22話

 

「ねぇー、ク~リ~ス~っ! クリスってばぁ! 機嫌直してよ~」


 頭からジュースをかぶってしまった淑女をボクは後ろから抱きしめた。

 あの後、シヴァルラスに別室へ案内されたクリスは、城の侍女たちに風呂に入れられた。


 まだら模様になった彼女のドレスはいま別室で染み抜きをしてもらっている。今の彼女はワンピース型の下着の上から大きめのガウンを羽織っていた。まるで毛布をかぶっているみたいで愛らしい。


「ねぇ、クリス~! ごめんって……ねーえ!」

「…………」


 彼女が風呂から戻ってきた後、どんなに声をかけても無視を決め込んでいる。それがボクへの報復のつもりなのだろう。

 彼女は侍女たちが用意してくれたクッキーを口に運ぶ。


「あー、くっきーおいしいなー」

「もぉ~、クぅ~リぃ~スぅ~っ! ごめんってぇ~っ!」


 感情がこもっていない言葉にボクは思わず笑いそうになるのをこらえながら、彼女を再び抱きしめた。


「騒ぎ起こした事とか、ジュースかけた事とか悪いと思ってるよぉ~! ボク、猛反省!」


 でも、個人的には大成功、大満足。


「本当に…………悪いと思っているの……?」


 うんと低い声で彼女がボクを睨みつけている。完全に淑女の顔を脱ぎ捨てた珍しい表情に、ボクはにっこりとしてしまう。

 うん、そんな顔をするボクの淑女も可愛い。


「うん、思ってる!」


 彼女の父と兄が気合い入れて用意したドレスと髪型をダメにしてしまったのは、悪いと思っている。が、他は何も反省していない。あ、でも二号をダメにしたのも悪かったと思っているよ。洗濯ができないとは知らなかったからね。


 彼女はボクの態度から反省していないことを察したのだろう。わざとらしく怒っていることを態度に出していた。


「貴方のせいで、お父様とお兄様にも迷惑がかかるのよ? どうするの、今後お父様とお兄様がお城で肩身の狭い思いをしたら!」

「えぇ~? あの変態なら、そんな些細なこと気にしないって! それにキミだってシヴァルラス……殿下だっけ? あの人の玉の輿に乗るなら、アイツなんてどうでもいいし。それに殿下とも二人きりでお話しできたでしょ?」

「ええ、そうね。私はひたすら平謝りしてたけどね!」

(ああ、あれは素晴らしい謝罪だった)


 あの騒ぎの後、別室に案内してくれたシヴァルラスに、彼女は平蜘蛛のように頭を何度も下げた。そして、またヴィンセントに謝罪することを伝えたのだ。


(あれだけ大騒ぎを起こしたら当然か)


 王族主催のお茶会で騒ぎを起こせば、普通の貴族なら寿命が縮むような思いをするのは当然と言えよう。

 しかし、彼女は王族とも縁深い家柄。子どもがやったことだとお咎めを受けることはないはずだ。


(しかし……びっくりしたな……)


 今回、ボクが騒ぎを起こして分かったことがいくつかある。


 まずは彼女の内面的な成長である。

 シヴァルラスに謝る腰の低さと潔さ。それは今までの彼女と比べ、今のクリスの精神年齢が上がっていることを明確にするものだった。


(熱が出たら精神年齢が上がる? 次に熱が出た後、おばあちゃんみたいな貫禄が出たらどうしよう……いや、それはそれで面白いかも)


 そして、もう一つ。彼女はシヴァルラスに恋をしなかった。


 これは予想外という言葉以外に何もない。実際に、彼女の顔の好みに彼が当てはまっていたわけだし、彼に恋をしなかった世界線は今まで一度もない。そして、あのヴィンセントのことだってそうだ。


「クリスの為に騒ぎを起こしたのになぁ~っ! アイツ、淑女のクリスの事を『独りぼっちで可哀そうぉ~』とか『辛気臭そうな顔してるなぁ~』とか言ってたんだよ? おまけに婚約者にしてやるぅ~とか言っちゃって。あんなのと結婚したら、絶対に後悔するね!」


 というか、結婚なんて親が許してもボクが許さないぞ。しかも、君以外の女に恋する未来を持つ男だし。


「だからって、相手に恥をかかせちゃいけないわよ? 公爵家に喧嘩売ったせいで私が結婚できなかったらどうするの?」

「大丈夫だよ~っ! その時はボクが何とかしてあげるっ! キミがほんのちょ~っとボクに魂を……」

「それは却下よ」

「ぷっぷのぷ~っ! クリスったらつれないんだから!」


 まったく、ボクがどれだけ本気かも知らないで。君がただ「はい」と頷いてくれるだけで、ボクはハッピーなんだけど。

 ボクはテーブルにあったクッキーを口に放り込んだ。うん、ココアの風味とアーモンドがいい感じ。


「クリスの紅茶飲んでいい?」

「いいわよ」

「ありがとう~」


 ボクは紅茶で口の中を潤す。うん、いい仕事をした後の紅茶は美味しい。

 ボクは部屋にある時計に目をやると、時計の針はお茶会の終わりの時刻を告げようとしていた。


(あとは、クリスがヴィンセントに謝れれば帰宅……かぁ)


 クリスはヴィンセントを怒らせたことをすごく気にしていた。シヴァルラスにクリスが彼に謝りたいという誠意を見せたおかげで、声をかけてくれると言ってくれた。


(あのちびが素直に来るのかな……?)


 部屋のドアをノックされ、クリスのドレスを抱えた侍女が顔を出した。


「クリスティーナ様、ヴィンセント様が部屋の外でお待ちです」

「えっ! い、急いで着替えます!」

「へぇー、本当に来たんだ?」


 また何か失礼なことを言ったら、二号で……と思ったけど、どうやら二号はまだ洗濯に時間がかかるらしい。洗濯ができない素材だから、丁寧に汚れを落としてるんだってさ。


(ちっ……命拾いをしたな、ヴィンセント)


 クリスがドレスに着替え終え、部屋にヴィンセントを招きいれた。

 相変わらず、ぶすっとした不機嫌そうな顔をしている。まあ、彼が思っていることなんて、心を見るまでもないけど。


「ヴィンセント様、大変お待たせしました。失礼な事ばかりした私の為に、足を運んでくださりありがとうございます」


 彼女が淑女の顔を貼り付けて深々と頭を下げて謝罪をすると、ヴィンセントは口をへの字に曲げる。眉間に皺まで寄せて、なんとも子どもらしくない。


「ああ、本当はお前が悪いんだ。けど、女に足を運ばせるのは男として悪いからな」

「チビのくせに生意気だなぁ~……お前のおやつにピーマン入れてやろうか? あーん?」


 ボクは知ってるんだぞ、お前がピーマンが大嫌いだってことをな! さっそく今晩、お前の屋敷に言って、食事に混ぜてやろうか!


「ピーマンの苦みに悶え苦しめ」


 そして、あの青臭さにむせてしまえ。


「はい。心より感謝致します。貴族の娘として、公の場で相手に恥をかかせる行為は許されるものではございません。私はどんな言葉も罰も受け入れるつもりでございます」

「クリス~っ! こんなのに頭下げてそこまでいう必要ないよ!」


 コイツに頭を下げる意味はない。総合的には良いヤツだけど、悪いヤツじゃないけど。

 ヴィンセントは頭を下げているクリスをじっと見つめている。その顔はどこか怒っているような、困っているような、とても複雑だ。


「…………頭……上げろよ」


 ヴィンセントがそう消え去りそうな声で言い、クリスが顔を上げる。

 あのちびは、何を迷っているのか口をもごもごと動かし、最後には顔を逸らした。


「オレも……ったよ」

「え?」


 正直いうと、ボクも聞き取れなかった。彼女が聞き返すと、ヴィンセントは顔を真っ赤にしてこっちを向く。


「オレも、悪かった!」


 やけくそ気味に言った言葉に、クリスはぽかんとしてしまう。それはボクも同じだ。まさか彼が謝るなんて思いもしなかった。あの意地っ張りな性格だ。せいぜい「口の利き方には気をつけろよ」と生意気なことをいうものかと思っていた。

 淑女の顔が剥がれかかった彼女が、ゆっくりと口を開く。


「へ……? なんで?」

「お前の事、可哀そうとか辛気臭い顔とか……女にいう言葉じゃなかった。男……じゃなくて……その、シンシとして、ヒンセイを欠いた言葉だった。つまんなそうな顔してたから……その……笑わせようっていうか……笑顔が見たかっていうか……まあ……ごめん」


 つまらなそうな顔。それはクリスの淑女の顔のことだろう。さすがのボクもアイツがクリスを笑わせようとしていたなんて、微塵にも思わなかった。一体、どの部分で笑わせようとしたんだ?


「おい、なんか言えよ!」


 クリスはまた自分の世界に入り込んでいたようだ。ヴィンセントの話を最後までちゃんと聞いていたかな?

 彼女ははっと我に返ると、淑女の顔を完全に外した笑みを浮かべる。


「ふふっ……ヴィンセント様って実はお優しいのですね」

「な、なんだよ急に……?」

「だって、ヴィンセント様に向かってあんな悪口を言ったのに、貴方はジュースから庇ってくれようとしたでしょう? ヴィンセント様はお優しい方なのです」

「っ!」


 ヴィンセントは青い瞳を大きく見開くと同時に、ぽぽぽぽっと顔が赤くなっていく。真っ赤な頭から湯気が立ちそうな勢いだ。


(おや、これは……?)


 ボクはヤツの心を見ると、彼の心の色が淡く色づいていく。それはさきほどの友愛とはまた違う色。それが何を意味するのか、口にするまでもなかった。


(え、うそでしょ? 二号! 二号はなぜここにいないんだ!)


 どうにかして彼女への心象を下げねばならない。しかし、二号がいない今、ボクが何かを仕掛ければ、ただの幽霊騒ぎになってしまう。それでは意味がない。


(まずい、このままだと、このままだとーっ!)


 ヴィンセントが瞬きを何度もして何か言いたげに口を開いた時だった。


「ふふっ、チビ……」


 突然、彼女の口から飛び出した言葉に、ヴィンセントもボクも固まった。いったい、何を考えていたらそんな言葉が出てくるんだ。


「……あ?」

「はっ!」


 やってしまったと言わんばかりに、息を呑む音が聞こえた。


「チビ……?」


 額に青筋を浮かせたヴィンセントに彼女はすぐに淑女の顔を貼り付けて取り繕う。


「ち、違います。ヴィンセント様は小さくて可愛らしい方だと……」

「オレが……小さくてかわいい?」


 自ら火に油を注いでいくボクの淑女。いいぞ、もっとやれ。

 ヴィンセントの目に薄らと涙が浮かぶ。持ち上げて下げられた彼女の言葉に、きっと悔しさがこみ上げてきているのだろう。


「クリティーナ……セレスチアル……」

「は、はい……」


 ヴィンセントが声変わり前とは思えない低い声で彼女を呼び、彼女の背筋がすっと伸びる。



「いつか……いつかぜッッッッッたいにチビと言った事を後悔させて、ぎゃふんと言わせてやるからなっ!」

「は、はいっ⁉」

「いいかっ! 絶対だぞ! 覚えてろよ! オレは絶対にやる男だからなあ!」



 ドアを閉めるその瞬間までそう叫んでいった。

 緊張の糸が切れたのか、クリスはその場に膝をついてしまった。


 そんな一連の流れに、ボクは必死に笑いをこらえながら、彼女の肩に手を置いた。

 彼女が「やっちまった」と言わんばかりの顔をしてこちらを向いた。


 今回ばかりは、クリスの謎の発言に助けられたボクは、がっつり親指を立てた。


「自分から喧嘩を売るなんて、さすがクリス! 淑女~っ!」


 そして、とうとう笑いがこらえきれなくなったボクは、迎えの馬車が来るまで笑い倒した。


第22話 予想を超えた収穫


初めてのお茶会編 終了。

連続更新は一度ここで区切らせていただきます。

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