第13話
「ようやく帰ったよ……」
彼は自分の父の登城に合わせてやってきた為、用事が済めば彼も帰らなければならない。毎日やってくるわけではないが、会う度にひな鳥のようについてくるのはどうにかならないだろうか。
自室に戻ったボクは読書に集中すると伝え、メイド達を下がらせた。部屋にある大きな姿見からボクを呼ぶ声が聞こえ、ボクはいつも通り分身を鏡の向こうへと送り込んだ。
意識をボクと共有させ、ボクは窓辺のソファで読書をするふりをする。
分身のボクを向かわせた先は、もちろん隣国のセレスチアル家。
屋根裏の姿見から移動が完了した分身──ボクは、ポシェットを下げたクリスを見つけて微笑みかけた。
「やあ、クリス。体調はもういいの?」
「ええ、すっかり。病み上がりだからお勉強もお休み」
「へぇー、それは良かったね」
顔色も悪くないし、元気そうでよかった。ボクは少しホッとし、いつものごっこ遊びをしたあと、小さなお茶会の準備を始めた。
今日のクッキーは全部で八枚。でも、昨日の約束で取り分はボクが七枚で、彼女が一枚だ。たとえ人生を周回しているとはいえ、今のボクは(分身の見た目は十二歳前後だけど)一応八歳児なので、大人げなくクッキーを口に運んだ。少しくらい文句を言うかなと思ったけど……
(なんだ、その余裕の表情は……?)
ボクの淑女は優雅に紅茶を飲んでいた。
(おかしい……)
彼女はまだ八歳の子どものはず。ついこの間まで「ジェットばかりずるいわ!」と愛らしく怒っていたのに、まるで実姉のような温かい目でこちらを見ている。
ボクが興味本位で姉のクッキーを横取りした時に「もう、ジェットったら食いしん坊さんね」と微笑んだあの時に似ていた。しかし、温かい目を向けていたかと思えば、こちらから目を逸らすなり、大きなため息をつきだした。
(うーん……これは昨日の高熱でまた頭がおかしくなったかなぁー……)
ボクは二枚目のクッキーを口に運ぶ。いつもの彼女のことだ。自分から昨日見た夢の話を始めるだろう。しかし、なんだろう。今日はやけに彼女の視線が痛い。
「どうしたの、クリス? じっと見つめちゃって」
「何でもないわ」
「ふーん? いつもの事だけど、変なクリス」
彼女はちょっとムッとした表情をしたが、すぐに元に戻し、ペンとノートを取り出し始めた。そういえば、朝から一心不乱に何かを書いていたな。
「何々? 今日はお絵かきでもするの?」
「違うわよ。お城のお勉強をするの」
「お勉強~~~~?」
ボクはわざとらしく顔を歪め、口の中にクッキーを放り込んだ。正直、人生を周回しているボクは勉強を飽きるほどやっている。彼女と遊びたくて屋敷に来ているのに、彼女が勉強を始めてしまえば来た意味がない。
(それに、なんでまた城の勉強なんて……)
クリスの年齢でまだそんな勉強は必要ないだろう。それに、彼女が目指す淑女は違うところにあるはずだ。
「勉強なんていつもしているじゃないか。がり勉女はモテないよ、クリス。それに君は完璧なお人形さんを目指すんじゃないの?」
「お人形になってもモテはしないわよ。今の時代、女は学もないと!」
(何をいっちょまえなことを……)
まさかこんなに早く真っ当なことを言う日が訪れるなんて。そんな未来、ずっと先だろう? 一体、この一晩で何があったのだろうか。
「…………本当に頭でもやられちゃったの、クリス?」
「やられてないわよ」
それでも信じられないボクは彼女の心を覗こうとすると、彼女の表情がこわばった。彼女はボクが心の色を見えるって知ってるからね。
(うーーーーん……)
ボクは思わず、首を傾げてしまった。
「なーんだ、心の色変わってないじゃん」
心の色の変化には二つの種類がある。それは感情ごとに変わるものと、人間の性格で永続的に出ている色だ。
彼女の心は今もガラスのような輝きを放っており、心には特に異常はない。しかし、『焦り』の色が濃く出ているので、ボクに何か隠し事をしているのは明らかだった。
(やはり頭のおかしさまでは、色に出ないか)
ボクがクッキーを口の中に放り込むと、彼女は深く安堵を漏らす。それがなんかイラっとして、ボクはこっそり彼女のお勉強ノートを取った。
(どうせ、落書きばっかりでしょ…………ん?)
ボクは目を点にする。
それは、おそらく文字だった。なめらかな丸みのある字体から、角ばった字体、そして複雑な字体が合わさったものもある。人生周回しているこのボクが、初めて見るものだった。
第13話 異変




