最終話
5分くらいだろうか雨の様子を見ていたけど落ち着く様子はまるで無い。
「シンジ、今じゃないと思うぞ。やめとけよ」
「じゃあ、いつならいいんだよ。このままだったらいつまで待ってもタイミングなんて無いって」
気が付くと私の背中側の隅っこで声を落として話をしている二人が見える。
近づいて二人の背中から声をかけた私。
「なーんの話?」
「ちょうど良かった」
待てとタケルが押さえつけようとするがシンジは無視した。
「あのさ小夏、俺……お前が好きだ!」
「!? ふ、ふざけてんの?」
「ふざけてるように見えるか?」
動揺して返答できない私はタケルに助けを求める。
「タケル、何これ?」
「……小夏! ……俺も好きだ!」
「!? ……2人とも何なの? 私を困らせたいイタズラ?」
「小夏、違うよ。シンジも俺も本気なんだ。でもタイミングが違ったなら謝るよ」
「タケルは謝んなよ。タイミングなんて無いって!」
「だからって急すぎだろ! 小夏が困ってるだろ!」
「お前だって小夏に自分の気持ち言ったじゃねーか!」
「……それは抜け駆けしないって約束したからだろ!」
「……ちょっと待ってよ! 自分達の気持ちを言ってそれで終わり? 私の気持ちは置き去りなの? もういい、帰る!」
雨は嵐のように降るがお構いなしに橋の下から出ていく。
「待てよ!」
「小夏落ち着いてくれよ」
「落ち着ける訳ないよ! 2人で口裏合わせて2人一緒に私に気持ちを押し付けて。私の気持ちはどうでもいいって事でしょ!」
「私の気持ちってなんだよ?」
そう言ったシンジの声は怒りを含んでいた。両手をぐっと握りしめ目線を下に向けて私の言葉を待っている。
「私は3人でいるのが楽しくて好きなの!」
「……」
「3人でご飯食べに行きたいし、3人で楽しい所に遊びに行きたいし、3人で想い出作りたい」
「小夏はいつだってそればっかじゃねーか!」
シンジは怒った声でそう言うと私に背を向けた。タケルが落ち着けと言ってシンジをなだめる。
「それじゃダメ? ねえタケル、教えてよ」
「……小夏は……3人で居たいんだよね。でも3人でいるのは楽しいけどさ、俺達と小夏では3人でいる事の意味が違ってくるんだよ」
クールな表情のタケルの顔がいつもよりさらに冷たく見える。
「……意味……分かんないよ」
「俺達は小夏を好きになってしまった瞬間からそれはもう崩れた歪な関係なんだよ」
「でも上手くやれてたでしょ?」
「表面上だけだよ!」
「それで今まで上手くいってたなら私はその方がいいよ!」
「……本心は違うんだよ。……俺はシンジと楽しそうに話す小夏を見てると胸がざわつくんだ」
「タケルは分かるでしょ私とシンジがどうにもならないって」
「そういう事じゃないんだよ、今の関係が苦しいんだよ、小夏!」
タケルは苦しい表情を浮かべてめずらしく大声を出して感情を爆発させた。
「タケルもういいだろ、行くぞ」
タケルの言葉を静かに聞いていたシンジは下を向くタケルの二の腕を掴み連れていこうとする。
「シンジの告白さえ無ければまだ上手く関係性を保てたんじゃないの?」
「そうじゃねーよ。俺達のどっちかが好きになったらその時点で三人の関係性は変わるんだよ」
「もう一度戻れないの? 私達は?」
「……分かんねえ」
「タケルが言ってた苦しいってどういう事なの?」
「……好きだったら相手を自分の特別にしたくなるんだよ」
「じゃ、じゃあ、どうしたらいい? また3人で――」
遮られる私の言葉。
「あとは自分で考えてくれ。嫌うなら嫌ってくれていい、返事は何となく分かるし。タケル行こう」
「ごめん、小夏。嫌いになられてもしょうがないって覚悟で言ったんだ、でも伝えた気持ちは本心だから……」
私は気づかないうちに叫んでいた。
「待ってよ! 私が2人を嫌いになる訳ないじゃん!」
「……!」
「……!」
「私は3人でいる為に努力したよ?」
「……」
「……」
「私はシンジ、タケルどちらかといるより3人でいる事をいつも選んでたよ?」
「……」
「……」
「今日だって小さな頃みたいに戻れるんじゃないかって期待して来たんだよ?」
声が震えてるのが自分でも分かった、心の中を表現する事がこんなにも苦しいのは生まれて初めてで、泣き出すと止まらなくて自分の気持ちを全部伝えられないような気がしたから涙は絶対流さないと思ってこらえた。
「……」
「……」
「3人で楽しくいる雰囲気が大好きだよ」
「3人でいる時間がとっても大切だよ」
「3人でずっとこの先もいられたらって思うよ」
2人は下を向いたままだった。
「……私は……2人が好きだよ」
「……どうせ友達でって意味だろ?」
「……小夏、どういう意味?」
「だから、……私は……二人が好きなの!!!」
ドキドキする。今まで何度も好きって言った事はあったはずなのになんで?
「?」
「?」
「だから二人が――――」
この先の言葉が出てこなかった、言えなかった。言葉にする事を体が拒んだ。
何が原因で拒絶反応を起こしたのか、まるで見当もつかない。
もう一度言おうとした時、分かった。
……気が……付いてしまった。
私の隠れていた知らない気持ちに。
今まで自分でも気が付かなかった、気づけなかった気持ちに。
私は2人が好き。
友達としてじゃなく。
2人への気持ちに気づくと我慢していた涙が意識せずに零れてきた。2人に今の私の泣き顔は見せたくなかった。
居たたまれなくなって土砂降りの雨の中、自転車に駆けだす。
涙が止まらない、一緒に隠れていた心も止めどなく溢れる。
3人でいるのが楽しいのは過去を引きずっていたからじゃなかった。
いつからか2人を好きになっていたから。
とにかく、この場所から離れたくて力いっぱいペダルを漕ぐ。
2人が好きな私はどちらかを選べるハズなんかなかった。
だって、シンジ、タケルの2人とも同じくらい好きなんだから。
雨は台風みたく強い勢いで降ってくる。
強い向かい風に止まりそうになるけど、止まってしまったら気持ちの波に押し潰されそうだから意地でも止まらない。
最近いろんな事があって、私の隠れてた恋の形の輪郭を徐々に浮かび上がらせていったんだ。
砂に埋もれている物が風で少しづつ少しづつ輪郭を表すように。
雨風は相変わらず強さを保って私を襲う。息が上がって呼吸が乱れて苦しい、でもペダルを漕ぐ足は止めない。
今は休息よりもシンジとタケルの想いを整理したい気持ちが強かった。
強い雨の中、泣きじゃくる私を変に思う人はいなかった。雨が涙を隠してくれたから。
同時に二人の人を好きになるのは最低だって自分でも分かってる。
いつか、ちゃんとした答えが出ると思う。それまではこの気持ちは自分の中に閉まっておこう。
私はシンジが大好き。 私はタケルが大好き。
△ △ △ △ △
昨日、ずぶ濡れで帰った私はシャワーを浴びて家族と話す事も無く夕飯を食べる事も無くベッドに潜り込んだ。
次の日、朝起きると少し風邪気味で体が熱っぽい。ベッドの上でカエルの顔の形をしたクッションをぽすんと叩いた。
「……シンジとタケルにどんな顔して会えばいいの?」
一人呟いて静かになった部屋、何もしてないとまた頭に巡る昨日の出来事。
「小夏ー! 朝ご飯出来たわよー!」
下のリビングから母親の声がしたから反射的に部屋のドアを開けて答えた。
「いらなーい!」
リビングのドアが開く音が聞こえて、またすぐに母親の声がした。
「えー? 昨日の夜も食べなかったでしょ? 今まで一回もご飯抜いた事無いのにどうしたの?」
「熱あるの!」
そう言い捨てドアを閉めてクーラーが効いた部屋から窓を開けて外の様子を眺めると雲1つ無い綺麗な晴天が広がっている。
綺麗な青空はこれから夏本番を迎える事を告げていた。
おしまい。