第19話
ボクと会場に戻ったクリスだったけど、案の定クリスは友達を作るタイミングを完全に逃していた。
それもそのはず、ほとんどの女の子は玉の輿狙い。他の子たちはもうすでに仲の良い友達や気の合いそうな相手同士と固まっていた。その輪の中に入れればよかったのだが、彼女の交友関係は現在ボクのみ。談笑している少女達の中へ割って入る勇気がなかった。
ボクとしては二人きりで遊ぶ時間が減らされる心配がなくなるからいいんだけどね。一応、ボクと二人きりで遊ぶ時間は出会ってから二年。彼女はシヴァルラスから友達を紹介されるまで、まったく友達ができない。しかし今回、ボクが彼女を泣かせなかったおかげでシヴァルラスと仲良くなる機会を失った。つまり、彼から友達を紹介されることもなくなったということだ。
(それはそれでいいかもしれない……)
ボクの横で同年代の子たちの輪に入れず、不貞腐れている淑女を見ながら、一口サイズのパイを口に放り込んだ。
「いやぁ~、君に友達はできそうにないねぇー」
(嬉しそうに言わないで)
キッと睨まれてしまった。そんな顔をしても怖くないし可愛いだけである。
「そう怒らないでよ。でも、惜しいなぁ~……君なら王子の婚約者に余裕で選ばれるでしょ? なんですぐ戻ってきちゃったの? あ、クリス。あのケーキ食べたい」
まったく思ってもないことを口にしながらボクはミニケーキをねだる。彼女は「はいはい」と内心で返事をしながらケーキを皿に取ってくれる。
(何度も言うけど、私は選ばれないわよ)
ボクがとってもらったミニケーキを食べていると、彼女はまるで決まったことのように言い出す。
「クリスは完璧な淑女だよ? それはボクが保証してあげるよ。自信がないの?」
そう、彼女は完璧な淑女だ。完璧な淑女だからこそ、彼女はシヴァルラスの婚約者になれないのだ。
シヴァルラスには、優秀な兄が二人いる。
知識に飢え、座学や魔法の研究にどっぷりのめり込む頭脳明晰な長男。剣術、武術に優れた次男。
それぞれ才能に秀でた兄達に比べて、なんの取柄もないシヴァルラスは、才のある令嬢に引き目を感じてしまうようだ。
しかし、クリスはそんな彼の隣に並んで恥じないように努力を重ねる。それが裏目に出ることだとも知らずに。
だから、クリスが完璧な淑女を目指す限り、彼の婚約者になることはない。
自分の分のミニケーキを皿に取っている彼女の声が耳元に聞こえてくる。
(……高嶺の花は、届かないからこそ、高嶺の花なのよ?)
「高嶺の花ねぇー」
自分でそれ言っちゃうの? なんて、ボクは無粋なことは言わなかった。実際、彼女はボクにとっても高嶺の花なのだから。
しかし、最終的にはボクの手中に収まるのだ。例え、この世界線で彼女に友達ができなくたって、シヴァルラスと婚約できなくてもなんの問題もない。そう思うと少し気が晴れたボクは、小さなメレンゲを頬張る。じんわりと溶けて消える甘さに頬が緩むのを感じた。
「まあ、君に友達が出来なくても、ボクがいてあげるし! それに君に嫁の貰い手が現れなかったら、ボクがどうにかしてあげるから、心配しないで?」
(具体的には?)
「君がボクに魂を差し出してくれるなら、一生可愛がってあげる」
そう、君の為に費やした人生n+1周分、たっぷりとね。彼女をどうしてやろうかと考えるだけで楽しそうだ。
彼女は目を半分にさせながら、小さく首を振った。
(できれば遠慮したいわ……ジェット、次は何を食べたい?)
「うーん、そうだな……あ、あれとか美味しそう!」
ボクは好物のクッキーを指さす。星やハート型と可愛らしいデザインだけでなく、味もトッピングも違う。
(城に戻ったら、今度作ってみようかな……でも、ルビーが食べたがるんだよな。まだ小さいし、ちょっと虫歯が心配なんだよね)
あの食欲魔人は、常に甘いものに飢えている。いつの世界線かだったか、ボクがクッキーを作った後、当時五歳のルビーは甘い匂いがするボクの服から手を放さなかったことすらある。
(ルビーがもうちょっと大きくなったら一緒に作るのも楽しいかもね)
人生一周目の時とは違い、家族仲は良好だ。一周目の頃より妹をたくさん可愛がってあげられる。兄や姉は目が赤いだけのちょっと変わった弟だと世話を焼いてくれるし、クリスは誰よりもボクを普通の友人のように接してくれる。本当に夢のような話だ。
(……あと、六年か)
ボクは内心で呟いてハッとする。
今は感傷に浸っている場合ではない。せっかく隣国のお菓子、それもお城のものを食べるのだから、楽しまなければ。
二人分のお菓子の乗った皿を持ったクリスと一緒にベンチに座り、お菓子を食べ始めた。彼女は一口サイズのパイを口に入れると、美味しかったのか少しだけ目を見開く。
ボクはそんな彼女を眺めながら棒状のクッキーを手に取った時だった。
「おい、お前!」
「?」
目の前から聞こえてきた声に、ボク達は顔を上げると、そこにはボクがよく知る相手が立っていた。
燃えるような赤い髪を首の後ろで一つに括り、深い青色の瞳は眉間に皺が寄っているせいで余計に目つきが悪い。口はへの字に曲がり、生意気にも腕を前に組んで仁王立ちをしていた。かなり態度は大きいが、背丈はちびである。
(あー、そっか。王族主催だもんな、コイツがいたって不思議じゃないか)
人生周回を始めて、このお茶会で彼と遭遇するのはこの世界線が初めてだ。むしろ、今まで会わなかったのが不思議なくらいだった。
(……まあ、こんなちびじゃ気づかないのも当然か)
「おい」
再びちびが口を開き、ふんぞり返った。
「お前、オレが声を掛けてやってるのに挨拶もしないのか?」
ボクは気づかれないようにクリスを見ると、彼女は淑女の顔を保ちながらも内心では「なんだコイツ」と思っていることだろう。
ボクは無言で棒状のクッキーを齧りながらその様子を見守る。
彼女は皿を置き、スカートの裾を捌いて礼をした。
「失礼致しました。私、クリスティーナ・セレスチアルと申します」
「ふーん」
ちびがクリスを値踏みするような目で見ていた。人によっては不躾なと眉を顰める行為だが、まだこのちびは子ども。なにより今の彼では仕方ない行為だろう。
クリスは淑女らしい顔を貼り付けたままで、ちびからの返答を待っていた。挨拶を向こうから強要してきたのだ。次は向こうが名乗るのが道理だろう。
(さっさと名乗れ、ちび)
「……よしっ!」
ちびが何を思いついたのか、びしっとクリスを指さした。
「お前をオレの婚約者にしてやるっ!」
脈絡もなく言い放ったちびの言葉にボクはクッキーを齧るのをやめた。
(何言ってんだ、コイツ)
彼女はもうボクが予約済みだ。シヴァルラスにちょっと彼女を貸しているだけだからな。
そんなことはさておき、ボクはちらりとクリスの顔を覗き見ると、彼女は淑女の笑みを貼り付けたまま固まっていた。
しかし──、
『なんだコイツ』
思念通話をせずとも、彼女がそう思っているのがわかった。というか、そう顔に書かれている。
「どうだ、嬉しいだろう!」
そう誇らしげに言った後、チビはクリスが何も反応しないことに気付いたのだろう。
はっと我に返ったその顔には「やっちまった」と焦りが色濃く出ていた。
「ち、ちがっ! あ、いや違くない! オ、オレはっ……そ、その……そ、そう! お前が辛気臭そうな顔してるなーって……あと、独りぼっちでお菓子を食べてるから、可哀そうだと思って……声をかけてやったんだぞ!」
(このちび、パニックになってるな)
何かを必死に弁明しているが、一体何を伝えようとしているのかさっぱりである。「辛気臭い顔」やら「ひとりぼっちで可哀そう」やら、失礼な言葉ばかり並べているせいで、悪口の叩き売り状態である。
そして、話しかけられている当の本人といえば……。
(ねぇ、クリス? 頑張って話しかけてるんだから、ちゃんと人の話を聞いてあげなよ?)
淑女の顔を貼り付けて固まったままだった。というより、何か違うことを考えているようで、完全にちびの話を聞いていない。
二号はベンチに座っているので、彼女の心の声は聞こえない。今までの彼女だったら、このちびの言っていることが理解できなくても、淑女の顔を貼り付けたまま話を聞いている風を装っていただろう。
しかし、今回のクリスは知能指数が上がって大人びたが、悪く言ってしまえば少し頭のねじが飛んでいる。……大丈夫かな?
必死に弁明していたちびが、ようやくクリスの様子に気付き、訝し気な顔をする。
「おい、ちゃんと人の話聞いているのか!」
ちびは相当焦っているらしい。口調もだいぶ荒くなっていた。
「お前、人の話もちゃんと聞けないのか? お前が一人で寂しそうにお菓子食べてるからオレが話しかけてやってんのに!」
(一人で寂しそうねぇ……)
ボクは淑女の顔を貼り付けているクリスの表情を読めるが、まだ八歳のちびには難しいか。ボクが助け舟でも出してやろうかと思った時、固まっていたクリスの口が開いた。
「小さいなぁ……」
(っ⁉)
「はぁ⁉」
ちびの荒上げた声に彼女がハッとしていたのを見るに、彼女は口に出したつもりがなかったのだろう。しかし、全ては後の祭りだった。
ちびが顔を真っ赤にしてクリスを睨んでいた。
「誰が小さいだ! お前も小さいくせに! それにオレは小さくないからな‼」
いくら子どもとはいえ、ここまで怒鳴り散らせば周囲の視線も集まってくる。
どうやらちびは頭に血が上ってしまい、その状況に気付いていない。
クリスも淑女の顔を貼り付けたまま、必死にこの場を切り抜ける方法を考えている様子だ。
ボクはベンチで座っている二号を手に取った。
「お前、オレが誰だか分かって…………ぶっ!」
怒鳴り散らすちびの顔面に白い物体が当たり、それはふわりと地面に転がった。
──それは、ボクが投げつけた二号の綿だった。
「グチグチ、グチグチうっせぇーんだよ、このクソガキ!」
バッとクリスがボクの方を向く。二号の身体に入りこんだボクは、魔法で二号に口を作ってやり、この凶悪面に合わせた口調で言ってやった。
「さっきから聞いてりゃ、調子に乗りやがって! ティーポットに入れて蒸らしたろうか! テメェを蒸らしたらどんな色が出るんだろうなァ!」
あのちびは言葉を飲み込んでボク、もとい二号をぎょっと見つめていた。それはクリスも同じだった。
クリスのことだ。反論せず適当に謝って場をやり過ごそうと思っていただろう。しかし、未来を知っているボクは良いことを思いついてしまった。
──でもその前に……。
(一人寂しくしているのは、お前の方だろうがヴィンセントーーーーっ!)
第19話 思いがけない邂逅




