表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白百合の涙  作者: 雨足怜
放浪編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/96

31ハンター協会にて

「……はは、なるほど?」


 あきれたようなため息を吐いたのは、ハンター協会支部長。彼の前には荷馬車に山と積まれた魔物の素材があった。私たちが討伐した魔物の、素材として有用と思しき場所だけをとってきたそれらは、けれど全体の半分にも満たないほどの量でしかない。これ以上の量を積めば嫌な音を立てる荷馬車が大破していただろうし、馬もろくに引くことができないだろうことが明らかだった。

 それほどに魔物素材を積んだのは、自分たちの立場を隠すことを半ば放棄したという意味も持っていた。多分、私たちの情報は人々の伝聞を介して国に伝わるだろう。それはもはや覚悟の上だ。これほど多くの魔物を討伐できる存在が突如現れるという異常は、国に仕える者たちにアヴァンギャルドからの脱走者の存在を考えさせるだろう。

 とはいえせっかく討伐した魔物の素材の大部分を置いていきたくないというもったいない精神と、別に売らずとも魔具を作る材料にしてしまえばいいというキルハの考え、さらには子どもではあれどすでに二人に自分たちが魔女であるという情報が伝わってしまっている以上、下手に能力を隠すほうが疑わしく見えるという判断からだった。

 そうして私たちは魔物素材を山積みにして、徒歩で街に帰還することになった。そうして、悩んだ末に一部の魔物をさっさとハンター協会に売り払ってしまおうと私たちは考えた。

 ハンター協会は魔物との戦いを行う蛮勇なるハンターたちをまとめ上げ、迅速かつ確実に魔物の討伐をするための組織である。その業務は魔物に関するすべてにわたっており、魔物の情報収集や討伐依頼等の管理、ハンターの能力による確実な討伐の遂行に加えて、魔物素材の売買も業務の一つだった。

 魔物素材を売る方法は、一般の店に売り込みに行くか、ハンター協会に買い取ってもらうか、国の機関に売り払うかの三つ。だが、一般に選ばれるのはハンター協会への販売である。その理由は、一般の店での買取は信頼関係が必要であり、場合によってはハンター協会以上の額で買い取ってもらえる可能性がある一方、商品の瑕疵だとか様々ないちゃもんをつけられて問題に発展することも多々あるからだ。脳筋なハンターたちはまず行わない。国に買い取ってもらうなど、もっと面倒な手続きが必要になり、基本的にハンター協会での買取一択である。

 そういうわけで私たちは素材の一部を売り払い、それによって手にしたお金によってこの街での生活の拠点を購入しようと、道中および、一泊した野営における話し合いで決めていた。

 理由は宿暮らしでは十分な鍛錬スペースや魔具作成場所などの確保ができない。加えて、風呂がないことへの不満をマリアンヌが訴えた。さらにはレイラと一緒に住むことや長くこの街に滞在することになるかもしれない以上、費用対効果の面でもいつまでも宿暮らしより拠点を買ってしまうべきだと判断した。


 そんなわけで、キルハを中心としてあまり魔具を作るのに適さない素材――特に薬の材料の類――を買取場所へと運んで行った。

 そこへやってきた支部長の第一声が先ほどのものだった。

 まあ私たちも少々やりすぎたような気もしている。とはいえ魔物素材は非常に価値が高く、魔物一体で場合によっては平民の一生分の金を稼ぐことだってできるのだから、そんなものを捨てていく気にはならなかった。


「……お前ら、ハンターにならないか?」

「嫌よ。どうせノルマとか、面倒な依頼を押し付けてきたりとかあるんでしょう?」


 不快感をあらわに叫ぶマリアンヌに対して、支部長は訝しげに眉間にしわを寄せながら首をひねる。


「一体どこの考えだ?オレらはそんな組織じゃねぇぞ。活動は基本的にハンターたちの主体性に任せているからな。例外は街や村が魔物に襲われているという情報が入った際の緊急依頼くらいだが……さすがにそれを拒否するようなやつはハンターにふさわしくないだろ」

「ふぅん……じゃあわたくしたちの貢献度であんたの賃金が上がったりもしないのよね?」

「それもないな。お前たちを選任で担当する受付嬢が……ああ、一般的に受付嬢とハンターは信頼関係とスムーズな業務のために専任契約を結ぶことが多いんだが、その相手となる受付は多少給金が上がるぞ。まあ微々たるものだけどな」

「つまり、ハンター協会側としては魔物素材が潤沢に手に入る可能性を逃したくないってことね。わたくしたちはそれほど魔物狩りに向かうつもりはないわよ?」

「海の魔物の素材がわずかにでも入るだけで十分だ。最近のハンターは安全志向のやつが増えてあまり海に行きたがらないんだよな。まあなれない戦場での戦いの危険性を思えばわからなくもないんだが……とはいえオレがお前らにハンターになるべきだって言っているのはそれだけが理由じゃないぞ。お前ら、このままだと無駄に目立つぞ?」

「ハンターになれば無駄に目立つことはないってわけ?」


 すでに十分目立っているけれど――そう言うように周囲を見回せば、飲んだくれなハンターたちがそろって口笛を鳴らす。その視線が自分の胸部に集まっていることを感じてか、マリアンヌはやや不快そうに鼻を鳴らした。


「まあ目立ってるな。だが、ハンターとして目立つのと、ハンターでも何でもない者が魔物討伐を繰り返しているって形で目立つのとでは大違いだぞ?」


 ハンターは魔物を討伐する荒くれ者たちの総称だ。だからハンターが魔物を討伐しているという状況であれば、せいぜい流れてきた優秀な四人がハンターとして精力的に活動しているといった程度の話になる。けれどこれがハンターでも何でもない、しかも男女半々の混合集団が魔物を大量に殺しているとなれば、望ましくないうわさが流れる可能性があるだろう。それは例えば、私たちの中に魔女がいるといったようなものだ。

 魔女の存在を示唆するような発言をする支部長をにらみ、マリアンヌは魔物素材の運搬をひとまず終えた私たちのほうへと視線を向けた。距離があったとはいえ話は聞こえていて、だからアイコンタクトを交わすだけで済ませて、マリアンヌは再び支部長のほうへと視線を向けた。


「……場所を変えましょうか」


 それがいいだろうな――くしゃりと顔をゆがめた支部長がうなずき、先導する。その後を追って、私たち四人、それにキッシェとレイラの六人はハンター協会の奥へと向かった。ちなみにレイラはアベルに背負われて眠っている。見ず知らずの男性に負われて平然としているあたりに、弟とはずいぶんと違うタイプだと思った。

 案内された先は臨時で数人からなるパーティーを組んだハンターたちが依頼の詳細を聞いたり、情報交換をするための応接室のような場所だった。しっかりとした防音設備は、さすが王国中に広がっている優秀な組織だと思う。


「それで、ハンターになるか?」


 やや硬めのソファに腰を下ろすなり、ハンター協会支部長の男はさっそくとばかりにそう告げた。


「その前に、いくつか質問があるのだけれど」

「……だろうな」


 マリアンヌと、それから苦虫をかみつぶしたような顔をした支部長が視線を向けたのは、ソファの端に座るキッシェの方だった。キッシェが体を縮こませ、支部長がさらに表情をゆがめる。

 そんな支部長の様子を見て、キッシェが呪術師であることを支部長が知っていると確信した。そう考えれば、ハンター見習いである少女一人が海に飛び出して行ってしまったことへの異様な焦燥の理由がわかる気がした。

 キッシェが呪術師であり、彼女が人前で魔法を使ってしまう可能性を支部長は危惧したのではないだろうか。国が排斥の対象と定めている魔女をハンターとして起用しているなんてことがばれてしまったら彼が処分されることは明らかだった。いつキッシェが呪術師だと知ったのか、呪術師であると理解しながら彼女をハンターの地位にとどめている理由は定かではないが、その情報は絶対にばれてはいけない点だろう。

 そんな情報があっさりと流浪の私たちにばれてしまったというのは、彼にとって死の宣告に等しいだろう。おそらくはキッシェが呪術師だとばれたかどうか確認するためにわざわざ協会の一階に顔を出した支部長は、そうして最悪の事態が進行していることを知ったのだ。

 最も、キッシェの正体を知ったのが私たちであったというあたり、支部長は首の皮一枚つながったのかもしれないが。


 そして、おそらく、支部長は私たちの誰かが魔女であると確信を持っている。それは、支部長室で受付嬢と鬼ごっこをしていたマリアンヌが使った魔法に反応を見せたからで、さらにはキッシェという呪術師を起用していることがばれたという死刑宣告を受けているには彼が落ち着いていたからだった。

 その落ち着きに気づいたらしいマリアンヌが不思議そうに首をかしげる。


「いやお前、オレの部屋で呪術を使っただろう?」

「呪術……そもそも、あんたの部屋にわたくしがいつ入ったのよ?」


 半ば自分が呪術師だと宣言するような危うい発言をしながらも、マリアンヌは理解できないとばかりに首をひねる。まさか、マリアンヌはあの受付の女性を捕まえる際に呪術を発動したことを覚えていないのだろうか。正直言及されやしないかと私たちは冷や冷やしていたのだが。


「……支部長室のことだ。うちの部下と取っ組み合いをして部屋をしっちゃかめっちゃかにしてくれただろうが?」


 額に浮かんだ青筋をぴくぴくとさせながら口端をゆがめる支部長をじっと見て、ああ、とマリアンヌは声を上げた。ようやく昨日のことを思い出したらしい――


「――わたくし、呪術なんて使ってないわよ?」


 ずっこけるかと思った。実際、だるそうに背もたれに肘をかけていた支部長は、肘が背もたれから滑ってがっくりと体を傾けた。私とキルハも「正気か」といった顔でマリアンヌを見た。その顔には、嘘をついている様子はなかった。つまりマリアンヌは、この期に及んで呪術を使った事実を隠しているのではなく、そもそも呪術を使ったこと自体が記憶にないらしかった。

 つまり、マリアンヌは半ば無意識のうちに呪術を使っていたらしい。そんなことがあるのだろうか――一瞬そう考えたが、そこではたと気づいた。そういえば私も、意識して魔法を使ったことはなかった。そう考えればマリアンヌが無意識のうちに呪術を使ったというのはおかしくはない気がした。


「……つまり、僕たちはキッシェが魔女であるという情報を口外するつもりはないんだよ」


 だからわかっているよね――冷え冷えとした笑みをたたえながら、少しも笑っていない目で支部長を見つめながらキルハが告げる。ああ、とどこか投げやりな返事を聞いて、キルハは満足そうにうなずいた。


「……それで、どうして魔女とわかっている者をハンターにして、さらには僕たちを迎え入れようとしているのか聞いてもいいかな?」

「つまり、わざわざ危険を冒してまで魔女をハンターとして認めていることを知りたいわけか」


 キッシェを呪術師と知っている支部長が、さらに呪術師だとわかっているマリアンヌを含めた私たちをハンターとして受け入れようと提案する――その意図が分かりかねていた。支部長は何を考えて、自分の命を危険にさらすようなことを提案しているのか。そのことがわからない限り、私たちは支部長の提案を受け入れるわけにはいかなかった。

 背もたれにだらしなくもたれて天井をぼんやりと見上げていた支部長は唸るばかりで一向に理由を告げる気配がなかった。


「言えないのか?だとすればやっぱりハンターになるのは辞めようと思うんだけどね」

「言えなくは……ない、のか?」


 そこで視線を下げた支部長は、どういうわけか私たちではなくキッシェの方を向いた。まるで、その質問に答えるかどうかを決める権限がキッシェにあるように。だが当のキッシェはといえば支部長の視線にさらされて不思議そうに首をかしげるばかりだった。


「ええと、つまり話すには誰かの許可がいるということかな?」

「ああ、オレは魔女親和派だ。この単語自体は聞いたことがあるな?」


 魔女親和派――その単語に聞き覚えはなくて、私は肯定の相槌をするキルハへと視線を向ける。ちなみに、その単語を知らないのは元アヴァンギャルドの中で私だけらしかった。

 魔女という存在を受け入れる派閥だよ、と簡単な説明を聞いて考える。つまり魔女親和派というのは魔女を異様な力を使う異端とみるのではなく、その強力な力を有効的に活用しようと考える人たちのことだろうか。少なくとも魔女はハンターとして活動するにふさわしい者が多い。一部の優秀な戦士だけが対抗できる魔物を相手取って戦える魔女たちが表立って魔物との戦いに参戦すれば人類が魔物たちに十分に対抗できるかもしれない。

 つまり魔女利用派か――心の中に広がるわずかな嫌悪感に気づいたからか、キルハが追加の説明をしてくれた。

 曰く、親和派の者たちは魔女を一人の人間として受け入れようとする派閥なのだと。その多くが魔女によって救われたか、あるいは身内に魔女がいる者だという。


「ああ、俺自身はかつてハンターとして活動していた時に魔女に救われて命拾いして以来、魔女を受け入れているタイプの人間だな。まあ、そういうやつはハンターをやっていれば意外と少ないんだ。特にこの辺りはな」


 そう言ってちらりと見た先には、キッシェの姿があって。

 この辺りは魔女が多いということだろうか。あるいは、国に隠れてこっそりと魔法を使いながら魔物討伐を行っている魔女がいるということだろうか。その人物がキッシェの親戚、だとか?


「なるほど。あなたが魔女に悪感情を抱いていないということはひとまず納得するよ。それで、どうして魔女をハンターとして受け入れるようなことをしているのか、そこはやっぱり話せないのかな?」


 ああ話せない――苦い顔でそう告げようと口を開いた支部長は、けれどそこで言葉を止める。

 魔力反応――を私は感じられなかったけれど、キルハたちの反応と、その後に続く現象から魔法が発動されたことを私も知った。

 そして次の瞬間、何もなかったテーブルの上、空中に一人の人物の姿が現れた。


「師匠!」


 キッシェがその人物を見て声を上げる。キッシェの師匠――魔女としてのだろう。

 これまでずっとそこに隠れていた――というのは、さすがにないだろう。いくら魔法を使っても、これだけ目の前に潜んでいる相手を見抜けないほど私たちの目は節穴ではない。魔物の中に私たちの視界に映りながらも存在を認識させない凶悪な魔法を使う個体もいたのだから。

 つまり、今突如目の前に現れた人物は、どこかから一瞬で移動してきたということ。ふわふわと浮かんでいる美女は、私たちを見て、そしてマリアンヌを見て驚いたように目を見張った。

 うげ、とマリアンヌが顔を引きつらせる。


「久しぶりだな、マリー」

「わたくしはマリアンヌよ!」


 やけに野太い声でその人物はマリアンヌのことを呼んで。

 そしてマリアンヌの怒号が、狭い応接室の中に響き渡った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ