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白百合の涙  作者: 雨足怜
アヴァンギャルド編
8/96

8仲間集め

第一章の最後まで書きあがりましたので、そこまで毎日投稿を続けます(予約済みです)。

 仲間を得て、覚悟も決まった。王国という強大な敵と、戦う覚悟だ。

 けれど、まだ足りないものは多い。敵の戦力は未知数で、こちらは三人。何より、私たちはただこの場所から脱走すればいいというものではない。

 私たちを縛る呪術が無効になるまで、この森から逃げることはできないのだ。


「それで、協力するのはいいけれど、具体的にどうするのよ。まさかノープランとか言うんじゃないでしょうね」

「さすがにそれはないわ。……まず、アベルを仲間に引き入れるよ」


 アベルの名前を出した瞬間、マリアンヌの顔がこれでもかとひきつる。マリアンヌはその呪術の腕と天邪鬼な振る舞いに反して、アヴァンギャルドの中でも比較的まっとうな人間性を持つ人物の一人なのだ。そうでなければ、私と話が成立したりはしない。

 アヴァンギャルドの中でも狂人の類は、そもそも話しかけても返事をしてくれないし、気づけば姿が見えないことも多く、さらには会話の折々で「殺してあげよう」などと告げて襲い掛かってくるような――さすがにそこまでの異常者は少ないが――おかしな者ばかりなのだ。


 こうしてまっとうに言葉を交わせているくらいには良識的なマリアンヌは、アベルとの協力など死んでも御免だというように、わずかに血の気の引いた顔で首を横に振っていた。


 正直、私もマリアンヌに同意したいところなのだ。変態の中でも変態的な(?)アベルと長々としゃべっていたら、自分にも彼の変態性が移ってしまいそうで、どちらかといえば彼は好んで関わりたくない相手の一人だった。以前、ディアンと話している最中に、アベルのことを受け入れているような言葉を口にしてしまった時、私は悟ったのだ。

 変態性というものは、病が人から人へと感染していくように、変態から真っ当な人へと移っていくものなのだと。アベルのような変態がいると知ってしまった瞬間、変態という深淵が私をのぞき込み、私という人間を闇へと引きずり込もうとするのだ。


 まあ、当時の私は何度も経験した死と痛み、そして記憶の喪失にかなり病んでいたので、アベルの変態性を肯定してしまったのも致し方ないかもしれないけれど。


「違うよ、マリアンヌ。私も正直、アベルと関わりたくないし、できればあまり話したくないよ……変態性が移りそうだから。でも、痛みを好む彼の在り方が、今の私には、私たちには必要なの」


 そう言ってから、気づいた。今の言葉は、アベルみたいな変態になろうとマリアンヌやキルハに言ったことにならないかと。

 マリアンヌの頬がひくひくと動く。両腕で体を抱くようにしながら、一歩、背後へと下がった。

 キルハもまた、引いたような顔をして私をじっと見ていた。


 思考が真っ白に染まった。

 キルハに誤解された。間違いない。一体どうすればいい。そもそも変態すぎるアベルが悪いのだ。アベルの変態性が悪い、つまり私は悪くない。早く誤解を解かないと、でもアベルが必要で、痛みを好むアベルだからこそ、私たちは共闘者に引き入れる必要があって、それを馬鹿正直に告げれば誤解を助長させるだけの気がするし――


「……アベルは呪術師の状態を見抜くための試験紙ということだね?」


 少しだけ頬をひきつらせながらも、キルハは正解を言い当てた。今にもこの場から逃げ出そうとしていたマリアンヌの動きが止まった。

 うんうんと、慌てながらも強くうなずく私と、理解した様子のキルハの間で、マリアンヌの視線が行き来する。


 先ほどとは立場が変わって、けれど私はマリアンヌのように偉そうに説教をたれるような趣味はないので、早く彼女の誤解を解いて正しい理解をしてもらおうと早口でまくし立てた。


 アベルは痛みを好む。そんな彼は、アヴァンギャルドにおいて唯一、私たちをこの場に縛り付ける呪術がまだ有効かを安全に見抜くことができる逸材だった。私たちが魔物の領域から脱走しようとすると、呪術が機能して激しい痛みに襲われる。そして、それは心の弱い者を廃人にするほど恐ろしいものだということだ。もし私たち三人が国と戦いながら呪術師の死を待つとして、いつになれば逃げることができるのか、それを判断する方法が私たちにはなかった。一歩間違えれば廃人という可能性に賭けて、じりじりと劣勢の中でもがきながら呪術師の死を待ち続ける。私たちには呪術師の死を知る方法が、魔物の領域から逃走する際に痛みが生じないことでしか判断できない。つまり、危険な漢探知をするしかないのだ。

 失敗すれば精神的な死が待っている挑戦をする必要がある。だが呪術師の死のタイミングもわからず、漢探知は回数をこなす必要があるだろう。その間にも、敵は私たちを殺そうと必死に向かってくる。


 そんな状況を逆転させるのが、痛みを感じてもむしろ喜悦を覚えるアベルという存在だった。


「……アベルが痛みを感じるかどうかで、呪術師の死を……私たちがこの場所から逃げられるかどうかを判断するということね」


 そう、と私は強くうなずいた。だったらそう言いなさいよ、と頭痛をこらえるように額に手を当てながらマリアンヌがぼやいた。キルハはあいまいな笑みを浮かべたまま、私のことをじっと見ていた。もしかして、私が変態である可能性をまだ疑っているのだろうか?

 気のせいだといいけれど。

 まあ、アベルの協力の必要性を分かってもらえたならばそれでいい。


 それじゃあすぐにでもアベルに話をしに行きましょう――そう動き出したマリアンヌの背を追って、私とキルハは夜闇に沈む森の中を歩き始めた。

 くしゅん、とくしゃみを一つ。そういえば自分がぼろ布の上にマント一枚の状態だったことを思い出して、私はマリアンヌとキルハに先に行くように伝えて、服を手に入れるために裁縫師でもある魔女のもとへと向かった。


 足は、ひどく重かった。

 彼女が作り上げた力作を何枚も着てファッションショーを行わなければ、彼女は服を渡してくれない。彼女との交渉のことを思えば気は進まず、さらにはあまり時間もかけてられないということで、彼女を満足させることができず、無駄足に終わりかねないという心配もあった。

 こんなことなら替えの装備を前もってもらっておくべきだったと思ったけれど、自分の力作が肥やしになっている状態が許せないと豪語する彼女は、予備を渡してくれはしなかっただろう。どうしようもなかったのだと思って、私は肩を落とした。

 特に私の場合、死と蘇生の際にぼろぼろになることのない丈夫な装備は必須で、だからこそ彼女の機嫌を取る必要性があった。死の度に裸になってしまうなど、いくら女を捨てているとは言えお断りだった。


 それから、約一時間、私は休憩なしのぶっ通しで彼女の着せ替え人形になった。想定外の短い時間で済んだのは、私がドラゴンを引き付けることで、彼女が作った服を守ってくれた感謝の思いゆえだった。最も、その戦いで彼女の力作である装備を壊してしまっていたので、さすがに対価である着せ替えなしで装備をもらうことはできなかったが。

 新たな装備――作りたてほやほやの、先ほど討伐したばかりのドラゴンの皮で作ったというド派手な赤い革装備とインナーに身を包んで、私は彼女の拠点を後にした。


 遅くなってしまってマリアンヌはひどく怒っているだろうなとか、もうアベルの勧誘は終わって、ひょっとしたらすでに解散しているかもしれない――そんなことを思いながら、私はいつもアベルがいる森の一角、アヴァンギャルドが拠点としているあたりのはずれの場所へと向かった。


 ちなみに、いくら建てても魔物の襲撃で容易く壊されるため、アヴァンギャルド全員が住むための建物は存在しない。先ほど私が向かった裁縫師の女性のように、たいていの者は自分専用の小さな住処を一人でこしらえるか、大木の洞に住むか、枝を使って簡易テントのようなものを作ってそこで雨風をしのぐか、あるいは完全野晒しで日々を送っているかのいずれかだ。

 私は野晒し派だ。生まれてこの方病にかかったことがない私は、雨を浴びても風邪をひくこともなく、また、雨で服が張り付く感覚もそれほど苦手ではなかったため、簡易テントを魔物に破壊されることが二桁に上ったあたりで、私は拠点を構えるのをやめた。

 アベルもまた、私と同じ野晒しタイプだ。正確には、滝晒し(?)とでもいうべきだろうか。アベルは暇なときは、睡眠中すらも滝行をしている。それは、彼曰く「寝ながら快感を得ることができる数少ない方法だから」だそうだ。

 最も、今ではずいぶんと慣れてきてしまっていて、最近では足の下にとがらせた小石を敷き詰めたり、正座した状態で太腿の上に大きな石を乗せたりすることで痛みを増強しているというのだから、もはや呆れて言葉も出ない。


 そんなわけで年中物理的に水の滴る男である――決していい男とは言い難い――アベルの居場所へと向かったわけだが、近づいていくほどにマリアンヌの甲高い怒号が大きくなっていった。

 ヒステリーな叫びの矛先が向かう人物を、私はアベルだと思った。マリアンヌたちがいる場所はアベルの居場所で、そしてマリアンヌは変態であるアベルとの共闘を、彼の存在の有用性を理解した今でも受け入れがたく思っているようだったから。


 果たして、茂みの先に見えたマリアンヌの口論の相手は、アベルではなかった。なぜなら彼は、我関せずとばかりに滝行を続けていたから。そしてもちろん、マリアンヌとともにこの場に向かった、まっとうな人間性を持つキルハが言い争う相手でもなかった。


「何をしているの?マリアンヌに、ディアン」


 そこには、現在のアヴァンギャルドにおいて、女性陣からアベルに並ぶ、あるいはアベル以上の変態と認識され、かつアベルとは違ってひどく嫌悪されている、靴下愛好家のディアンの姿があった。


 どうしてディアンがアベルのところにいるのだとまず疑問に思った。けれど思い出してみれば、アベルとディアンが話しているところをよく見かける気がした。それはもちろん、好意的な事情から私が二人を視線で追っていたからわかったということではなく、脱ぎたての靴下をかすめ取る女の敵であるディアンを警戒していたからだ。

 同じ変態であるアベルとディアンには、シンパシーを感じる要素でもあったということだろうか。親しげに話している二人の顔を思い出した私は、今にもディアンに向かって呪術を発動しそうなマリアンヌに走り寄り、拳を振り上げた彼女をあわてて羽交い絞めにして止めた。


 離しなさいよ――マリアンヌが叫ぶ。暴れるマリアンヌの腕が私の鼻を打ち抜いた。たらりと鼻を生温かいものが伝う感触があった。マリアンヌに共感する思いはある。

 ディアンは私たちアヴァンギャルドの女性陣の敵だ。けれど、だからこそというべきか、私は全力で彼女を捕えて離さなかった。ディアン相手に感情を爆発させれば、格好の標的になるだけなのだ。怒りに視界が狭まった状況では、相手の意識のすきを突くのを得意とするディアンの毒牙にかかりかねない。


 やっぱりというべきか、私が必死にマリアンヌの暴挙を食い止める隙に、ディアンは私の足へと手を伸ばした。やっぱり、マリアンヌに攻撃させればよかった。

 怒りを覚えて必死に足を下げる。伸ばされた手が私の足に触れるかどうかというところで、ディアンの動きが止まった。彼は、キルハに首根っこをつかまれて必死にもがいていた。


 口元にわずかに微笑をたたえているのに、全く笑っていない目でディアンを見下ろすキルハがひどく恐ろしく見えた。


「……また性懲りもなく靴下を盗むつもりだったの?」

「性懲りもなくって表現はひどくないっすか⁉悪意ありまくりっすね」


 キルハの口元から微笑が消える。

 ギン、と射殺すような眼光でキルハににらまれたディアンの頬を、一筋の冷や汗が流れ落ちる。おろおろと視線をさまよわせていたディアンは、これだ、と何かを思いついたように手をポンと打ち、顔に生気を取り戻す。そして、きりりと表情を引き締めて口を開いた。


 ちなみに今のディアンは、キルハに首の後ろをつかまれて猫のように持ち上げられた状態だった。ずりずり、と地面にあたるつま先がこすれて小さく音を立てる。


「これは違うっすよ。靴下を取ろうとしたんじゃなくて、靴下を愛でようとしたんすよ」

「ああ゛?」


 底冷えするような極寒の冷気のこもっただみ声が、キルハの喉から漏れ出た。

 ひぃ、と小さな悲鳴を上げたのはディアンか、マリアンヌか。私はといえば、キルハはそんな顔もできるのかと、驚きをもって彼のことを見つめるばかりだった。怖いというよりも、キルハの新たな一面を知ることができてうれしいと思うのは、私がおかしいからだろうか。あるいは、キルハの殺気が私には向かってこなかったからどこか他人事のように思えているのかもしれない。


 間近で殺気を浴びせられたディアンが、顔を土気色にしてばたばたと必死に手足を振りまわす。その手の動きを追ったキルハの視線が、私の方へと向く。

 ぱちり、と瞬きを一つ。それから少しだけ頬を赤らめたキルハが、つぃと私から視線を逸らす。

 その姿は、なんだかとてもかわいく見えた。


「あんたたち、付き合っていたりするわけ?」


 気づけば暴れることをやめていたマリアンヌが、ぐるりと首を巡らせて背後の私の顔を覗き込み、再びキルハの方を向いてそう尋ねてきた。

 もちろん、そんな事実はない。キルハと私は、ただのアヴァンギャルドの仲間だ。それ以上でもそれ以下でもない。

 だから私は、あるいはやりすぎなほどに強く首を横に振って否定した。どうしてか、胸が痛かった。私は、一体どうしたというのだろう?


 なぜだか、満点の星空が脳裏をよぎった。大樹の枝の上でキルハと並んで見た、星屑の海。広がる天蓋の美しさに魅了され、キルハの端正な横顔に目が吸い寄せられて、月と同じ色をした美しい瞳に意識を乗っ取られた。あの時抱いた既視感を思い出した。私とキルハの間には、もっと深い関係があるのではないか。私が忘れているだけで、実は私とキルハは男女の仲なのではないか――その夢想は、不思議と私の心を温かくした。


 体が熱を帯びた。羽交い絞めにしているマリアンヌに、早くなった鼓動が伝わりはしないかとひやひやしながら、私はゆっくりと彼女の体を離した。


 マリアンヌは、キルハに捕らえられたディアンを鋭い目でにらむも、殴りに行くことはなかった。

 ふぅん、と気のない声を漏らしたマリアンヌが、振り向きざまに口の端を釣り上げた。その口の動きを見て、私の思考は現実に舞い戻った。私とキルハが恋仲だなんて、そんなことあるわけがない。もし恋仲になっていたのだとしたら、記憶を失っている私に、キルハはその事実を告げただろう。あの星空観賞の際にそう告げられていれば、私は疑うことなくその言葉を信じたと思う。


 ――ねぇ、私は何か大切なことを忘れていない?


 問いかけるように視線を向けた先。キルハは私を見ることなくディアンと言葉を交わしていた。

 楽しくなってきたわね――気づけば機嫌を直していたマリアンヌが楽しそうにつぶやいた。

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