36歳BBA、今朝起きたらなんか背中から羽が生えていたので急遽友人と電話します
朝起きると背中から羽が生えていた。
……うん。もう一回言うね。
朝起きると背中から羽が生えていた。
……言いたいことはわかる。わかるで。
二次創作の男女転換モノとかも入れ替わってるタイミングはたいがい「朝起きると」なのである。
ご都合主義過ぎる。「朝起きると」ってなんだ。
メカニズムをつまびらかにしろ。白日の下に晒せえ。
でも今となっては思う。彼らはわるくないんや。だって本当に「朝起きると」こうなってたんだから。
こうして齢36という見事なBBAにして羽化した私は途方に暮れていた。
羽が生えたからといっておもむろに「俺は自由だ」と叫びながらアパートのベランダから躍り出るほどさすがにとち狂ってはいない。ひたすら途方に暮れるしかないんである。
そんなわけで朝のクソ忙しい時間にも関わらず友人に電話し(友人もいい迷惑である)、事情を説明しているわけである。
……違う。中二病ではない。
中二病のあれは堕天使だろう。「元天使」、「元」だろ。元ヤンみたいな。「元てん」ってことだろう。
「元てん」って天ぷらみたいで美味しそうだな。ししとう食べたい。
……いかん。脱線した。とにかく中二病ではない。逆になってどうする。天使から人間になるのが堕天使だろう。人間から天使になってどうする。出世してどうする。
えっ? 堕天使って天界を追放されただけで天使は天使なん? 天使継続中なん? いいよWiki送ってこんでも。知らんよ。こっちは天使業界詳しくないんよ。羽もどうせなら詳しいやつのところに生えろよ。
こっちは生えられて困っとるんよ。なんなら今日も今日とて会社行かんといけんのに途方に暮れとるわけよ。
えっ? 上から服着れるわけないやろ。常に二人羽織りしてるふうな装いなのにしてないっておかしいやろ。あっおでん食べながら出社すればいいのか。よーし。
……よーしじゃないんよ。びっくりしたわ。おでん食べながら出社っておかしいやろ。確実に受付で止められるやろ。
分かっとるわそんなこと。この状態で電車出勤がそもそも無理あるとかそういうことは分かっとるんよ。えっ? いや定期代返すわけないやろ。
いや飛んで通勤なんかできるわけないやろ。飛べんのよ。そもそも飛……うるせえ。飛べんのじゃ。いいか、鳥さんはなあ、ああ見えて実は筋肉隆々やし、飛びながらしょっちゅうフンをして身体を軽くしとるわけよ。だから飛……えっ? いや昔学研の学習漫画で読んだから知っ……えっ? おかしいだろ?
なんでわしが飛びながら糞便を撒き散……殺す気か? 社会的以外にもいろいろ死ぬじゃろ? 死ねよとて? いや当たり前やろ? わしとて仮にも人間のはしくれやぞ?
なんでそんな面白がっとんよ? さっきからおでん食わすわ奇異な格好で飛ばすわ、いや行ける行けるやないんよ。あっ信じてないな?
違う違う本当なんよ、ほんとほんと本っ……あっ証拠があれば信じるんやな?
そうか、写メ送ればいいんやな? いや知らんよ。わしは昔から呼び方ずっと写メよ。
そんなこと言ったってしょうがないじゃないか。1987年生まれなのだから。
……うむ。まあこれでよかろう。よーしこれで信……、やめろ。即座にLINEスタンプにすな。やめろ。販売申請すな。そして審査通すな。人の心とかないんか?
あっ夢? 夢説あるんか? いやマトリックス的な意味じゃなくて本当に夢なんじゃないのか?
夢から覚めるには……え? そうなん? もう一回寝ればいいんか? ほんまかあ?
いや俄かには信じがたいやろ。いやそうやろ。これまでの行いが全てを証明しとるやないかい。まあほかに手だてもないから寝るけども。
その瞬間、部屋のチャイムが鳴った。
……
……
友人だった。
すさまじい仕事の速さに面食らいながらも私は解錠ボタンを押した。
でしょおー、驚くよなあ。
……いや寝るけども。寝る以外思いつかんけん。
てことは今あなたがわしの羽化ぶりを目の当たりにしてようやく信じてくれたことも含めてわしの夢ということか? そうなん? へー。
いやええよ子守歌とか。寝れるわ。一人で寝れるわ。わし36やぞ。
元気そうで? 安心した? いやーまあ訳がわかってないというのもあるけどな……まあ確かにこの不条理加減は夢じゃないと説明つかんわな。
うん。まあ、来てくれてありがとう。じゃあまた。
ドアが閉まるのを見届けると、私は再び布団へと横たわりスヤした。
電車の窓に映る自分の姿は当然羽など生えていない。
私は数秒目を凝らして確認すると、手元の文庫本へと視線を落とす。『健康なろうぜ!! ワッショイ!!』というタイトルである。もはや36にもなると目下の関心ごとは健康そのものである。長生きしたい。
そういや万一羽が生えた際って病院何科なんだろう。……皮膚科? まずは内科なんかな……などと妄想しかけたが、いや人間が羽化するとかあり得んしと私の頭の中の消しゴム(MONO)で打ち消す。
ふと辺りを見回せば、自身のスマホに夢中な乗客たちは当然私の存在など一顧だにしていない。そりゃそうである。
そう考えると、夢の中とはいえ朝早くにもかかわらず駆けつけてくれた友人の存在は有難かったなあ……としみじみ思い返すのであった。
鞄の中のスマホには、今朝早く友人と会話した履歴が残っていたが、気づくことはなかった。
(了)