3魔女
残酷描写があります。苦手な方はご注意ください。
魔女とは何か。それを語るには、魔力と魔法について知る必要がある。
魔物という異常者が行使する、魔力という目に見えないエネルギーを使って引き起こされる特異な現象。それが魔法である。
一言で魔法と言っても、そこにはたくさんの種類がある。例えば驚異的な肉体の回復能力を引き出し、体をざっくりと切り裂かれるような傷を負っても数分と立たずに完治させる回復魔法というものがある。また、炎を生み出す魔法だったり、空を跳ねたりする魔法がある。それから、まるで金属針のように高質化した毛を飛ばしたり、体の一部――舌などを異様に伸ばしたり、幻を見せたりといった、相手の存在をゆがめてしまう呪術の系統に属する力もある。分類することが馬鹿らしくなるほどに、魔物たちはユニークな魔法を行使する。
それらの魔法は、その種類の魔物が皆持っている種族魔法と呼ばれるものと、個々が特異的に有する固有魔法に大別される。そして、本来は魔力というエネルギーを持つことのない人間という種族の中から、ごく稀に表れる魔法の使える存在が魔女だった。つまり、魔女とは固有魔法を操る人間のことだ。ちなみに、魔法が使える男も女もひっくるめて「魔女」と呼ばれる。これははるか昔に暴虐を働いた「災厄の魔法使い」が女だったことに由来するらしい。
もし災厄の魔女という存在がいなかったら私が魔女であるという理由だけで、実質的な死刑として人類最前線で戦う組織「アヴァンギャルド」に送られることはなかったかもしれないと思えば、災厄の魔女がひどく憎かった。
まあ、今となっては災厄の魔女を恨む気持ちは、ゼロとは言わないまでもほとんど存在しない。それは、私自身が自分のことが化け物だと実感していて、そんな異端である魔女たちは、災厄の魔女という過去の存在の有無に関わらず、魔法を使えない人々から排斥の対象になっただろうと考えるようになったからだった。
実際、歴史がそのことを証明していた。
はるか昔、まだ災厄の魔女が生まれていなかった世界では、魔法という奇跡を使える魔女たちは、崇拝されることもあれば、怪物として処刑されることも多かったという。前者は、人々を癒す回復の奇跡を有した存在で、国はこぞって彼ら彼女らを取り囲んだという。そして後者は、人という生命の枠組みから逸脱したいびつな力を持つ――人殺しに長けた業火を生み出して操る魔女などが該当したという。ちなみに、このあたりの話は聞きかじった情報だから、どれほど真実性があるのかは定かではない。
今でこそ物語の中で都合よく悪として語られる災厄の魔女だけれど、彼女もまたそうして処刑されそうになった魔女の一人だったのではないか――そう思えば、災厄の魔女をかわいそうに思う気持ちも沸き起こった。あるいは、羨望だろうか。死ねない私とは違って、災厄の魔女を含めたほかの魔女たちには死という救いがある。どれだけ苦しくても、つらくても、死ねばそのすべての苦悩から解放される。私にとって生きることは、永遠の牢獄の中でもがくことなのだ。だから死によって苦痛から解放された彼女たちが、ひどくうらやましかった。
そんなわけで人類の中で忌避され、排斥される魔女だが、魔女という集団の中にもいろいろと存在する。それは、使用する魔法の種類以外にも、どのように魔法を使うかという話や、そもそもどこにある魔力を使うかという区別である。
例えば、私の場合は死の瞬間に魂から生まれ落ちた魔力が魔法という形を得て、私の肉体時間を遡行させる。つまり、私は通常時には魔力を持たず、死の瞬間にだけ魔力を有して魔女になる少々特異な存在だった。
呪術師という分類の魔女であるマリアンヌの場合は少し違う。彼女は常に、体内で生産されて肉体を器として溜まっている魔力を、魔法という現象に変換して世界に干渉する。つまり、マリアンヌは常に体に魔力を有するという意味で、私とは大きく異なる存在である。そんなわけでマリアンヌの魔法行使には、体内に蓄積されている魔力量を使い切ったらしばらく魔法が発動できないという制限があり、生き延びるためには魔力残量を把握しなければならなくて大変なのだという。
私はそんな経験はないから、マリアンヌの苦労はよくわからないが、残りの体力を図りながら戦いを続けるという意味なら、案外簡単なものじゃないのかと思ったりもする。教えてはくれなかったけれど、マリアンヌはたぶん自分の魔力を認識できていないのではないだろうか。何しろ、私は膨大な魔力しか認識できず、生死という世界の仕組みをゆがめる自分の魔法と、一部の魔物の強力な魔法しか感じ取ることができないから。
魔力残量がわからないのだとすれば、魔法を使った規模的にあとどれくらい魔力が残っていて、時間経過でこれだけの魔力を体は生み出して、あとこれくらいの現象を引き起こすことができて――と面倒な思考をする必要が生まれるのかもしれない。
他にも、魔法を使う瞬間に心臓あたりから魔力を絞り出して、気合の掛け声とともに魔法を発動するという魔女や、自分の肉体には一切魔力が宿っておらず、大気中に微量に存在する魔力や魔物が有する魔力を使うことで魔法を発動するという、肉体に一切の魔力が宿っていないという意味では限りなく一般人に近い魔女もいるのだという。
要は、魔女というのはおかしな存在で、そして魔女たちは生き延びるために魔法を隠し、魔力を隠して生きている。そしてひとたび魔女だとばれてしまった場合は、生き残るために、自分の人生をゆがめたことに対する憎さすら感じる魔法の腕を必死に磨くことになるのだ。
――私のように。
私が魔法を発現したのは、確か十五歳の時だった。
虫食いだらけの記憶が正しいならば、その日はなんて事のないありふれた日だった。ただし、普段と少し違ったのは、海に近い辺境にあった私の村で、大きな教会が建設中だったこと。回復の魔法を使える魔女たちを聖女とあがめて、権力者とのパイプをつないで甘い汁を吸う組織。それが教会という集団に対する、一村人である私の認識だった。正直腐っていると思うし、回復魔法だけを、回復魔法を使う魔女だけをえこひいきするあり方は許せない。けれど回復の奇跡という魅惑の光は、瞬く間にその信仰を大陸全土に広げるに至った、らしい。
そんな教会の建設のために、村にはたくさんの人が出入りしていた。それはもう、村に住んでいる人よりも多いのではないかというほどの人数の大工や商人、人や建築材料を運ぶ馬車の御者や設計士、奴隷がひっきりなしに動き回り、まるで村が街になってしまったのではないかと思えるほどに村は活気づいていた。
そして多くの人が集まれば、そこには当然、ろくでなしの類が混じるものだった。
そんなろくでなしの代表がとあるハンターの男だった。
魔物と戦い、その不思議な、ともすれば失った腕を生やしたりできる薬の原料になるような魔物素材を持ち帰って金を手に入れるのがハンター。正確には魔物から人類を守るための崇高な使命を持つ戦士たちなのだとハンターたちを管理するハンター協会はうたっているけれど、ハンターにいい経験のない私から言わせればごろつきの集団だ。荒くれ者であるハンターたちの中でもとりわけ腐ったその男は、たくさんの石材を乗せた馬車が魔物に襲われた際の対応のために教会を建設する人たちに同行した護衛でもあった。
飲んだくれ。いつも赤ら顔で酒場にたむろしていた彼は、けれどのんきな私たち村人には決して逆らえないような威圧感を持つ人物だった。巌のような重厚な体つき。全身の筋肉で破れそうなほどに服は盛り上がっていて、顔には眉間から頬にかけて大きな傷がつき、半袖から覗く腕にもいくつもの傷があった。
背負うのは、女性の中では背の高いほうである私の身長よりもなお長い大剣。切っ先から柄尻まで二メートルを超える剣は、これまで多くの魔物の血を啜ってきたからか、呪われてでもいるように、見る者の心臓をわしづかみにするような強烈な気配があった。
男は、自分を尊敬の目で見てくる剣士や騎士を夢見る少年たちの羨望のまなざしに満足げに笑い、恐怖して遠のきに眺めるばかりだった他の村人たちの在り方に不満を抱いた。
そんな男の目は、村の中でも一目置かれる美人な少女――私と、私の弟の幼馴染の少女に目を付けた。
同性の私が羨望する気にもならない、現実離れした眩いはちみつ色の金髪に、深い青色の瞳を揺らす目などのパーツは黄金比を作って並び、すらりとした顎のラインをしていた。雪のように白い肌は病弱だった幼少期故で、けれどそれが薄幸美人のごとき、今にも手折れてしまいそうな儚さを生み出していて、強く嗜虐心を誘うのだ――男は後にそんなことを言っていた。整った目鼻立ち、私の弟を見てわずかに頬を染め、目じりを下げる表情、ふわりと雪解けのように儚く微笑むその姿に、男は魅了された。
男は彼女に酌をすることを求めた。
従わないという選択肢はなかった。男がその気になれば村の者たちは皆が虐殺されることなどわかっていた。数いる護衛たちの中でその男が最も腕が立ち、その気になれば全員で相手をしても男には勝てないだろうと商人が話しているのを聞いた。そして男は、そんな非道なことをしかねないと私たちに思わせるような危険な光をその目に宿していた。
果たして、私の幼馴染にして友人の少女は、半ば生贄のように男に寄り添った。その細い肩が、男の太い腕につかまれた。体をこわばらせる彼女は、逃げなかった。逃げられなかった。強力な力で捕まえられ、涙目で男を見つめる彼女は、恐怖に震えることしかできなかった。
そんな姿が、男をさらに興奮させた。
尻をもんだ。柔らかなピンクの唇に触れた。私の幼馴染が、汚されていった。
気色が悪かった。吐き気がした。無力で、男を睨んでいることしかできない自分が、許せなった。男の興味が自分に向かうのが怖くて、男の怒りが自分に向けられるのが怖くて、私は黙って彼女が身をよじる姿を見ていた。彼女は、私にすがる視線を向けることはなかった。助けてと、そう告げることはなかった。わずかに涙でにじむ強い光を宿した目に、私のことを巻き込むまいという決意を感じた気がした。
男に命じられて、彼女が歌を歌う。海に消えた恋人の歌。
会いたくなったら海に行く――悲恋の歌を聴きながら、そんな歌詞の内容はどうでもいいとばかりに、美しい少女を支配しているという実感に男が浅く笑う。
彼女は、朗々と歌い、そして、再び男の横に戻った。その目はもう、私を映すことはなかった。
そうして時間は過ぎていった。
ただ、彼女が纏う空気だけが数日のうちに死人のごとくよどんで、その顔から生気が抜け落ちていった。
男の行動はエスカレートした。男を止めるものは、何もなかった。
腐った男がとる選択なんて、一つだった。
男は、彼女に毒牙を伸ばした。
そして、そんな男に立ちふさがったのが、私の弟だった。
相思相愛だった彼女と私の弟。ひそかに思いを紡ぐ相手が危険にさらされる中、黙ってみているほど弟は大人ではなかった。黙って見ているしかないという思いを無視して、正義感にかられた弟は、男に躍りかかった。
酒場からでてしばらく行ったところ。工事中の教会予定地の少し手前で、人気のない暗がりに彼女を連れ込もうとした男に、弟は拳をふるって。
当然、激しい戦闘に従事している男に、弟のひ弱なパンチが当たることはなく、逆に弟が男の拳を受けた。
その体はまるで跳ねるように吹き飛び、ごろごろと地面を転がった。建設中の教会の横で突如発生した暴行に、作業中の人たちが手を止めた。
弟は、仰向けに地面に倒れていた。震える腕を動かして、せき込みながら起き上がろうとして。
男が、弟の体を踏みつけた。苦悶に顔をゆがめる弟が、絶望的な状況の中で男に叫んだ。許さないと、彼女を傷つけるなと、悲鳴のように怒りの言葉を吐き出した。
男がニタリと笑った。その腕に抱く少女へと視線をおろし、顎をつかんで顔をあげさせた。小さく、彼女がうめいた。
そして、弟と私の目の前で、これ見よがしに彼女の唇をむさぼった。
彼女の目から、一筋の涙が伝い、地面に落ちて散った。
その瞬間、私の中の何かが切れた。恐怖が、体の中から吹き飛んで。私は男にとびかかった。
醜悪に笑った男の目が、私を捉えた。逃げてくれと、そう訴える弟の目に、私の姿が映っていた。
強く風が吹き、砂が舞い上がった。それが、男が足を振りぬいたことによるものだと、私の動体視力では見抜けなくて。
私の体が、吹き飛んだ。弟以上の速度で、全力で蹴り飛ばされた私の視界が、ぐるぐると回った。背中に、脳に、衝撃が走った。
未来の教会を支える柱の一つに背中から叩きつけられた。視界が一瞬で白く染まった。痛みは、一瞬だった。魔物という怪物たちを相手に戦える男の本気の蹴りを受けて、たかが一人の女性が無事でいられるはずがなかった。
柱が折れ、支えられていた教会の骨組みが崩れていった。
私の体は、その崩落に飲み込まれた。私は、たぶん、その崩落の前、男の蹴りとその後の衝突の時点で、死んでいたのだと思う。
私は死んで。
けれど、死ななかった。
あらゆる感覚が消えた無の世界で、ひどく体が熱を帯びていた。濁流のごとくうごめく力に、私の意識は飲み込まれた。
これが死かと、そう思って。
そして私は、目を覚ました。
視界が、赤かった。それが、自分の体から流れ落ちた血だとは、理解できなかった。
砂煙がひどかった。足に伸し掛かっていた教会の骨組みが、私の動きを縛っていた。遠くから、私の名前を呼ぶ切羽詰まった声が聞こえた。多分、それは弟の声だった。
私はその時、弟の声に関する記憶を忘れていた。弟の言葉自体は覚えているのに、弟の声に関する情報だけが、私の脳から、記憶から消え失せていた。
私を呼ぶ聞き覚えのない誰かの声になぜか心震わせながら、私はせき込みつつも全身の力を使って、足を木の下から引っこ抜いた。
不思議と、足は痛くなかった。足どころか、全身が痛くなかった。視界がひどく赤くて、地面には自分の体から零れ落ちたはずの血が点々としていたのに、それは私の血のようには思えなかった。
うめき声がした。それはたぶん、作業中だった奴隷や大工が巻き込まれて怪我をしたことによる苦悶の声。その声は、ぐわんぐわんと私の脳を揺さぶった。
どうして私は生きているのか、どうして私は今、痛みを感じてないのか、急に自分がおかしくなったようで怖くなった。
殴られて、倒れて、たぶん、死んで。そして――
私は思考を振り切るように、舞い上がった砂煙の中から飛び出して、再び男に殴りかかった。
私を殺したと思っていたらしい男は、弟をいたぶることに意識が向かっていた。だから、私の動きに、男は追いつけなかった。
背後から、男の膝裏を全力で蹴った。
がくんと男の膝が曲がって、体勢が崩れた。弟の恋人を捕まえる腕に、私は全力で嚙みついた。
男が悲鳴を上げる。無茶苦茶に振り回した腕から、囚われの少女の体が解放された。私の体もまた、ぶんぶんと振り回されて、けれどその手を噛む口を離すことはしなかった。
それどころか、私は全力で男の肉をかみちぎった。
男が絶叫を上げる。
その声はどこか遠くのことのように聞こえた。鉄の味がすると、そんなことを思った。口の中の肉片を吐き出した。
男の顔が、憤怒に赤く染まった。
「逃げて」
呆然と私を見上げる弟に告げて、私は男に向かって走り出した。
男が、無事な片腕で、背負っていた大剣の柄を握った。
皮で覆われた巨大な大剣が、私に向かって振り下ろされた。
避けることなんてできなくて。私は逃げようと動いたところで足をもつれさせて斜め前に倒れこみ、肩を鈍器で粉砕された。
激しい痛みが襲って、視界が明滅した。赤く染まった視界の先で、怒髪天を衝く男が私に向かって再び大剣を振り上げていた。
大剣を覆っていた茶色の皮がくるくると剥がれ落ちていく。黒々とした墨色の剣身があらわになった。
光を反射する、月夜のような大剣が私を襲って。
痛みとともに、私は再び何かを喪失した。
意識が闇に落ちて、業火に焼かれるような熱を感じた後、痛みが消えた。
ぎょっとするように目をむいた男の姿が、視界に映った。
死んで生き返ったということに、私だけが気づいていなかった。
私は、無我夢中で男に駆け寄り、その首にかみついた。
誰かの悲鳴が聞こえた。焦りのにじんだ男の声、どこか呆然とした弟とその恋人の声、誰か止めろと喚き散らす見知らぬ者の声。そのすべてが、どこか遠くの世界で響いていた。
暴れ狂う男に抱き着いて、死力を尽くして体をひねった。
ぶちぶちと、何かが引きちぎれる音がした。歯が抜ける嫌な喪失感があった。
そして、私は男に弾き飛ばされて地面に頭を強く打ち付けて、意識を飛ばした。
喪失感とともに、激しい熱が私を包み込み、暗闇の世界から舞い戻る。
額を伝った血が目に入って、視界が赤く染まった。
男が倒れる音が、聞こえて。
私は呆然と座り続けた。
そして振り返った私は、血が入って痛み、涙でにじんだ視界で、弟が目を見開いてこちらを見ている姿を捉えた。
必死に恐怖を押し殺しながら、泣くように、怯えるように、安堵するように、ゆがんだ笑みを浮かべていた。
そして多分、私は笑った。もう大丈夫だと、そう告げるように。
ヒッ――男に囚われながらも悲鳴一つ上げなかった彼女が、小さくしゃくりあげる音が響いた。
捕らえられて、全身を縛られて。厳重な警戒の下で教会の馬車に乗せられる私は、振り返って村を見た。夜闇に沈む私の村は、ひどく寂しげに見えた。
私の近くで警戒していた奴隷が恐怖に顔をゆがめた。
遠くから潮騒の音が響いてきた気がした。馬車の方へと振り返ろうとした私は、顔の動きを止めた。聞こえてきたのは海のさざめきではなく、砂を踏む二つの小さな足音だった。
闇の先から現れたのは、二人の子ども。立ち止まって私を見つめていたのは、様々な感情をないまぜにした表情を浮かべる弟と、震えながら弟の袖をつかむ少女。
「……元気でね」
暗闇の先、松明の明かりの中でぼんやりと浮かび上がった二人に別れを告げた。
それから、聖女の回収とともに魔女を捕らえる役割も担っている教会の者に捕らえられ、厳重な警戒の元で私は監獄に送られた。拷問は、なかった。魔女の魔法を封じる方法を持たない人類に取れる手段は、一刻も早く人殺しの魔女を呪術で縛って、戦線に送り出すことだけだった。
私は自分の魔法が、死の瞬間に自分の肉体の時間を巻き戻すことで疑似的に蘇生を行うものだと知ることなく、またその事実を国に知られることなく、最前線に投下された。
そして、私はアヴァンギャルドの一員となった。
流れる風が顔に吹き付ける。目に入った小さなごみのせいで涙がにじんだ。弟のことを思い出したから、ではないと思う。懐かしさはあった。もう一度くらい会いたいという思いもあって。けれどもう二度と会えないだろうと、私は諦めていた。
それで良かった。希望なんて持ったところでどうしようもない。私の日常は、この血と死の匂いがはびこる開拓戦線。魔物と戦い、社会不適合者である仲間たちに背後を取られやしないかと緊張しつつ、いつか心折れるまで立ち続ける。
道は、長い。死ねない私も、この大木くらいの年齢になるのだろうか?その時、私は何を覚えているだろうか?死を繰り返しすぎて、自分が何者であったかも覚えていないかもしれない。ロクサナという名前を忘れて、どうして戦っているかも忘れて、慣れ親しんだ開拓戦線でのんきにお茶でも飲んでいるかもしれない。あるいは、呪術によってこの場所に囚われていることを忘れて逃げ出そうとして、突如襲い掛かった激しい痛みに、誰へともなく罵詈雑言をまき散らしたりしているだろうか。
想像してみた。痛みにのたうち回り、全身が土やら枯れ葉やらで薄汚れて、半開きになった口からよだれを垂らしながら、地面の土に爪を立てながら目を血走らせ、髪を振り乱しながら吠える未来の私――なんというか、本当にありえそうで困る。
幸い、私はまだ自分が呪術によって行動を縛られているという記憶を持っている。そして、今の私には失った記憶を共有していてくれる仲間たちがいる。油断ならない相手もいれば、ある程度は信用してもよさそうな――信用したいと思うかはともかく――存在もいる。
私はまだ、歩いていける。
目尻ににじんだ涙を指でぬぐう。その液体はとても温かくて。
私は、自分が生きていることを実感した。