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第10話

 

 人生──もう数えるのはやめた──n+1周目。今のボクは八歳である。


 今日もボクは隣国のセレスチアル侯爵家へ向かう準備をしていた。

 ボクは魔術──魔法とは似て非になるもの──で作ったボクの分身をセレスチアル家に送り込んでいる。


 人生を周回しているうちに、分身の肉体年齢をいじれるようにもなり、八歳のボクよりちょっと大きい十二歳の姿だ。


 ボクは自室で本を読むふりをして、分身と共有した視界に意識を集中する。


 視界が明瞭になり、分身──ボクは魔法で自室の姿見に魔法をかけて通路を作ると、姿見の中に飛び込んだ。


 たどり着いた先は隣国にあるセレスチアル家の物置部屋。出口である姿見にかかったカバーをめくると、ボクの大好きな人は待っていた。


 背中まで真っすぐに伸びた黒髪を赤いリボンで飾った少女は、深紫色の瞳をやんわりと細めた。


「ごきげんよう、ジェット。待ってたわ!」

「やあ、クリス。ごきげんよう。もう熱は大丈夫なの?」

「ええ、大丈夫よ!」


 彼女の名前はクリスティーナ・セレスチアル。

 八歳になる彼女はなんと、ボクの未来のお嫁さんである。もちろん、そのことは今の彼女は知らない。


 二周目の人生で彼女と出会い、人生周回中にボクは数年後、彼女と婚約する未来を知った。


「本当? 熱でまた頭がおかしくなったんじゃない?」

「もう、失礼な悪魔ね! 病み上がりの女の子なんだからもっと優しくして!」

「そりゃ、悪魔だからね。ボクは君をいじめるのが大好きなんだ」


 ボクはにんまり笑ってみせると、彼女は「いじわる!」と唇を尖らせた。そんなまだ幼い彼女の表情にボクはただただ嬉しくなる。


「それで、例の物は?」


 ボクが真剣そうな表情を作ってそう尋ねると、彼女も真似をして顔を作って両手を広げる。


「これだけ」

「へぇ、クリスもなかなかやるじゃないか」

「ふふふ、こっそり取っておくの大変だったんだから……」


 そう言って、彼女がポシェットから取り出したのは紙に包まれたクッキーだった。

 いつも彼女はおやつのクッキーをこっそり取っておいてくれる。いつもは数が少ないが、今日はたくさんだ。


「ふふふ、君もワルだね」

「悪魔の貴方には負けるわ……ふふっ」

「あははっ!」


 二人で自然に笑いが零れてくる。このやり取りはボクが教えた悪い人ごっこだ。今のクリスはこのやり取りの意味が分からずとも、楽しんでくれる。


 ボク達はいつも通りのやり取りを楽しむと、この物置部屋で小さなお茶会を始めた。お茶会と言ってもマナーも世間体も気にしなくていい、二人きりのお茶会だ。

 色々あって、ボクは人生を周回しているわけだけど、何度やり直してもボクはこの時間が大好きだった。


 ただ、この世界線はちょっとおかしなことになっている。


「ねぇ、ジェット! 聞いて聞いて!」

「うん、どうしたの?」

「昨日ね、夢の中でゲームっていう箱で遊んだの!」

「ゲーム? カードや本じゃなくて、箱なの?」

「そうよ! こういう細長い箱の中で絵が動くの! すごいでしょ!」


 目をきらきらと輝かせて語る彼女。しかし、ボクが知っているゲームと彼女が語るそれは大きく異なっていた。

 ボクが知るゲームといえば、カードやボード、そして本を使うものが馴染み深い。絵が動く箱なんて、聞いたことがなかった。


「箱の中で絵が動くの?」

「そう! ボタン一つで箱の中の絵が動くのよ!」

「えーっと、それは服のボタン?」

「違うわ。こうポチポチ押せるの」

「ぽちぽち……?」


 そう言いながら彼女は拳を作り、親指だけ動かす仕草をする。

 ボクもその仕草を真似てみたけど、彼女の言っていることが全く分からなかった。


「そう、それで、動く絵本みたいにお話が見られるのよ。私、恋物語を読んだの! それがすごく面白くて……たくさんぽちぽちしたわ!」

「ぽちぽち……」


 人生n+1周目、この世界線のクリスはちょーっと頭がおかしくなった。


(ぽちぽち押せるボタンと絵が動く箱ねぇ……)


 彼女は不思議な夢の話をよくするようになったのである。


 この間、彼女から聞いたのは、小さな板で遠くの人と話せるデンワという道具。そして鳴き声で飼い犬の感情が分かる首輪の話。

 たしかに、そんな道具があったらいいなとは思うけど、彼女はそれをまるで本当にあったかのように詳しく話すのだ。


 そんな不思議な夢の話をする時は必ず前兆があった。

 それは、高熱を出した夜に必ず夢を見るという。彼女が言うには、ボクと出会う前からだと言っていたけど。


(そもそも高熱なんて、今まで起きたことなかったんだけど……?)


 人生二周目から彼女との出会いを何回も繰り返しているが、今まで彼女はこんなに高熱を出すことはなかった。それも、おかしな夢を見るというおまけ付きだ。


 彼女が変わったのは、それだけじゃない。


 クリスこと、クリスティーナ・セレスチアルは、それはそれは素晴らしい淑女である。

 人形のように愛らしい見た目に加え、八歳とは思えない礼儀正しさ、そして洗練された笑み。彼女を溺愛する彼女の父と兄が「小さな淑女」と絶賛し、周囲も納得するほどだ。


 そんな小さな淑女が出来上がったのは、まさに家庭の影響である。


 セレスチアル家は人形使いの家系で、彼女の父も兄も人形をこよなく愛している。溺愛するクリスを人形のように褒めたたえ、彼女は人形のように感情を表に出さず凛とした振る舞いを淑女だと勘違いしたのだ。

 人生二周目の時に出会ったばかり彼女は、幼さがまだあるものの、その人格がすでに形成されていた。ボクがいくら人生を周回しようと、それは変わらない……はずなのだが。


(なんというか、今までより柔らかくなったな……表情が)


 もちろん、今の彼女は小さな淑女として作法も何も完璧なのは変わりないのだが、以前と比べて若干表情が豊かになった気がする。


 今彼女は、夢の中で見た物語について熱く語っており、ボクはそんな彼女が微笑ましく、自然と口元が緩まるのがわかった。


(ま、今の彼女も可愛いから別にいいか!)

「ねぇ、ジェット。聞いているの?」


 おっと、全然聞いてなかった。不満げにする彼女に、ボクはいつもの笑みを浮かべた。


「あ、ごめん。クッキーに夢中だった」

「もうジェットはクッキーが大好きね……あ、それ私の分!」

「ごめん、クッキーに名前がないから気づかなかったよ」

「もう……もうっ!」


 反論出来ず、ぷんぷん怒る彼女の幼さがとても可愛らしい。


「あれ~? こんなところに子牛ちゃんがいるなぁ~? カウベルでもつけてあげようか?」


 ボクがそうからかってやると、彼女の唇がきゅっと固く結ばれる。そんな彼女も愛おしくてたまらなかった。


(うん、ボクの淑女は今日も可愛い)


 しかし、ちゃんと話を聞かなかったボクも悪いな。紅茶で口を湿らせると、にっこりと笑った。


「それで、夢の中でどんな恋物語を読んだの?」

「本当に全然聞いてなかったのね……人の嫌な気持ちを治す魔法が使う平民の女の子の話よ!」

「……ん?」

「その子はね、王子様を好きになるんだけど、偉い貴族の女の子もその王子様を好きだったの。それで喧嘩をするの。最後は貴族の女の子との喧嘩に勝って王子様と婚約するの!」


 ここでボクが紅茶を吹き出したり、ティーカップを滑り落とさなかったことを褒めて欲しい。


 今、彼女はなんていった?

 人の嫌な気持ちを治す魔法だって? 貴族の女の子と喧嘩だって?


「…………うん?」

「貴族の女の子もすごい女の子なんだけど、元平民の女の子に意地悪ばかり言うの! 『淑女として未熟』とか『貴族の娘としてみっともない』とか! 元平民の女の子だって頑張ってるのに! あーいう意地悪ばかりいう貴族の女の子を悪役令嬢っていうんだって……って、どうしたの、ジェット。頭でも痛いの?」

「…………いや、何ともないよ」


 頭が痛いどころの話ではない。


(君、未来でその悪役令嬢と同じことをしているよ……)


 クリスが話した内容は、ボクがまさに人生を周回する原因だった。

 クリスティーナ・セレスチアル。侯爵家の令嬢であり、近い未来で完璧な淑女と称される彼女は、ボクと結婚するまでに(ボクほどではないけど)波乱万丈な人生を歩んでいる。


 彼女は6年後、国立の魔法学園に通う。そこで、とある貴族に引き取られた元平民の少女とひと悶着があり、何度か衝突した末にクリスは淑女の矜持までボロボロにされ、心をひどく傷つけられる。そして最終的には笑わなくなり、社交界にも出られなくなるのだ。


 ボクは彼女の笑顔を守るために人生を周回し続けていた。


(でも、夢の話だよね? 未来の話じゃないよね?)


 こんな偶然あるのだろうか。まさか、予知夢?


 いやいや、身分の低い者が成り上がる物語は、この世にごまんと溢れている。そういった物語は貴族には面白く感じないと思うのだが、どうやら彼女は違うらしい。頬を膨らませて「私、将来あんな意地悪には絶対にならないわ!」と物語の主人公に共感しているようだった。


(まあ、本当に嫌な気持ちを治す魔法を使えるなら、その悪役令嬢が対立したり、嫉妬心を抱いたりしなかっただろうに……まさか……ね?)


 ボクは彼女の分のクッキーをわざと口に運び、再度彼女に怒られるのだった。



第10話 n度目の幼少期

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