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白百合の涙  作者: 雨足怜
放浪編

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32/96

32マリアンヌと師匠

「相変わらず怒りっぽいわね。そんなんじゃいつかぽっくり逝ってしまうわよ?」

「気遣ってもらわなくて結構よ。一度捕まりはしたけれどこうしてぴんぴんしているわよ」


 目障りだからさっさと消えろ――そういいながら手を振るマリアンヌへと、その人物がにやにや笑いながら近づいていく。

 濃紺の長いローブを腰で縛った、背の高い細身の人物。美女と呼んで差し支えない顔と、長い銀髪が美しいその人物は、けれどどうにも女性らしくない低い声をしていた。


「マリアンヌ、紹介してくれないかな?」


 自分の周りの空間をゆらゆらと漂う女性を手で追い払いながら、マリアンヌは「嫌よ」と端的に告げる。その一方で、現れた魔女は楽しそうにキルハに笑いかけ、器用にも空中で胸を張ってみせる。

 背筋をそらした拍子に低い天井に勢いよく頭がぶつかり、ガツンと大きな音がした。しばらく後頭部を抑えてグラグラと危なっかしく揺れてから、涙目になりつつもやっぱり胸を張って、その人物は高らかに己の名を告げた。


「あたしはシャクヤク。空間魔法を使う魔女だよ」


 よろしくね、と手を振るシャクヤクを見ながら、私とキルハは絶句していた。魔法によって現れたとはいえ、一切の気負いを見せず自分が魔女であることを平然と告げて見せるシャクヤクの在り方が私たちには理解できなかった。

 そこには、わずかなあこがれもあったと思う。魔女だからという理由で自分が社会の爪弾き者のような印象を持っていた私にとって、シャクヤクという人物はひどくまぶしい人物だった。その在り方を好意的に受け入れたのはキルハも同じようで、彼は感心したような声を上げた。

 ちくりと心臓がさすように痛んだのは嫉妬ではない、と思う。


「ちなみにソイツ、男よ?」


 は、と困惑の声を上げたのはアベルだった。ここまでほとんど声を発することなく聞き手に回っていたアベルは、マリアンヌとシャクヤクを見比べながら首をかしげる。まるで、どちらも同じくらいの美人だとでもいうように――


「二人とも美女だぞ?」

「びっ⁉」


 美女だと告げられたマリアンヌが一瞬で顔を真っ赤に染める。それからもごもごと口を動かすが、何一つまともに聞こえはしなかった。

 そんなマリアンヌの姿を見ながら、男であるというシャクヤクは楽しそうにニヤリと笑ってマリアンヌへと宙を漂って近づいていく。

 マリアンヌの耳へとこそこそと何かをつぶやく。


「なぁ⁉」


 頭から上る湯気が幻視できるほどに顔のすべてをこれでもかと赤く染めたマリアンヌは、きゅうと言いながら目を回してベッドに倒れこんだ。どうやら気を失ったらしい。

 一体シャクヤクに何を言われたのだろうか。ごくりと喉を鳴らした私を見て、シャクヤクはいたずら小僧のような笑みを浮かべて見せた。赤い唇がゆるりと弧を描く。

 美しい――思わず漏れたといったアベルの声を聴いて、マリアンヌが再起動する。


「余計なことをしたら燃やすわよ⁉」

「あら、余計なことってなんのことかしら?ひょっとして――」


 続く言葉をマリアンヌが全力で防ぎにかかる。狭い部屋を縦横無尽に駆ける二人の攻防が始まった。後衛にしてはおかしな俊敏さや狭い部屋の中での追いかけっこはこうして身についたのだろうかと、私はどたばたと暴れるマリアンヌとシャクヤクを見ながら現実逃避気味に考えた。


「……そろそろいいか?」


 頭痛をこらえるように頭に手を当てた支部長の声を聴いて、シャクヤクがふわふわと漂って支部長の隣に腰を下ろす。ちなみにマリアンヌはぜぇはぁと息を切らせて床に四つん這いになっている。瞬発力こそ高いものの体力のないマリアンヌはふわふわと宙に浮くばかりのシャクヤクをとらえるだけの体力はなかった。

 空中を漂いながら巧みにマリアンヌが伸ばした手を躱してみせたシャクヤクの魔法制御は驚くべきものだった。多分アヴァンギャルドの魔法の天才たちと遜色ない魔法の腕だった。

 ちなみに、アヴァンギャルドの中で私やマリアンヌは半分から下くらいの魔法の腕をしていた。私は制御不能という点では最低レベル。マリアンヌは使える呪術の幅こそ広いものの大雑把な使い方をする傾向にあり、しょっちゅうアベルを巻き込んでは嬌声を上げさせていた。そう考えると、アベルとマリアンヌは実はいいペアなのではないだろうか。思い返してみれば二人はよく一緒に戦っていたように思う。

 変態だなんだといいながらも、マリアンヌはアベルのことを意識していたのではないだろうか。

 ゴホンという音とともに姿勢を正して、私は先ほど考えていた思考を放り出して支部長の方を見た。


「……で、シャクヤク。ここに来たってことは話してもいいって許可を出しに来たと受け取っていいんだよな?」

「そうよ?この子たち相手なら何も問題はないわ。何せあたしの弟子が信を置く者たちだもの。魔女二人に戦士二人。男の魔女がいないのは残念だけれど、なかなかの顔ぶれね。精鋭ぞろいだわ」


 そう告げながら、相変わらず宙を漂うシャクヤクはアベルへと近づいてその頬に触れる。マリアンヌの頭に角が伸びる。


「ちょっと、何してるのよ⁉」

「何って……味見?」


 そう言いながらアベルの頬へとキスを落としたシャクヤクが、うらやましかろうというようにマリアンヌへと笑いかける。よく見るとアベルの頬にわずかとはいえ朱がさしており、まんざらでもなさそうだった。そのことを見てとったマリアンヌの顔から表情が抜け落ちる。


「……アベル、あんた男が相手でもいいタイプなのね?」

「そうかもな」


 痛みを好む変態である上に同性を受け入れる性癖の広さに愕然とした様子のマリアンヌが爪を噛みながらぶつぶつとつぶやく。どうしてこんな奴のことをわたくしは好きになったのよ――呪詛のような言葉が聞こえてきたけれど努めて聞かないふりをした。


「でも子持ちっていうのはねぇ」

「コイツか?ロクサナの姪だぞ。俺の子じゃない」

「ロクサナ……っていうと貴女ね。へぇ、姪っ子ちゃんかぁ、美人になりそうね」

「……どうも」


 バチンとウインクをされて、私はシャクヤクに圧倒されながら小さくつぶやくことしかできなかった。


「おおい、話を戻してもいいか?これでも忙しいんだよ」

「あら、支部長になってずいぶん上から目線になったものね?」

「……支部長ってのは偉いんだよ。ったく、時間がないならお前から話せよ」

「嫌よ。あたしに説明を求めるなんて、あんた正気なの?」

「多分正気じゃねぇな……はぁ」


 大きく息をついた支部長は気を引き締めるように一度強く自分の太ももを叩いてから、再び横に座ったシャクヤクを手で指し示す。


「すでに分かってるだろうが、こいつはシャクヤク。魔女たちの秘密結社『ワルプルギス』のリーダーをやってる年齢不詳の男だ」

「心は女よ」


 ひらひらと手を振るシャクヤクに「茶々を入れるな」と一喝し、支部長は鋭い視線で私たちを見た。

 魔女の秘密結社、ワルプルギス。私はその名前を口の中だけで繰り返した。魔女たちが秘密裏に組織立って活動している可能性は考えていた。多分支部長を助けたという魔女もワルプルギスに所属する者だったのだろう。国の主導で迫害される魔女たちは、だからこそ同族思いだ。そんな魔女たちが自らを守る互助組織を作って影で王国に対抗するのは当たり前のように思えた。

 シャクヤクの弟子だったというマリアンヌもワルプルギスの元、あるいは現メンバーなのだろうか。ちらりと見た先には、シャクヤクへと鋭いまなざしを向けるマリアンヌの姿があった。水と油のような二人が師弟だとは、言われなければ想像もつきそうになかった。


「それで、そのハンター見習いを含めて、魔女たちを人間社会の中で生きていけるように手を貸している一人が俺だ。つまりキッシェはシャクヤク……ワルプルギスからの依頼を受けて秘密裏にハンターとして受け入れている形だ」

「その、ワルプルギス、っていうのはどんな組織なのか聞いてもいいかな?」


 ちらりとシャクヤクに視線を向けて、ひらひらと手を振られるだけ。説明をするつもりがないと示されて、支部長は再び大きなため息を吐いた。


「ワルプルギスってのは、かつて栄えた古代王国の血を受け継ぐ魔女が、同族である魔女を守るために立ち上げた組織だ。組織に所属する魔女同士でネットワークを構築して、国の魔女狩りに対抗する。それが魔女の在り方だな」

「古代王国?」

「ああ……現在魔物の領域になっている森、その奥、西部に首都を構えてここら一帯を支配下に置いていた偉大なる魔法王国だそうだ。それ以上はオレは知らん」

「わずかとはいえ遺伝する魔法を主軸とした王国よ。最高の魔法の才能を有する王族を中心に、魔法を使える者たちが貴族として非魔女たちを支配していた、今とは逆の社会構造をしていたらしいわよ」


 魔女が人類の権力者として存在する社会。それはまるで夢物語のようで、けれど容易に想像できるものでもあった。魔法は、脅威だ。魔法を持たない者をたやすく殺しうる力が魔法、それによって恐怖統治をするならば、魔女たちが貴族や王族として国を統治するというのは理にかなっているかもしれない。

 その恐怖政治が行き過ぎたせいで今立場が逆転しているのではないだろうか。


「で、そんな高貴な血を引く子孫がこいつってわけだ。笑えるだろ?」


 高貴だと言いながら少しも敬意を払う様子のない言葉を受けて、何よ、とシャクヤクは支部長の脇に肘打ちを放つ。

 多分、決して敬意をもっていないというわけではないのだろう。支部長とシャクヤクが培ってきた信頼関係の深さが、その気安いふるまいから何となくわかった気がした。

 私とキルハも、そんな関係になれているだろうか。多分、まだ互いに遠慮しているところが多くある。遠慮することが悪いことだとは思わないけれど、もっと気の置けない関係になりたいと思う。隣にいることが当たり前で、互いに互いを尊敬しつつ必要以上に身構えることのない関係。

 けれど、そんな関係になるためには私の胸にある燃え盛る思いの勢いが激しすぎる。そのうちに、この思いも沈静化して、心穏やかに隣にいるような日が訪れるのだろうか。

 燃え上がるように激しい恋心が覚めてもキルハと一緒にいれたら――私は、それだけでよかった。

 今は、それだけじゃないけれど。


「そういうわけでオレは魔女親和派で、そしてすでに魔女を受け入れている以上、追加で魔女をハンター協会に引き込んでもそれほど痛手じゃないってわけだ」

「あたしも情報の隠蔽に協力してあげるわよ」


 感謝しなさいよ――そう告げるシャクヤクの視線の先で、ふんと鼻を鳴らしたマリアンヌがそっぽを向く。

 どうする、とキルハが私たちに視線で問う。ハンターになるべきかと。マリアンヌが賛成する。アベルも、賛成。

 もう一度、私はシャクヤクの方を見る。ひらひらと手を振る彼をどれだけ信頼していいのか、今の私には判断できない。けれど、ハンターになることで余計な注目から逃れることができるという時点で、答えは決まったようなものだった。


「……僕たちはこれからハンターとしてやっていくよ」


 そりゃあよかった――そう言って笑った支部長が、どこから取り出したのか私たち四人分のカードを提示する。金属プレートには、戦士ランクの文字と、私たちの名前が刻まれていた。


「ん?戦士ランク」

「ああ。あれだけの魔物を売っておいて一般人から始めさせる気はねぇよ」

「儲けものね……って、ランクが高いと何か意味があるのかしら」

「あら、そんなことも知らなかったの?ハンターランクが高いと、協会が秘密裏に抱える情報なんかにアクセスが可能になるのよ」


 その情報がどれだけ価値があるものかは不明だが、急いでランクを上げる必要がないということは分かった。下手に英雄ランクにでもなろうものなら確実に国に目を付けられる。

 ほどほどにしておけよ――私たちに後ろ暗いところがあると理解している様子の支部長の助言に頭を下げて、私たちは鉄の鎖が通されたハンターカードを首から提げた。


 こうして、あくまでも形式的なものではあるが、私たちはハンター協会に所属するハンターになった。

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