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第2話

 


「できた……」


 あの惨劇から数年の時が過ぎた。血で汚れた玉座の前で、ボクは一つの魔法陣を完成させる。

 それは、大賢者、アイオライトが残した禁書に記されていた時を遡る魔術に改良を加えたもの。これはボクが学院に在籍していた頃から研究していたが、ただの机上の空論でしかなかった。


 それが今、理論上可能の状態で目の前にある。


 過去に遡ることが出来るのは、ボクの魔力が覚醒した日。

 それは今のボクという存在がいて、絶対に覆らない事象。


 ──もし、六歳まで時が戻ったら……


 そう考えた自分を自嘲してしまう。


「馬鹿だなぁ……ボクは」


 理論上可能であるとしても、この理論はとんでもない矛盾も孕んでいる。失敗する確率の方が高いのだ。

 ボクは玉座の背後に立つ大きな彫像を見上げた。


 それは、初代国王を導いたと言われている大賢者、アイオライト。

 この国の名前はこの大賢者から貰い、彼に導かれた王族は代々彼を崇拝していた。

 幼いころから身近にある信仰だったが、ボク自身は彼を信仰していない。


 ──いいかい、ジェット。アイオライト様はいつも私達を導いてくださる。例え、赤い瞳を持っていようと、アイオライト様はきっとお前を導いてくださるだろう。


 そう、幼い頃に父が語った言葉を思い出し、ボクは大賢者の前で膝を折った。


「偉大なる大賢者、アイオライト。貴方が導き、祖と築き上げた国を滅ぼし、これから犯す我が愚行をどうかお許しください」


 もちろん、彫像が返事をするわけがなく、ボクは静かに立ち上がった。

 ボクは魔力を捧げ、魔法陣を発動させる。

 魔法陣に刻まれた術式が魔法陣の外へ広がり、室内を覆い尽くしていく。壁や床にまで伸びた術式によって、時を巻き戻すための書き換えが始まっているのだ。


 その術式は城の外まで広がっていき、そのうち国全体を覆っていくだろう。しかし、この国の時を巻き戻すだけでは意味がない。


 事象に齟齬を生まない為には世界全体の時を巻き戻す必要がある。世界まで書き換える為にはいったいどれだけの魔力を必要とするか。これが机上の空論と言われた理由だった。


 ──ああ……もし、あの頃に戻れるなら……


 術式がボクの身体に刻まれていき、ボクは、そっと目を閉じた。



「悪魔の目だ!」

「殿下が悪魔に憑りつかれた!」


 悲鳴のような声がし、ボクはハッと顔を上げる。

 ボクを囲んでいた侍女と侍従たちが顔を真っ青にして見下ろしていた。


「え…………?」


 何故、ボクは見下ろされているんだ?


(ここは……?)


 ボクは周りを見回すと、そこは王城の中庭だった。さっきまで自分は玉座の間にいたはずだ。


(もしかして……)


 ボクは侍女達の間をすり抜けて、噴水を覗き込んだ。

 水面に映ったのは、ボクの顔。しかし、ただのボクの顔じゃない。


 ──三十歳を過ぎていたはずボクは、六歳の姿だったのだ。


「騒ぐのではありません! 殿下に不敬ですよ!」


 そう周囲に一喝する声が聞こえてボクは振り返る。心配そうにボクを見下ろす女性に、ボクは息を呑む。


「殿下、大丈夫ですか?」

「ダイアナ……?」


 彼女は物心がつく前からボクの侍女として仕えていた女性。彼女は六歳までボクに仕えていた。


「ダイアナ……本当にダイアナ?」

「はい、ダイアナですよ」


 周囲が慌ただしくしている中、彼女だけが穏やかな声でボクに話しかける。


「殿下、ここは少し騒がしいのでお部屋へ戻りましょう?」


 ボクの魔力が覚醒した数日後、彼女は結婚を機にボクの侍女の仕事を辞める。

 そんな彼女が今、目の前にいるということは…………


「…………父さんと母さん……兄さんと姉さんは?」

「陛下と妃殿下は今、温室でオニキス殿下とシリカ殿下とご歓談中……で、殿下⁉」


 ダイアナの言葉半ばにボクはその場から走りだした。


 そう、思い出した。ボクはこの日、家族と温室でお茶をしていた。しかし、ただお茶を飲む席に飽きたボクはダイアナを連れて中庭へ遊びに出かけた。そして、ボクの魔力が覚醒する。ボクは走りながら周囲をよく観察した。


 最後に見た王城の中庭は荒れ果て、見るも無残なものだった。しかし、今はどうだろう。色とりどりの花が咲き乱れ、石畳の通路は綺麗に整備されている。


 廊下はどうだ?


 赤褐色に汚れ、切り裂かれていたはずの壁も土泥に汚れていた絨毯も、何事もなかったかのように綺麗になっていた。


 周囲を確認しながら廊下を走り抜けていくボクに、城の者たちが驚きの声を上げていたが、ボクは気にしなかった。


 ──父さん、母さん……兄さん、姉さん!


 温室にたどり着くと、息を切らしてやってきたボクを見た護衛たちが目を丸くした。


「で、殿下⁉ そ、その目……」

「どいて!」


 ボクは強引に温室のドアを開けると、そこには驚いてボクを見る家族がいた。


 最期は叔父に首を切られたと聞かされていた父と母。

 見せしめに妻と子どもを目の前で殺され、自身は城下中を馬で引き摺られて死んだ兄。

 唯一、他国へ嫁いで生き延びた姉。


 そして、その姉の腕の中には、生まれたばかりの赤子が寝ていた。


 それはボクの目の前で断頭台に乗せられ、首を刎ねられた妹だった。



 もう二度と会うことがないと思っていた家族が、今目の前にいた。



「ジェット……その目は」


 ボクの目を見て、父と兄が驚いているのに対して、母と姉は「あらあら」と笑っている。

 目から熱いものがこみ上げて、頬を伝って流れた。


「父さん、母さんっ……兄さん、姉さん……ボク……ボク……」


 ボクは成功した。

 時を巻き戻し、過去に戻ることに成功したのだ。


 ──これで、ボクはやり直せる。家族を守れる。


「ジェット、どうしたの?」


 妹を母に預けた姉のシリカと兄のオニキスがボクの元までやってきた。


「あらあら、綺麗な赤い瞳ね。碧い瞳も似合っていたけど、赤い瞳も素敵よ」

「自分の目の色が変わってびっくりしたのだな。大丈夫だ。兄さんと姉さんがついてるからな」

「にぃさん……ねぇさん、ボク、ボク……うわぁああああああああああっ!」


 ボクはこの時、初めて声を上げて泣いた。

 大丈夫、大丈夫と言葉を繰り返して兄と姉はボクを抱きしめてくれた。


 ──やり直せる。何もかも全部。



 人生二周目。ボクは全てを取り戻した。



第2話 人生二周目

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