第18話
ボクはベストポジションを陣取り、クリスとシヴァルラスの対面を見守る準備は整った。彼女が転ぶタイミングも、可哀そうな給仕くんに足を引っかけるポイントも分かっている。伊達に人生周回していない。
何度もこの場面に立ち会って来たが、初めて会う王子様にガチガチに緊張したクリスの顔はいつ思い出しても笑える。
「さぁて、クリスの様子は……あれ?」
彼女の足取りがいつもと違う。少し背伸びして選んだヒールの高い靴を履いているのに、ふらつきもなく、しっかりと歩いている。
シヴァルラスを囲んでいた少女達はクリスの存在に気付くと、「え、誰?」「お人形さんみたい」と囁きだした。
そしてクリスの為に自然と道を開ける。
シヴァルラスは一瞬驚くが、少し戸惑いがちにクリスに微笑みかけた。
「お茶会にきてくれてありがとうございます。君は……」
そう声をかけるシヴァルラスに、彼女はドレスの裾を捌き、優雅に礼をしてみせる。
「お初にお目にかかります、シヴァルラス様。私はセレスチアル侯爵の娘、クリスティーナと申します。本日はご招待してくださりありがとうございます」
(はい……?)
この一週間、必死に練習した口上を、彼女は少しも淀むことなく言ってのけた。
その振る舞いは小さな淑女と呼ぶのに相応しいものである。
(え……えぇえええええええええっ⁉)
どういうことだ。確かに彼女はこの一週間死ぬ気でマナーの勉強をしていた。まさかその努力が実ってしまうとは。しかし、本来なら変わることない出来事のはず。彼女はなぜ覆せたのだ。
完璧な彼女の振る舞いに、シヴァルラスは「ああ」と思い出したように頷いた。
「セレスチアル侯爵家の御令嬢でしたか。貴方のお父様やお兄様にはお世話になっています。どうぞ、お茶会を楽しんでいってください」
「ありがとうございます」
挨拶を済ませたクリスはすぐにその場を離れていく。そして、足を引っかける予定だった可哀そうな給仕くんがボクの目の前を通り過ぎる。タイミングも予定も狂い、ボクは唖然としてしまった。
(れ、冷静になれボク。一体どこで彼女の未来が変わったんだ?)
未来というものは、よほど手を加えない限り、覆されることはない。その手を加える方法だって、未来を知っている人間でしかありえない。つまり、ボクの存在が必要不可欠だ。しかし、ボクが何もせずに未来が変わったとなると、前から未来を変えるような要因があったということだ。
彼女が必死に練習した一週間か。それとも彼女がボク似の人形を作り始めたあたりか。はたまたボクが馬車にあったクッキーをボクが一人で平らげたせいか……考えても考えても答えは見つからない。
(いや、そんなことよりまずはクリスだ)
会場から離れていった彼女の後を追うと、彼女は小さな噴水の広場にいた。
相当緊張していたのだろう。俯いたまま二号を抱きしめて固まっている。
ボクは彼女を見つけられたことにほっとし、彼女に近づいた。
「よかった……クリ……」
スと呼びかけた時、彼女が抱えていた二号の首がぐしゃりとひしゃげる。
(生シヴァルラス、最高―――――――――ッ!)
彼女の心の声がボクの耳を貫いた。
(最推しが超良い匂い! 声変わりしてない声が最高に可愛いッ! はにかんだ笑顔が! 眩しい! よく耐えきった私の眼球! よく溶けなかった我が肉体! もう今日の私の仕事は終わった! 淑女の仕事は終わった!)
このまま屋敷に帰って祝杯を上げそうな勢いの彼女に、ボクは耳を抑えながら言った。
「クリス、声がうるさい」
(へ?)
ようやくボクに気付いた彼女が目を見開いた。
「きゃぁあああああっ! じぇ、ジェット! 一体いつからそこに⁉」
やれやれ……ボクの淑女は昔から周囲が見えなくなる傾向があったけど、さらに加速しているような気がする。
(というか、生シヴァルラスって何? シヴァルラスって普通に生身の人間だよね? 生も何もないんじゃない?)
そんな疑問はあえて流し、ボクは呆れまじりにため息をついた。
「生シヴァルラス最高って叫んでた辺りから」
「最初からじゃない⁉ 声を掛けてくれたらよかったのに……」
「声はかけたよ。君が聞こえてなかっただけ。まぁ、憧れの王子様との対面は良かったようで嬉しいよ~っ!」
まさか彼女が挨拶を成功させるなんて思いもしなかったし、少しの逢瀬だけど彼女が喜んでいるなら何よりである。
「もうちょっと長く会話してたら、イイ感じにちょっかい出してあげようかなって思ったんだけどなぁ~」
持っていたグラスを無駄にできなかったことが、実に心残りである。ボクは幼いクリスの泣き顔を見る機会を一つ失ってしまった。
聡い彼女はグラスを持っているボクを見て、何となく察したようだ。
「私と殿下にジュース引っ掛けるつもり?」
「二人きりになるチャンスを作ってあげようと思って。いや~、あの王子様の前でボロを出す君が見たいなんて思ってないよ?」
ボロを出すどころか泣かす気満々だったけどね。予定が狂ってしまったが、過ぎたことは仕方がない。別の方法で彼女を育てるだけだ。
持っていたグラスを魔法で片付けると、いつもの笑みを彼女に向けた。
「それより早く会場に戻ろうよ。ボク、お菓子食べたいし、お友達作らないとクリスママが『うちの娘は友達がいない』って新たな悩みの種ができちゃうよ?」
「うっ」
彼女の今日の目的は王子様に挨拶することだけではない。彼女の母親は友達を作るようにと彼女を送り出していた。友達も作らないと彼女の母はますます心配してしまうだろう。もちろん、クリスもそれを理解している。
「が、頑張らないと……」
そう意気込む彼女だが、実のところ、ボクはこのお茶会で彼女が友達を作ったところを見たことがない。それもそのはず、ジュースを引っかけられた彼女はシヴァルラスに手を引かれ、別室に案内されていたのだ。つまり、ここから屋敷に帰るまでの時間はボクが知らない時間となる。
(クリス、友達作れるのかな……?)
その前に、ボクは確認せねばならないことがある。
ボクはこっそり彼女の心の色を盗み見た。
(あー、やっぱり……)
彼女の心の色に変化はなく、恋は芽生えていなかった。
第18話 外れだした道筋




