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白百合の涙  作者: 雨足怜
アヴァンギャルド編

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11/96

11キルハの過去と魔具

 焚火を取り囲む私たちは、結成後そのまま対王国のための作戦を立てることにした。

 敵の戦力は未知数。少なくとも魔物を支配することが可能な呪術師が敵側にいるということが分かっており、明らかに戦力面では私たちは不利に置かれていた。


「それで、他の人たちには声をかけないんすか?」

「あいつらの頭に協力なんて単語があるわけないでしょ」


 更なる戦力増強を提案したディアンの言葉は、マリアンヌによって一蹴された。

 アヴァンギャルドに属するのは、一癖も二癖もある者たちだ。私を含めてここにいる五人はその中でも比較的共闘可能な人間だと思っている。中には絶対に背中を見せてはならないような存在もいて、あるいはそもそも一度も一緒に行動をしたことがなくて能力を知らない相手もいる始末だ。そんな者たちを招き入れたところで、まともな連携をとることができずに集団が崩壊するだけだというのが、私やマリアンヌ、キルハの考えだった。

 アベルもそれに賛成なようで、けれどその顔は敗北濃厚な状況を思ってか、わずかに歪んでいた。少なくともアベルは痛みを求めて死に突っ走るタイプではないと、その表情は示していた。


「だったらどうするんすか?この五人だけで王国の呪術師たちを相手取るのは無茶っすよ」


 別に、勝つ必要はないのだ。ただ私たちをこの場所に縛る呪術師が死んでその術が解けるまで生き延びて、逃走できればいいのだから。勝利条件は、呪術師が死ぬまでの生存と、その後の逃走。つまり、正面切って戦う必要すらなかった。


「王国と戦わずに森の奥に逃げるってのはどうかしら?」

「奥に行くほど魔物の強さは増すぞ?自殺行為だろうな」

「敵が呪術師だけなら、狙い撃ちすれば倒すのは簡単じゃない?」

「そもそも相手が森に入ってくるならね。場合によっては、はるか遠くから僕たちに魔法を叩き込んだり、遠隔支配で魔物を操る呪術師が攻撃を仕掛けてきたりするかもしれない。それに、何も呪術師だけが僕たちを殺しに来るとは限らない。魔物との戦いに人員を割いていてあまり余裕はないだろうけれど、騎士の精鋭部隊くらいは襲いかかってくるんじゃないかな」


 騎士、と言われてもその能力を私は知らない。それはマリアンヌやアベルも同じようで、瞬きを繰り返して首を傾げるばかりだった。一方、キルハの言葉を聞いたディアンはといえば、宙を見上げながら「あー」と言葉を漏らしていた。


「以前ボクを襲った騎士はすごかったっすよ。まるで軽業師みたいにひょいひょいと壁を駆け上がったり、振り下ろした剣圧で地面に傷をつけたり、やりたい放題だったっすよ」

「剣圧で地面に傷……?」


 なるほど、騎士というのは化け物だったのかと私は頷いた。壁を駆け上るというのは、今の私たちなら可能だと思われた。けれど剣を振ることで衝撃を生み出して地面に傷をつけるというのは、少なくとも私にはできそうになかった。

 最も、アヴァンギャルドに属する達人クラスの者であればそんなことをやっているのを目にしたような気もするけれど。


「戦わずに隠れるのはどうかしら?わたくしの呪術で、相手の認識から存在を隠すことができるわよ」

「相手が呪術師じゃなければ有効だろうね。たぶんそれ、魔力を認識できる者なら術を見破れるだろう?」

「試してみる?」


 再び提案に疑問を投げかけられたマリアンヌは、それを自分に対する挑発と受け取ったのか、止める暇なく呪術を発動した。

 その瞬間、私の目の前からマリアンヌが消えた。いや、マリアンヌは動いていないのだから、そこにいるはずなのだ。けれど私の脳は、そこにマリアンヌがいることを認識できなかった。何というか、ひどく気持ちが悪かった。視界にマリアンヌは映っているのに、私はそこにマリアンヌがいると認識できない。まるでマリアンヌという存在がその場所にいないように、私は感じていた。


「ロクサナ、マリアンヌを認識できる?」


 キルハの質問に、私は首を横に振った。


「無理だよ。私は魔力を認識できないもの」

「え、ロクサナさんって魔女っすよね?魔力を感じられないんすか?」

「魔女と一言で言っても、いろいろと種類がいるからね。私は魔力を認識できず、意図して魔法を発動することもできない魔女なのよ」


 悪い?と睨めば、ディアンは少しだけ青白い顔でフルフルと首を横に振った。それから、まるで逃げるように視線をマリアンヌのほうに向けて、目を皿のようにして見つめていた。その視線が向くのは、やや下方、地面のあたり。やがて、視線はスス、と奥へと一歩分ほど移動する。

 そして、マリアンヌが術を解除して、その姿が再び私の認識の中に戻る。私の視界の中、マリアンヌは先ほど座っていた場所よりも体一つ分斜め後ろ――ディアンより遠くへと移動していた。


「見えてないはずなのになんでじっとわたくしの足を見るのよ⁉」


 恐るべき直感でマリアンヌの足を見ていたらしいディアンの視線から守るように、マリアンヌは腕で足を包んでディアンの視線から隠していた。何というか、さすがは変態といったところだろうか。

 コホンと空咳をして気持ちを切り替えたマリアンヌが、胸を張る。


「どう?少なくとも騎士相手なら有効でしょう?」

「そうだね。まあ僕とアベルには見えていたけれど」

「…………は?」


 そんな乾いた言葉が、私の口からもれた。アベルと、それにキルハがマリアンヌのことを見えていた?それはつまり、二人は魔力を感知できるということだろうか。まさか――


「ああ、魔法を使えるというわけではないよ」


 私の思考を読んだように、キルハは少しだけ寂しそうな顔をして首を振った。その表情の意味は分からなかった。そして、私の心に小さな落胆の念が生まれた。一瞬、キルハが私の真の理解者になってくれるのではと期待し、それが叶わなかったがゆえの思いだった。

 言っていなかったかな、とキルハは軽く記憶を探り、それからまあいいやと私の方へと向き直った。マリアンヌやディアンが驚いていないということは、二人は前から知っていたということだろう。


 そして、もしかしたら私も知っていたことなのかもしれない。


「僕やアベルは魔物の魔法攻撃をその身で感じることが多かったからね。だからなんとなくだけれど、魔力を感じられるんだよ。アベルもそうでしょ」

「ああ。といっても、感じるというよりは、直感的に気づくといったほうが近い気もするけれどな。魔力を肌で感じると、体が疼くんだよ。そこに行けば、痛みが手に入るってな。だから、見えてはいなかったぞ」


 そう言われてみれば、魔物の視線や重心から次の動作を予測して圧倒的な回避能力を見せるディアンとは違って、魔物の懐に自ら飛び込んで危険にさらされ続けているアベルやキルハが魔力をなんとなく認識できるというのもわかる気がした。直感として魔法を避けることができるようになれば一人前だ――先達の言葉を思いだした。それから、いつも生傷が絶えなかった血濡れたディアンの姿が脳裏によぎった。


「あー、僕はぼんやりと見える感じだね。多分、魔法に対する耐性が付きつつあって、認識がゆがめられるのを抵抗しているんじゃないかな?」

「魔法を食らうほどに魔法に強くなるということだな」


 けれど、魔法攻撃を受けることで魔力を認識できるようになるのだとすれば。


「その理論からすると、しょっちゅう魔法を受けている私が魔力を認識できないのは、私が鈍感だから、って言っているように聞こえるのだけれど、間違っている?」


 そう、魔物の放つ魔法――最近ではドラゴンのブレスなど――を食らってしまうことが多い私が魔力を感知できないことの説明がつかないと思う。死の間際、すべてが消失した虚無の世界でだけ、私は魔力を認識できる。けれどそれ以外では、私はほとんど魔力を感じたことはなかった。せいぜい、あの凶悪なドラゴンのブレスの時に何となく感じることができる程度だ。それはつまり、私が魔力に対して恐ろしく鈍感だということだろう。

 あるいは、魔物の接近や命の危機を感じて鳥肌が立つあたりも、ぼんやりと魔力を感じているということなのだろうか。


 私の言葉を肯定するように、キルハは少し言いにくそうに口をまごつかせていた。代わりに、マリアンヌが嘲るような笑みを浮かべて口を開いた。


「あんたは魔法を行使する際に一度に使う魔力が多すぎるからじゃない?自分の魔力は認識できているんでしょう?」

「たぶん、という表現になるけれどね。死の瞬間、すべてが消えた闇の世界で、私の周りを取り巻く激しい熱の波を感じるだけなの」

「それよ。私も魔法を使うとき、魔力が流れる部分に熱を感じるのよ。そこから感覚を広げていけば、いずれなんとなく魔力が感じられるようになるわよ……いや、あんたには無理かしら」


 どういうことだ。私が魔力感知において伸びしろがないということが言いたいのだろうか。

 まあ、否定はできない。これだけ長い間アヴァンギャルドで戦ってきたのに、私は未だに魔力を感知できていないのだから。


「魔力に対して鈍感、というのは間違っていないだろうな。ロクサナは一度の魔法で使う魔力が膨大すぎるんだ。まあ、蘇生なんてとてつもない奇跡を扱うんだから当然といえば当然なんだろうが。それに対して自分が魔法を使うとき以外の魔力が微量すぎるから、ロクサナは魔力を認識できない……で、合っているだろ?」


 言い難いことをズバッと言ってのけたアベルの言葉に、キルハが苦笑しながら頷いて。私はがっくりと肩を落とすしかなかった。鈍感、という響きがとても嫌だった。まあ、魔女のくせに魔力を認識できていないのだから甘んじて受け入れるしかないだろう。


「で、つまり魔物との戦いの中で魔力を感知できるようになっているかもしれない騎士の精鋭たちには、わたくしの認識阻害の呪術は通用しない可能性があるってことよね?」


 やってられないわよ、とマリアンヌが眉間をもみほぐす。魔法を任意で発動するのは、慣れているものであってもかなりの集中力を必要とする、らしい。気疲れゆえか、マリアンヌはディアンに対する警戒心も緩めて、完全に地面に体重を預けた。


「呪術という線はなしか。だとするとひたすら逃げ回るか?」

「いいや、その前にやっておきたいことがある」


 ここまで議論をさせておいて、まるで初めから考えていたように、キルハは私たちに向かって人差し指を立てながら口を開いた。


「――魔具を使うんだよ」


 魔具?――私たちの心は、またしても、あるいは今度こそ一つになった。


「魔物が生み出した魔力のほとんどが骨髄に貯められている、というのは以前ロクサナには話しただろう?」

「魔力を含む骨髄を原料にすれば優秀な肥料が作れるって話だったよね」

「そう。骨髄には魔力が宿っていて、それによって魔物は常時肉体を強化しているような状況にあるから、その外見からは考えられないような恐るべき力を発揮するんだ。呪術師の中にも、常に自分の肉体に呪術が掛かっていて、普段から超人レベルの筋力を発揮する者がいただろう?それと同じことを魔物もやっているんだよ」


 若輩者の私は知らないが、かつてアヴァンギャルドには呪術によって人外の筋力を手にして、それによって魔物を殴り殺していた呪術師がいたのだという。何というか、呪術師というのは皆、自分の肉体を使って戦うことをあまり得意としていない人ばかりという印象だったから、初めてその話を聞いたときは驚いた。

 私以外の皆が頷くのを確かめて、キルハは「さて」と告げるなり一度口を閉ざす。閉じられた目は、懐かしい過去を、あるいは思い出したくない過去の傷を見ているような気がした。少しの寂寥と、後悔と、怒りと……懺悔、だろうか?様々な感情をないまぜにした気配は、その目を開くとともに霧散した。


 月明かりを湛えて怪しげに光る金色の目には、覚悟の光だけがあった。過去の傷を伝え、未来を手にするための覚悟だった。


「僕はかつて『魔具』という、魔法を再現する道具を作る研究をしていたんだ。魔物の骨髄に特殊な薬液を混ぜて、たくさんの魔力を取り込んだ液を作って、それを魔紋と呼ばれる特殊な形の回路に流し込むんだ。魔法のすべてを再現……とまではいかなかったけれど、それなりの成果はあったよ。少なくとも、魔具には魔法に匹敵する殺戮性能が備わっていたんだ」


 一度、キルハが口を閉ざした。その先の言葉は、もはや言わなくてもわかった。殺戮性能――魔法並みの攻撃能力を持った道具を、人々がどう使うか。魔物を攻撃するためか、あるいは――


 強く唇をかみしめて、キルハはため息を吐くように己の過去を吐露した。


「その道具の情報を、弟子が漏らしたんだ。そして、悪用された魔具によって何百という人が殺された。……責任問題となって、僕はアヴァンギャルドに放り込まれたんだよ」


 うつむいたキルハの顔は、よく見えない。ただ、今すぐ抱きしめてあげたいと思うような、儚い姿に見えた。

 伸ばしかけた手は、三人の存在を思って止まった。代わりに、私の思考だけがぐるぐるとまわり始める。


 アヴァンギャルドは、危険人物の流刑地だ。それは、自ら手を汚した凶悪犯罪者に限らない。国という枠組みを破壊しかねない危険な思想の持ち主や、大量殺戮を可能とする兵器を開発する頭脳を持つ者などもその対象だった。


 キルハは、自分が何を求めて魔具なる道具を作ったのだろうか。そして、作った道具を殺戮に使われてどう思っただろうか。アヴァンギャルドに入れられて、何を感じただろうか。

 若くして魔法を魔具という形に落とし込み、魔法の神秘性の一部を暴いて見せた天才であるキルハ。彼の苦悩が、絶望が、手に取るようにわかる気がした。

 いいや、私ごときにはきっと、キルハの思いなんて十分の一だってわかりはしないだろう。ただの平凡な人間で、そして怒りと正義感にとらわれて人を殺す道を選んで魔女に落ちた私が、キルハのことを理解できるはずがない。


 キルハが、顔を上げる。感情のうかがえない無表情の中、金の瞳だけが怪しく輝いていた。


「本当は、魔具のことを話すつもりはなかったよ。正確なレシピはもう僕の頭の中にしかないし、事情を知っていた弟子は死んだ。……僕が、殺した。既製品の残りこそあれど、このままいけば魔具は歴史に名を残さない。殺戮の道具として存在が記録されることはない。けれど、王国が魔具の研究を進めている可能性もある。対抗勢力として、魔具という存在があったほうがいいと思ったんだ。だから、僕は再び魔具を作るよ。そして、魔具によって国の形を変える。アヴァンギャルドという組織だって、変えてみせるよ」


 そうか。キルハは、魔具という道具に、確かな希望を持っていたのだ。魔具は、力だ。人々が通常持ちえない、魔法に匹敵する力を与えるものだ。魔具は、弱者が魔物に抗う力になるのだろう。魔物にやられるばかりだった人間が、魔物相手に盛り返し、領土を広げる。魔物を殺し、魔物で更なる魔具を作り、魔物討伐は加速していく。そうすればいつか、人々は魔物におびえなくなる日々を手にできるかもしれない。


 僕がもっと正しく事を進めていればロクサナの両親だって助かったかもしれないんだ、だから、ごめん――遠く、声が聞こえた気がした。そんな言葉を、私は聞いた覚えがなかった。けれどそれは、確かにキルハの声だった。暗い世界木々の頂点が広がる緑の雲を見下ろせる場所でのこと。月明かりに照らされるキルハの横顔を見ながら、そんな言葉を聞いた気がした。

 これは、私が忘れてしまった記憶だろうか。私が取りこぼしてしまった、記憶。やっぱり、キルハと私は、あの巨木の枝の上で、語り合った日々を持っていたのではないだろうか。


 その答えは、今はもうキルハの中にしかない。そして、キルハが私の言葉を否定した以上、そんな過去はなかったことになる。


 嫌だ。本当のことを言ってよ――叫びそうになる衝動が、私の奥底から浮かぶ。その激情をこらえながら、私はじっとキルハの顔を見た。きれいだな、と思った。よく見れば戦いで負った小さな傷跡がたくさんついていたけれど、その端正な顔立ちに陰りはなかった。

 白い傷あとは炎の揺らめく光を受けて、キルハという一人の存在を芸術に昇華させていた。


「それほどの力が、国に対抗できるほどの戦力を手にするほどの可能性が、魔具にはあるのか?」


 アベルの疑問に、キルハは強く頷いた。握る拳の震えは、魔具の破壊性に対する恐怖のようにも、魔具を人同士の争いに使うことへの強い忌避感の現れのようにも思えた。


 魔具という力によって、王国の理不尽に抗う――ほかに有効な選択肢は思いつかず、私たちはキルハを中心に魔具の製作に臨むことに決めた。

 時間は、なかった。いつ王国が再び私たちに襲い掛かってくるか、どれほどの戦力を終結させるかもわからない以上、私たちは一刻も早く動く必要があった。


 だから、私たちはまず、魔具の源となる魔物の骨髄を手に入れるため、夜の森の奥へと踏み入る決断をした。


 夜はまだ明けない。

 私たちに希望溢れる朝が待ち受けているかどうかは、まだ誰も知らなくて。

 けれど、私たちは抗うために歩き出した。

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