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白百合の涙  作者: 雨足怜
ブラックドラゴン編

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43/96

43増える魔物被害

 ドンドンと激しくノッカーが打ち鳴らされる音と呼び声を聞いて目が覚めた。カーテンの先はまだ暗い。隣にはすやすやと寝息を立てるレイラの姿があった。

 日も昇らぬような時間から一体何の用だと思いながら、私は寝巻にしている着古した服の上から外套を羽織って、やや急ぎ足で部屋を出た。レイラの安眠を邪魔する大きな音をこれ以上たてられるのは許しがたかった。

 廊下の先には、目をこする私とは違ってぱっちりと目が覚めたマリアンヌの姿があった。ちょうど部屋から出てくるところだったマリアンヌはしっかり化粧をしていて、いつもの美貌がそこにあった。来客に関係なくすでに起きていたのだろう。一体いつから起きていたのか、またどうしてこんなに朝早くから起きているのか不思議で、私は目じりににじむ涙をぬぐいながら首をひねった。


「……あんたがアベルに余計なことをするのを防ぐためよ」


 私の疑問の視線を感じたからか、マリアンヌは鼻を鳴らして私の内心の疑問に答えて見せた。以前私がアベルと一緒に二人っきりで朝の稽古に励んでいた一件が、いまだにマリアンヌの中でしこりになっているらしかった。それゆえ、また私とアベルが二人きりにならないようにと、マリアンヌはこんな朝早くに起きていたらしい。

 なんとなく気配を探れば、アベルとキルハもすでに起きているようで。ただ、今日は訓練場にいるのではなく、つい先ほど自室から出てきたといった様子だった。

 こうしてにらみ合っている――マリアンヌが一方的ににらむ形で、私はにらんでいるつもりはないが――最中にもノッカーがガンガンと打ち鳴らされ、その音を聞いてさらに眉間のしわを深くしたマリアンヌが私から視線を外して歩き出した。

 向かうのは、玄関。


「……どうしてついてくるのよ?」

「来客の対応のためでしょ。緊急の連絡なら四人全員で聞いたほうが効率的なはずでしょ」


 私に背後を取られているのが気に食わないのか、くるりと反転したマリアンヌは後ろ向きに歩きながら私をにらんだ。きっちりと着替えまで済んでいるマリアンヌの服装を見て、私は家の中にも関わらず外套を羽織って隠している寝巻のことを思い出して残念な気持ちになった。私の女子力は少々低すぎるのではないだろうか。

 そんな私の思いには気づかなかったようで、反論することない私をもう一度強くにらんだマリアンヌは足早に廊下を進み始めた。


「おはよう」


 階段を下りた先、一階に部屋を持つキルハとアベルと合流して、私たちは扉の前に立った。カーペットを踏み荒らすように扉に歩み寄ったマリアンヌがカギを開け、取っ手に手をかける。

 そうして、開かれた薄闇の先で、禿頭の男が軽く片手をあげた。


「邪魔するぞ」

「邪魔するつもりなら来るんじゃないわよ」


 日が昇る前に屋敷を訪ねてきたのは、この街のハンター協会の支部長だった。名前は――そういえば聞いていない。名も知らぬ禿頭の男は、私たち四人を見回し、勝手知ったる様子で遠慮なく屋敷内へと一歩を踏み出した。

 追い払うように手を振るマリアンヌの言葉も、たぶん本意ではないだろう。こんな非常識な訪問をしてきた以上、それなりの緊急事態が起こっていることが予想されるからだ。それにしては支部長には焦りがなくて、マリアンヌはそのことを腹立たしく思ったのかもしれない。

 まあ私も支部長の来訪のせいでせっかく眠れていたのに目が覚めてしまったのだから、それほど来訪を歓迎する気持ちではなかった。


「それで、何があったのか聞いてもいいかな?」


 玄関口から最も近い場所にある応接室へと案内して、キルハが早速支部長に要件を訪ねた。数度くらいしか言葉を交わしていない私たちを夜明け前に訪れる意味を問われて、支部長は太ももに肘を置き、前のめりになりながら口を開いた。


「……近々、大規模な騎士団と魔物の交戦が予測されている」

「予測?魔物たちの住処に何か異常があったということかな?」

「ここ最近、魔物の襲撃に王国が手一杯だったことは知っているか?」


 キルハの再びの質問には答えず、支部長はぐるりと私たちを見回す。当然、首を縦に振るものはいなかった。ここは魔物と生存域をかけた戦いの戦線から遠く離れた地。この街で安寧の日々を送っている私たちが、戦場の変化を詳細に知っているわけがなかった。

 魔物に対する恐怖心もそれほどではないこの街では、遠くの戦いのことなど噂にもなりはしない。

 知らないのか、とどこか落胆めいた口調でつぶやいた支部長は、頭を抱えるように体勢を低くした。その姿からは、どうやら相当な戦いが予見されることがうかがえた。そして、その影響がこの街にも来ることを示唆していて。


「……シャクヤクがお前たちになら言っていいと許可を出したから話すが、犯罪者たちを利用した魔物との戦いの最前線で魔物の侵略を阻止していたとある組織が壊滅したんだ」


 話していいも何も、私たちはその当事者だ。だからこそ、アヴァンギャルドという存在が人類の生存圏を防衛するのにどれだけ貢献していたかをその身で知っている。

 狂人奇人と魔女の掃き溜めであったアヴァンギャルドは、それゆえに有する異常な戦闘能力と積み重なる魔物への対応方法の伝授によって王国を魔物という脅威から救ってきた。何しろ、魔物は向こうから私たちを襲ってきて、私たちは強制的に魔物と戦い、生きるために勝利しないといけなかったから。

 そして、私たちを縛っていた呪術師の死を契機に、狂人たちを在野に解き放つわけにはいかないと、王国は私たちを皆殺しにする作戦に打って出た。それは、魔物との最前線で騎士以上に活躍していた集団の消失を意味して、人類側の防衛層が薄くなったのは言うまでもないことだった。


「そうして人類は弱体化して、騎士たちはこれまで以上に魔物の対応に追われることになったわけだ。より凶悪な西の魔物を確実に討伐するために、引退した騎士すら導入して、王国は対応に当たっているらしい。北と南から人員を融通して、何とか戦線の維持には成功して、だが他の戦線の厚みは、何かの拍子にあっけなく壊滅するほどに薄い」


 とはいえ魔具という新たな力を手にした王国は、その武器を持って魔物との戦いで勝利を収めるだろうというのが、私たちの最終的な見解だった。あの太陽のごとき灼熱の炎の威力をその目で見て肌で感じた身としては、人類圏の防衛戦線が崩れるということは考えにくかった。

 その状況が上手くいっていない理由として考えられるのは三つ。まずは、魔具を導入しても勝てないような怪物中の怪物である凶悪な魔物が戦線に現れたか、あるいは騎士たちに死傷者が積み重なり、戦線が薄くなったかだ。魔物との戦いの多くは西の境界に集中しているけれど、北と南にも、魔物との戦いは存在する。その三方向を守る必要がある騎士たちの数は、元からぎりぎりのものだっただろう。そして、アヴァンギャルドが抜けることで、西の防衛力の厚みが低下し、さらなる人員導入の必要性が生じて対応しきれずに――という可能性もあるのではないだろうか。

 第三には、キルハの言が正しければ――あるいはキルハの予想を王国が大きく超えていなければ、魔物を押し返すほどの魔具を量産するのは不可能なはずで、魔具の不足から戦力が足りていない状況になっている可能性もあった。

 支部長の話では人員不足ということで、魔具があまり役に立っていないうえに騎士の死傷者も増えているのではないかと私は思った。


「それで、戦線の悪化がこの来訪にどうつながるのか、異常と僕たちに頼みたいことを教えてくれるかな」

「まずは、魔物の情報についてだ。西の戦線にブラックドラゴンが現れるという情報が入った。これはワルプルギス……というかシャクヤクからの情報提供だな」


 ブラックドラゴン。それは、通常のドラゴンを超える能力を有した怪物であり、人間に対する殺意も他の魔物に比べて著しく高い魔物だった。かつてブラックドラゴンが現れた際、多くのアヴァンギャルドの戦士たちがその命を散らした。漆黒の炎は私たち人間を一瞬にして焼き滅ぼし、その爪は岩や私たちの体をまるでバターのように切り裂き、漆黒の目は私たちを恐怖と幻惑の世界に落とした。体から噴き出す漆黒の霧は私たちの体調を悪化させる病魔の霧で、爆発性もあるその霧へとブレスが放たれれば、森の一部にクレーターが生じた。

 そんなブラックドラゴンを騎士たちが倒せるのか、蘇った恐怖に小さく体を震わせながら、私はキルハと視線を合わせる。大丈夫だ――そう告げるようにキルハは私の手を握る。支部長に、私たちの恐怖を気取られないように努めて平静を装いながら、私はキルハの手を強く握り返した。


「未来視の魔法か何かなんだろうけれど、その情報の確度はどれくらいなのか教えてくれる?」

「どういう魔法なのかもあまり知らんが……八割くらいか?ただ、深刻な状況に対する情報ほど実際に起きる可能性は高い印象だな。ただまあ、まるで何かから逃げるような必死さで、普段あまり動かない魔物が東へ逃れようとしてくるっつう情報は確かだから、ブラックドラゴンに匹敵する化け物が人類へと接近しているのは確かだな」


 深刻な状況ほど的確に予知できるのだとすれば、最悪な状況といえるブラックドラゴンの襲撃はまず間違いなく起こるのだろう。つまりは、いつになるかわからないが、近いうちに危機的状況が人類を襲うという話だった。


「なるほど。それで、僕たちへの要求は何かな?まさか情報共有だけが目的じゃないだろう?」

「大部分は情報共有だぞ。この街で少なくとも剣士として人目に付くところで活動できて最も強いのはお前たちだからな、魔女を含めると知らんが、そんな強者と緊急時のために情報を共有しておくのは、魔物対策のために存在するハンター協会としては必須の業務なんだよ。そして、絶対とは言わないが、もし北や南の戦線が破られて魔物がこの近くまでやってくるようなことがあれば、防衛戦を依頼したい」

「それは強制か?」


 口を開いたアベルへと視線を向けた支部長は、少しためらいながらも「強制だ」と告げた。彼とて苦渋の決断なのだろう。人の視線のない場所で最も力を発揮でき、何より目立たないためにハンターになった私たちに目立つ英雄としての仕事を押し付けようとする支部長の行動は、私たちにとって受け入れがたいことだった。

 けれど、私たちが今後ハンターとして活動していくのなら受け入れなければならないことでもある。あいつらは緊急時に戦いに参加しないなんて噂が流れようものなら、噂は悪意をもってゆがめられて広がっていくかもしれない。例えば、私たちは魔女の一行である、みたいな情報を意図的に広められる可能性がある。

 そうなった時、国に目をつけられれば私たちは今の平穏な日々を失い、そして支部長もまた魔女をハンターにした罪に問われることとなるだろう。

 自分の首を絞めかねない選択だとわかっていても、支部長には人類を魔物から守るための機関の長の一人である以上、万が一の時の命令はしなければいけないということだった。


「だからもしもの時は頼む。そして、その時のために準備を整えておいてくれ」


 顔を見合わせた私たちは無言でうなずいた。強制的な依頼を拒否して悪目立ちするのは御免だったし、何より王国中枢から逃げる私たちにとって、王都や魔物の戦線からかなり遠いこの街は、数少ない安寧の地だったから。

 王国に生存がばれる可能性を極限まで低くするためにも、私たちはなるべく目立たないように緊急時を乗り越えないといけない。


 これまでとは違う魔物との戦いが始まろうとしていた。

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