6話
水曜日の夜にベッドに置いてあった私のスマホが音をたてた。
メッセージアプリを開くとシンジ、タケル、私の3人で作ったグループ内に新着のメッセージがあることを知らせていた。
メッセージの送り主はタケルだった。
タケル〈久しぶりにチャリで冒険行こう。土曜日に〉
シンジ〈タケルが計画立てるのめずらしーな! オッケー!行こーぜ〉
私〈週末に台風くるっぽいよ〉
タケル〈予報で雨は夜からだった。だから平気じゃない?〉
シンジ〈じゃー、行こーぜ〉
返信は少し考えた。部活の練習は無い、今週末の2日間は休みを取ったから 。
最近の私は心ここにあらず状態で香奈枝に心配され、大事をとって休む事になった。
一応、休養という形で取った休みだから遊びに行くのはどうかな?
と思ったけど、もしかして昔のような関係性に戻れるんじゃないかとタケルの『冒険』という二文字に淡い期待を抱いてしまった。
そして私は〈冒険に行こう!〉と返信していたのだった。
△ △ △ △ △
「着いたー! 私が1番ー!」
「小夏……早えーよ」
「……シンジ。俺たち完全に体力不足だな」
「はっはっは。帰宅部の皆共、私を敬うがいいぞ!」
駐車場にたどり着いた私たち3人。シンジ、タケルはふらふらで自転車を放り出して地面にへたり込んでいる。
ここまでの上り坂は正直私でもキツかった。
ここは私たちの地元から自転車で1時間程かかる所にある、霧ヶ山に来ていた。
麓の甘味処は、わりかし有名でネットで美味しそうな、ふわふわのかき氷の写真をいくつか見た。
私の本命のお店はここだった。
なのに、シンジとタケルは甘味処の向かいにある、お蕎麦屋さんが本命らしい。
山の近くの蕎麦屋は旨いに決まってるとか言ってるけど私にはまだ分からない世界だ。
「シンジー! タケルー! 展望台まで登ろうよ」
「ちょっと、待てって。体力おばけだなお前」
「小夏。休憩入れないと俺達キツいよ、小夏みたいな体力ないって」
「それじゃあ休憩しようか。誰がおばけだって? おばけ呼ばわりしたからシンジは皆に飲みのも奢ってね」
「ちぇっ、ツイてねー」
「300円くらいでぐちぐち言わないの」
「タケルいこ」
三人で飲み物の自販機に移動する。
「シンジ、俺は水ね」
「私はスポーツドリンクにしよ、あの赤いやつお願い」
それぞれシンジが買ってくれた物を受け取る。
「シンジ、ごちー!」
「シンジ、悪いな」
納得いかない顔でシンジが言った。
「さっきタケルも小夏は体力おばけって言ってたぞ」
タケルの顔を見て確認する。
「そうなの?」
「全然言ってない」
「お前、涼しい顔して嘘つくんじゃねえーよー」
「何が?」
「何がじゃねーし。こういう時良いよなー、タケルのポーカーフェイス」
「確かにタケルって顔に出ないよね。でも本当に言ったの? 私の事おばけって?」
「――――ごめーん!言いました!」
「何で小夏にだけ素直なんだよっ!」
「タケルは昔から素直なところが良い所なんだよ! こんなに長い付き合いなのにシンジ知らないのー?」
こんな風に三人で楽しくしていると昔に戻れた様な気がして、嬉しくなる。
でもこんなに楽しい事ばっかりじゃないんだよね、今は。
何が変わってしまったんだろう。
年齢かな?
良くも悪くも私たちは大人になってしまったんだろうか。
「小夏、タケル。そろそろ展望台行こーぜ」
「おー」
「それじゃ、いく?」
脳裏にお昼休みに乱入してきた坂上君の『ハッキリした態度で』、『ハッキリした言葉に』という二つの言葉が浮かんでは消えていった。
お蕎麦とかき氷を堪能した私達は家へと向かって自転車を漕いでいた。
「おーい、タケルー。天気怪しくないか?」
「タケル。今、私達はどれくらい帰ってこれてるの?」
スマホで地図を見ながら先頭を走っているタケルにそれぞれ声をかける。
タケルは自転車を漕ぐのをやめた。
「あー曇ってきたな。今は、うーんと8割くらいは帰ってこれてるよ」
「雨降ったら嫌だな。傘ねーし」
「私、雨に濡れたくないなー。近道しようよ。そんな道ない?」
「うーんと、そーだなー、川沿いの方が早く帰れるかも。傘は雨が降ったらコンビニで買おう」
「やったー、近道、近道」
私達は国道沿いの歩道から逸れて川沿いの土手へと自転車を走らせた。
「ここから入れそう」とタケルの指示で上り坂を上がりきるとそこは土手が広がっていた。
「走りやすーい。私、土手好きかも」
「風が気持ちーな。タケル、もっと飛ばしていいぞ!」
「俺はそんなに早く走れないって」
道幅が広くなったから自然と三人が横並びになって自転車を漕いでいた。
「暇だからしりとりしよーぜ。ちょっと嫌なものしりとりな!」
「どういう、しりとり? タケル意味分かった?」
「分かんない。例えばこんな感じっていうの言ってみて」
「そうだな。『アメみたいに硬いグミ』とか?」
「あー、なるほど。じゃあ私からね。『ぬるいコーラ』。はい、次はタケルね」
「ら、か。『ラーメンだと思ったら冷やし中華だった』。はい、シンジ」
「た、たー、『タヌキのうんこ』」
「シンジ、アウトー!」
私の言葉に反応したシンジは止まって自転車に跨りながら抗議してきた。
タケルと私も止まった。
「どこがだよ、小夏!」
「お題のちょっと嫌なものから外れてるし、汚い! ね、タケル」
「うん。シンジは幼稚だなー」
「ちょっと待てよ。だったら小夏の『ぬるいコーラ』もアウトだろ!」
「確かに! 冷たい飲み物全般に言える事だしな、ハハハ」
楽しそうにタケルは笑っている。
「そうかなー? タケル、笑うなんてひどーい!」
「笑ってっけどタケルの『ラーメンだと思ったら冷やし中華だった』もアウトだからな」
「どこがだよー?」
「だって冷やし中華とラーメンって見た目全然ちげーし!」
「そうじゃないって! シンジは想像力無いなー。そう思わない? 小夏?」
「あはは。私、想像したら面白くなってきた。お店で注文したら見た目は普通のどんぶりに入ってるラーメンなんだけど、上に載ってる具材は冷やし中華のやつで冷たいスープはどんぶりいっぱに入ってて、しょっぱくてすっぱい冷やし中華の味なの」
「そうそう、小夏の言ってるやつ! お店で出てきたら嫌だろ?」
「ハハハ。そういう事か。知らないで食ったら俺むせて吐くかも!」
「あはは、私もそうなりそう! だけどさー、シンジのしりとりのお題がふわっとしてるから分かりづらいんだよ。お題が悪いー! それにシンジは幼稚すぎー!」
「確かに小夏の言う通りだよ。しかも、すぐにうんこって言うの小学生じゃんか。シンジは子供だなー!」
「お前らしりとりに文句付けるならまだ良いけど、俺の事批判になってんじゃんか!」
3人でああだ、こうだ言っていたら地面がポツポツと模様をつける。
空を見上げると灰色の分厚い雲が広がっている。
天気予報より早くに雨が降ってきた。
「シンジ、タケル。雨だよ」
「タケル! 雨宿りしようぜ」
「あそこの橋の下で様子見よう!」
ぽつぽつ降ってきた雨はしだいにゲリラ豪雨の様な降り方をして間一髪ずぶ濡れにならないで橋の下までやってこれた。少し濡れたけど。
「あっぶねー、ぎりぎりセーフだったな。タケル」
「運良くここがあって良かった」
「二人とも私を置いていったでしょ?」
「わりい、気がついたら小夏が離れてた」
「ごめん。付いて来れてると思ってた」
「まあ良いけど、短距離のスピードだと負けちゃうなー。やっぱり二人は男の子だね」






