第17話
前述した通り、ボクの可愛い淑女、クリスティーナ・セレスチアルの初恋相手はボクじゃない。
この国の第三王子、シヴァルラス・ヘリオライトである。
彼女はこのお茶会で第三王子と出会い、恋に落ちる。
愛しい人がボク以外の男を好きになるなんて、複雑な気持ちが残る。しかし──
(恋する彼女も可愛いんだよなー……)
お人形のように愛らしい少女から、恋を知り愛おしさを覚えて美しくなる彼女が、とても好きだ。
(本当はボクに恋をして欲しかったけどね……)
もしかして、年上が好みなのでは? そんな期待を込めて、分身は十二歳の身体にしてみたのだが無意味だった。
彼女がボクを好きになってくれていたら、何もかも上手くいっていただろうに。人生というものは世知辛い。
そんなボクの今日の仕事は、彼女の初恋の相手、シヴァルラス・ヘリオライトとの初対面を盛大に邪魔してやることである。
決して、彼女がボク以外の男に恋をするのが悔しいからじゃないぞ……。
そんなことは置いておいて、ボク達はやけに人が集まっている場所へ向かう。
その人だかりの中心に、お目当ての人物がいた。
第三王子、シヴァルラス・ヘリオライトである。
ボクとは色味の違う金髪に、夕焼け空のようなオレンジ色の瞳。顔の線が細く、憂いを帯びた表情は儚げな印象を与える。例えるなら、お伽話の王子様のような人だった。まあ、本物の王子様なんだけどね。
彼は今、家の為に婚約者の枠に収まろうと躍起になっている少女達に囲まれている。
毎度のことながら目をぎらつかせて彼を囲う少女達の光景は圧巻の一言に尽きる。
さて、初めて王子様を見たボクの淑女の感想はどうだろうか。ボクが彼女に目を向けた時だった。
(生シヴァルラスキターーーーーーッ!)
淑女とは到底思えない雄叫びがボクの耳を貫いた。キーンとする耳を抑えて、ボクは隣にいるクリスに目を向ける。
「クリス、声がうるさい」
(はっ!)
ボクの声で我に返ったクリスが、すんと淑女の顔に戻る。
彼女は体裁を取り繕おうとしているが、目を輝かせながら彼を見つめているのでは意味がない。
そんな彼女の様子にボクは肩を竦めた。
今回のクリスも王子様に釘付けのようだ。時々二号の頭が触れるのかうっすらと彼女の心の声が聞こえてくる。
(最推し……折れそう……ほっぺ……柔らか……呼吸……二酸化炭素……植物になりたい)
何やら怪しげな単語ばかり聞こえるが、ボクは聞かなかったことにした。
しかし、ここまで彼女がご執心なところを見ると、なんだか複雑な気持ちがあるのは確かだ。ボクだって悪魔と名乗っていても所詮は人の子だしね。
ボクの視線にようやく気付いた彼女が、ボクを見上げた。
(ジェット、どうしたの?)
「べっつに~っ! さっさと挨拶してきたら?」
(でも、あんな中に行くのは難しくないかしら?)
シヴァルラスは少女達に囲まれているせいで、徐々に姿が見えなくなっている。小柄なクリスがあの中に向かっていったところで埋もれて終わるだろう。
「しょうがないなぁ~」
ここはボクが手を貸してあげよう。ボクは指で小さなつむじ風を作り、ふっと息を吹きかけた。すると、小さなつむじ風が大きな風を生み、シヴァルラス達がいる場所に向かって吹き抜けていった。その風のおかげで、シヴァルラスと少女達の間に隙間ができる。
「ほら、今だよ。いってらっしゃい」
(ありがとう、ジェット!)
そう彼女はボクに笑顔を向けると、初恋になる彼の下へ行った。
あの後ろ姿を見送るのは一度や二度じゃない。この先の未来が分かっているからこそ、胸の奥にあるざわめきが、嫉妬や悔しさだと分かっている。
(──でも……)
まだ未来も社会も知らない少女は、こんなにも眩しい。そんな彼女を何度も見ることが出来るのは役得かもしれない。
(まあ、彼と結婚どころか婚約すらできないけどね! ごめんよ、クリス。ボクはこれから君を泣かす)
ボクがクリスとシヴァルラスの初対面を邪魔するのは、決して彼女の初恋を阻止するためでも、彼女がボクに恋をしなかった腹いせでもない。
これも彼女が完璧な淑女に成長してもらうための布石である。
クリスは、近い将来に完璧な淑女と称される素敵な女性になる。しかし、彼女は六年後に通う魔法学校で淑女の矜持を傷つけられて、いずれ社交界に姿を現さなくなってしまう。そして、ボクと婚約するわけだけど、過去の彼女を知っているボクとしては傷ついたままの彼女を見ていられない。
ボクの目標は、大きく分けて二つ。この六年の間に彼女を鋼の精神力を持った完璧な淑女に仕立て上げる事。そして、彼女の心を傷つける元凶をどうにかすることだ。
今日ボクがすることは、彼女を鋼の女にする第一歩である。今の彼女はちょっとおバカさんだけど、大丈夫。人生n周しているボクならできる。
今まで通りならこのお茶会で、彼女は初めて会った王子様に緊張してしまう。いつもはスラスラ出る口上を忘れた上にちょっと背伸びして選んだヒール高い靴のせいで転んでしまうのだ。
極めつけはボクに足を引っかけられた給仕が、転んだ彼女にジュースを引っかけてしまうという大惨事。
いつもの完璧な淑女の振る舞いは発揮できず、さらにおめかししたドレスはジュースで汚れる。おまけに周りにいた少女達に笑い者にされ、初めてのお茶会に恥をかいた彼女は泣いてしまう。
いや~、あれは悲しい事故だった……。あれ以来、ボクはジュースを引っかける給仕のことを『可哀そうな給仕くん』と呼んでいる。
(悔しさに泣いちゃう彼女も可愛いんだよねっ! そして──)
彼女はシヴァルラスに慰められ、──恋に落ちる。
「…………うん、それでいいんだ」
彼女は彼に恋をして、そして完璧な淑女を目指す。家族に褒められたくて作り上げた人形ではなく、恋する相手の為に社交界の高嶺の花になるのだ。
ボクはテーブルに並ぶグラスを手に取る。
グラスに映る憐れな男の顔を見て、ボクは鼻で笑う。
「さーて、ボクの可愛い淑女を泣かせるぞ~っ!」
決して、ボクは失恋なんてしてないし、これは腹いせでも八つ当たりでもない。決してだ。
第17話 n度目の妨害工作




