5話
「小夏やったなー、勝ったじゃん! あの球打てるのすげーな! ちゃんと見てたぞ」
「小夏やるじゃん! おめでとう! ソフトボール頑張ってる小夏はやっぱりかっこいいよ!」
金網の向こう側にいるシンジとタケルは試合の応援をしに来てくれていた。2人は近寄った私を興奮して褒めてくれる。
「でしょ! 途中出場からの逆転タイムリーヒットに3打点だよ。ヒーローインタビューがあったら私だったね」
「ねーだろ、ヒーローインタビューなんか」
「調子出てきたな小夏!」
「もっと私を褒めいいんだよ」
試合前の不安から一気に解放された私は悔しさをバネに結果を残してお調子者になっていた。
「小夏ー! 戻ってきてー!」
帰り支度をしてる加奈枝だ。
「ごめん。もう行かなきゃ。二人とも試合見に来てくれてありがとう。またね」
「ほーい」
「じゃ、また」
メンバーと香奈枝の元に戻ったら香奈枝に「何を話してたの?」って聞かれたから褒められたよって言うと、まるで母親が子供に言うように「良かったじゃん」と言われた私はその言い方に照れて帽子を深く被り直して「うん」と返事をしておいた。
監督の解散の声と共に散らばるメンバー。私は香奈枝に声をかける。
「加奈枝! 今日打ち上げ行こうよ」
「ん? 決勝戦とかまだ先じゃん」
「私の気分は打ち上げなの! 試合前に気持ち的に色々あったし」
「そっかー。じゃあ行こうか打ち上げ」
「決まりね! 久しぶりにさ、ひまわりのラーメン食べない?」
ひまわりはチェーン展開しているラーメン屋さん。私たちはここのラーメンが大好きなのだ。
「いいね。私はチャーシューに味玉トッピングに決まり」
「いいねえ。香奈枝はチャーシュー麺好きだよね。私はねえ、味噌ラーメンにコーンとバタートッピングにしよ」
「行く前からメニュー決めちゃうのどうなの?」
「香奈枝から言い出したんじゃん」
笑い合いながらラーメン屋ひまわりで七時に待ち合わせを決めて香奈枝とは別れた。
7月だから試合で汗をかなりかいた、早く帰ってシャワー浴びたい。
夕日が沈んでいく時間帯に帰る私の足取りは軽かった。
「あー美味しかった」
「やっぱり汗かいた後は塩分を欲するよね」
「加奈枝、言う事渋くない?」
「あはは、面白かった?」
「まあまあかな」
「そこは面白かったよ。って言った後、笑顔でキメてくれたら惚れるのにぃー!」
「ごめん、ごめん」
「面白いっていえばさー、クラスのタケル君と仲の良い男子から聞いたんだけど、タケル君とシンジ君が坂上君って男子に別々に恋愛相談してるらしいよ」
「別々にってどういう事なの?」
「シンジ君はもともと坂上君とは中学の頃に部活で知り合って仲良くて、タケル君は高校の委員会で知り合って仲良くなって坂上君に相談してるみたい」
「ん?」
「タケル君とシンジ君は坂上君一人に相談してるんだけど、知り合った場所が別々だし、いちいち誰に相談したかなんて言わないからシンジ君とタケル君の本人はお互いに坂上君に相談してるって知らないみたいなんだ」
「へぇー、シンジとタケルはお互い坂上君って男の子に相談してるんだ」
「そうそう。でも私的にはもっと興味惹かれた部分は”恋愛”相談って部分なんだけどね」
「二人に好きな人がいるって事? 私達の年齢だったら普通じゃない?」
「小夏はそういう反応なのね」
「うん。変だった?」
「ううん別に。もしシンジ君とタケル君に彼女が出来たらどうする?」
「……か、彼女か。うーん……うん。高校生ならあるんじゃない」
すぐに答えられなかった。
シンジ、タケルの横に並ぶ女の子の姿が想像出来ない。
想像したくなかった……から?
ち、違う、違う。
……戸惑いだ。戸惑ってるだけ。
小さな頃から知っている2人の彼女を思い描くことができないだけだ、きっとそうだ。
……たぶん……それだけ。
それから香奈枝との会話は上の空だった。
この気持ちを上手く表現出来ないけど、今まで当然そこにあったのに忘れてしまっていた事、そんな事を突きつけられた気がした。
ラーメン屋ひまわりから途中まで一緒だった香奈枝と別れて自転車で帰る道は暑さが和らいで涼しくなっていた。
下り坂を進むと涼しい風が私の全身を包む。
涼しい気持ちよさと同時に最近の私はどこか変だと自覚した、そんな帰り道だった。
△ △ △ △ △
「香奈枝。やっぱりここにいた」
月曜日の学校の昼休み。
校舎の隅にある穴場のベンチにかなえはいた。
お昼ごはんは、香奈枝と楽しく食べるのが1番だと私は思っている。
「やほー、小夏」
「一緒に食べよう」
「お待ちしてました。お嬢様」
「お隣いいですか? 王子さま」
「おすわり下さい。今日の小夏のメインのおかづなにー?」
「今日はね、肉団子だよ」
「1個ちょーだい!」
持っていかれる肉団子。
「もー! 加奈枝の卵焼きもーらい」
いつものように過ごすはずだった、お昼休みが突如崩壊する。
「ねえねえ、月下小夏さん?」
振り向くと知らない男子と目があった。
「そうです……けど?」
「あー、俺4組の坂上っていうんだけど、シンジとタケルにハッキリした態度で接してくれない? それが嫌ならハッキリ言葉にしちゃえば?」
突然知らない男子にシンジとタケルの事を言われたからか、頭が真っ白になり、何か言おうとするけど口が動かない。
反応したのは加奈枝だった。いつの間にかお弁当を置き、立ち上がって坂上君に向き合っている。
香奈枝は体をいっぱいに使って怒気のこもった言葉というか叫び声というか、そんなものを発した。
「あんた! 小夏の事をそんなに知りもしないくせに勝手なこと言わないでよ!」
「……だけど、俺……シンジとタケルの気持ちの事を考えたら……」
「小夏ちょっと待っててね、こいつと話してくる」
「う……うん」
びっくりした。何も反応できずに香奈枝と坂上君を行ったり来たり目で追うだけしか出来なかった。
こんな時の香奈枝って心強い。
取り敢えず待ってよう。
しかし、何故だかあの人の言葉が頭の中で何度も繰り返される。
『ハッキリした態度で』、『ハッキリ言葉に』。
私はずっと3人でいたいだけ。
それが曖昧な態度なの?
私はあの2人を嫌いになる事なんてない。そう思ってる私は何を口にすれば良いの?
感情の分からない涙が溢れだしてきた。
3人の関係性を壊したくない。でも、シンジとタケルを困らせるなら私は一層の事、私と関わらないでって2人を突き放なして、3人の関係をゼロにすれば楽になるのかな。
嗚咽は静まる事無く、考えれば考えるだけ酷くなる。
小さい頃に遊んでた様な3人の関係性ではダメなの?
今とあの頃では何が違うの?
……何が合ってて……何が間違い……なの?
……知ってるなら誰か教えてよ!!!
自分で自分の考えが分からなくなり心の中で叫びを上げて、誰でもいいから助けを求めた時。
戻ってきた加奈枝がそっと抱き締めてくれた。
「小夏、大丈夫だよ。泣きたいだけいっぱい泣いていいんだよ。私がずっと付き添ってあげるからね」
香奈枝の優しくて落ち着く声が聞こえて体が温もりに包まれる。
「月下さん、ごめん。いきなり言いたい事言っちゃって。泣かせたかった訳じゃないんだ。……その……本当にごめん」
加奈枝の優しさに抱かれて落ち着きを取り戻すまでの時間はとてもゆっくりと感じた。